天皇遷都物語-17-

皇室とは神と人間を媒体する存在として、一般庶民にあがめられるとすると、戦いは必要ないわけで、違う神をもつ異民族を征伐するときに戦いが必要なだけでしょう。

それが武士の世界で、なんであんなに急激に殺し合いの世界になったのでしょうか。
どうしてもDNAのつながりが不自然です。���[��c
武士の好戦的連中のDNA診断をすると、朝鮮人を起源とすることが証明できるのではないでしょうか。(朝鮮まで攻めていった秀吉なぞ、絶対に朝鮮DNAの持ち主です)。 
だれかDNA解析をやってみてください。

ここまで書いて、おまえは何もわかっていないという声が聞こえてきます。
少し勉強してみました。�{

古代日本史の教科書を読んでみると、日本でも戦いの話ばかりです。
人間は本当に殺し合いが好きですね。

そういえば、テレビで韓国ドラマの朱蒙(ちゅもん)を見ましたか? 
かなり長い期間放映されていました。
家内と2人で毎週楽しみにして、次はどうなると予想して、みごとに裏切られるとか、見事当たるとか、このドラマが終わった時は、楽しい番組がなくなって<あーあ、終わっちゃった、楽しみがなくなってしまった>という感じでした。�ɂ����

この前、天皇のルーツをかいた本を読んでいたら、この朱蒙が日本の天皇のルーツであるという説が書いてあったので、本当にビックリでした。�r�b�N��

天皇遷都説-横 (58)
<朱蒙ホームページからのコピー>

この説によると、この左右の二人の子孫(実は、朱蒙の実子ではありません)が日本の天皇だそうです。朱蒙は漢の圧力を駆逐して、朝鮮半島に高句麗を建国した実在の韓国創始者です。



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天皇遷都説-横 (59)
<このソソノさんが日本天皇の大もとの大もとという説がある。写真は朱蒙ホームページからのコピー>

この素敵な、ソソノ(召西奴)は朱蒙と相思相愛でしたが、朱蒙が死んだと思って、他の人と結婚し、2人の男の子を生みます。
その旦那が死んだ後、これまた妻が死んだとおもっている朱蒙と再婚する。
朱蒙が漢を撃退し、高句麗が出来上がりつつあるとき(紀元前40年ころ)に、朱蒙の最初の妻が生きており、その人が帰ってきたので、ソソノは身を引き、2人の子供をつれて南に下り新天地をつくるところでドラマは終わるのです。

朱蒙を見ていない方で、詳しく知りたい方は、朱蒙のHPをみるか、DVDを借りてみてください。
しかし、はまってもしりませんよ。DVDにかじりついて全部見るまで、何日も何もできなくなったという方いっぱいいますから。���a�̂P�S�C���`�e���r

しかし、韓国ドラマのおかげで、韓国を知ることができ、身近に感じられるようになりました。まったく、文化的交流は最強の外交官ですね。�i�C�X

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コメント
天皇家の召西奴(ソソノ)との所縁
召西奴っていう女性が神官を引き連れて倭の北九州門司港辺りに住み着いたと本気で感じてます。ソソノのが死んだ時、神官達は彼女を神として崇め、本来の北斗七星信仰で鬼道の巫女を門司の企救半島(倭の軽の地)で代々営んでいたのだと!地名も今に残る(和刈里=倭の軽の里)と踏んでいます。子孫の巫女達の何代目かの巫女長の時に、周辺国に担がれて女王になり、中国の習慣に沿って文献上は(得たいの知れない野蛮人の巫女=卑弥呼)と記された。此の経過からするとソソノの血筋は1代で途絶えたか?又は、神夏磯姫として子孫が景行天皇の子供を生むまでに至っていると...しかし子孫の油津姫が神功皇后に巫女に成る儀式を済ませた後に殺され時に直系は途絶えたとも感じますが、気掛かりな人物が居ます。それは市峡嶋姫です。五瀬命率いる神功皇后軍が東勢の折にどうしても卑弥呼を継承したものの、今まで同盟していた遠い周辺国まで人望が無いのでなびきません。苦肉の策としてソソノの血筋を継ぎ卑弥呼が神として崇める血筋の市峡嶋姫を同行させていたのだと。東勢が長すね彦追い出しに成功して役目終えた市峡嶋姫は丹生津姫として和歌山に奉られ、ここで完全にソソノの血筋は絶たれたと思っています。台与に関しては、ソソノとはソソノとは所縁なく、ただ凄いという事で遠い周辺国の今の名古屋辺りから連れて来られただけだと感じます。その為に何処にも奉られていません。但し、此の一派は、冠名に建タケルとして日本建国に大いにに活躍しています。追記ですが、ソソノは伊勢内宮に、神功皇后は最後の卑弥呼継承者として伊勢外宮に奉られ、神功皇后の一人っ子の五瀬命は応神天皇として建一派から輩出した高倉下命が竹内スクネを丹生津姫と共に葬った丹生姫神社に封じて仁徳天皇として即位したのだと。しかし、此の血統は長に不向きであると倭の国中が認識したため応神5台末裔の継体天皇と引き継がれました。だから現天皇は神功皇后の末裔となり、神功皇后は本来、建一族の丹後一派が邪馬台国(得たいの知れない野蛮な大国=馬連合国)に嫁いで急成長し乗っ取りを成功させた人物。
2015/04/30(木) 13:42 | URL | @piypiygusa #-[ 編集]
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山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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