東北被災地復興支援ツアー その4

東北被災地復興支援ツアー その4

中尊寺の続きです。カメラは相変わらず、富士フィルムX-E1+ソニー・ツアイス・バリオゾナー16-80mmです。雪のなかをどう撮るか。

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経堂

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釈迦堂と紅葉、手前は何かお堂の跡ですが、何かわすれました。

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旧覆堂
もともとこの中に金色堂が入っていたのです。 奥州藤原氏亡き後、戦国時代に金色堂が荒らされずに残ったということが、とても不思議なのです。 そういっては悪いけど、韓国の昌徳宮(チャンドックン)に金色堂があったら、あっという間に略奪されたはずです。 奥州藤原3代の遺体がミイラになって安置されている、御墓でもあるわけですから、奥州藤原3代は民に崇められていたのでしょう。昌徳宮の李朝とはだいぶ違う。出だしは渡来人系が絡んでも、日本は日本だなと思うのです。

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旧覆堂の内部

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釈迦堂と紅葉

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釈迦堂と紅葉、雪がだいぶ降ってきました。この雪をきっかけに、この後、12月というのに、一関を含め北国は異例の大雪にみまわれるのです。

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白山神社、能舞台へつづく参道。

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能舞台。伊達家は能がすきで、現在の能舞台は伊達家の再建によるということです。お盆、8月14日に薪能が行われるそうです。とっても見に行きたいですね。

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金色堂の向かいにある、弁財天堂

とにかく寒いので、中尊寺を切り上げて,おそい昼食にします。 一度は試そうと、わんこソバに挑戦、といっても、ここでは人が付いていてどんどんソバを入れるということではなく、最初から並んでいます。まあ、ゆっくりお酒を飲めるからいいか。薬味が4種類ついていました。特に変わったソバということでもなく、ただの経験です。

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お神酒も入って、一息ついたので、雪の中を少し歩いて高館義経堂に行きました。

ネットの説明をそのまま載せましょう。
<高館は北上川に面した丘陵で、判官館(はんがんだて、ほうがんだて)とも呼ばれています。現在では、その半ばを北上川に浸蝕され狭くなっていますが、この一帯は奥州藤原氏初代清衡公の時代から、要害地とされていました。兄・頼朝に追われ、少年期を過ごした平泉に再び落ち延びた源義経公は、藤原氏三代秀衡公の庇護のもと、この高館に居館を与えられました。地元で判官館と呼ばれているのは、義経が判官の位にあったことに由来します。 しかし、文治5年(1189)閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。丘の頂上には、天和3年(1683)、仙台藩主第四代伊達綱村公が義経を偲んで建てた義経堂があり、中には義経公の木造が安置されています。高館からの眺望は平泉随一といわれ、東にとうとうと流れる北上川、束稲山(別名・東山)が見えます。また西からは、かつてその流域で前九年・後三年の役の戦いの場であり、弁慶立往生の故事でも知られる衣川が北上川に合流しています。>

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北上川が見たくで、ここに来ました。

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この御堂のなかに義経像が安置されています。

この後、無量光院跡も柳ノ御所跡も循環バスの運転手さんのガイドを聞きながら通り過ぎて、平泉の駅前に戻ってきました。本当はここから、タクシーで達谷窟毘沙門堂に行くつもりだったのです。

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無量光院 宇治平等院より大きかったそうです。

達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)は<延暦20年(801年)、征夷大将軍であった坂上田村麻呂が、ここを拠点としていた蝦夷を討伐した記念として建てた。現在の天台宗達谷西光寺があり、達谷西光寺境内の西側には、東西の長さ約150メートル、最大標高差およそ35メートルにおよぶ岸壁があり、その下方の岩屋に懸造の窟毘沙門堂がある。さらにその西側の岸壁上部には大日如来あるいは阿弥陀如来といわれる大きな磨崖仏が刻まれている。>

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<蝦夷(えみし、えびす、えぞ)は、日本列島の東方、北方に住み、畿内の大和朝廷によって異族視されていた人々に対する呼称である。時代によりその範囲が変化している。近世の蝦夷(えぞ)はアイヌ人を指す。>
久慈力の<蝦夷(エミン)アテルイの戦い>を読んだ者として(当方のブログ東北の緑、京都の緑を参照)、最後に一言いっておかねばなりません。これは古来渡来人(弥生人)と古来縄文人の戦いの歴史です。達谷窟毘沙門堂は世界文化遺産から外されましたが、平泉と達谷窟毘沙門堂は、古来渡来人(弥生人)と古来縄文人の戦いと百済系渡来人と新羅系渡来人の戦いの時空を超えた交差点にあたるのです。
大和朝廷(古来渡来人弥生人系)は古来縄文系蝦夷の討伐を試みて、北上川を戦場とする両者の戦いは長い間続いていた。エミンの長、アテルイとモレは何度も討伐を撃退したが、策略にかかって、打ち首となり、エミンの戦いは終了する。達谷窟毘沙門堂はその記念碑の一つである。 この戦いには百済系渡来人が多く参加していた。蝦夷(エミン)の多くは大和朝廷に仕え、これをよしとしない古来縄文人、蝦夷(エミン)は北と南にわかれて、北海道のアイヌの源流と琉球王国の源流となった。最近のDNA解析で、アイヌと沖縄人が縄文人の系譜であるという説が正しいという流れになってきている。
 さて奥州藤原家4代のお父さん藤原経清は奥州六郡を治めていた陸奥俘囚(フシュウ)の長、安倍氏の娘と結婚している。俘囚とはまさに大和王朝に従ったエミンを奴隷扱いに呼ぶ名前である。安倍氏の大元が古来弥生人に追われた古来縄文系であったどうかは定かでないが、この時点で古来縄文人の血が濃く入り込んでいたと思われる。つまり、奥州藤原家には百済系渡来人-新羅系渡来人-古来縄文人の血が混在しているのである。2代目も安倍氏から嫁をとっているから、古来縄文系の血は次第に濃くなった。お父さん藤原経清は大和朝廷の安倍氏討伐の時に安倍氏に味方し、安倍氏がほろんで、藤原経清は打ち首となったのである。 この戦いの明暗を分けたのは俘囚、清原氏の朝廷への寝返りによる。
経清の妻は敵であった清原氏の後妻となったことが、大きな意味を持つ。 これによりその子、奥州藤原氏、1代目は殺されずに済んだのかもしれない。しかし、一代目はなんとか源義家と組んで宿敵清原氏を討ち、奥州の覇者となった。一方源義家は奥州の内輪争いに介入したとして朝廷から冷遇され、奥州侵略がかなわなかった。これが、後に源頼朝の奥州侵略の根源となっている。
古来縄文DNAは決して戦いに勇猛でないということはなく、どちらかというと、強い人種というレッテルがはられている。しかし、争いを好まずに自然と共に生きることを選択して来た。古来弥生系渡来人さらにその後の渡来人DNAは常に仲間と敵を分別して、敵を倒すまで戦いをやめない。自然をも支配下に収めてゆく。当方のいう、古来渡来人―百済系渡来人―新羅系渡来人―古来縄文人のDNAは交錯しながら混ざり合い、その戦いは我々それぞれのDNAの中で今も戦いを続けているのである。
さて、達谷窟毘沙門堂ですが、タクシー代5~6千円、16時30分に閉門、現在16時ということで、あっさりあきらめました。

一関に帰り着いてホテルから食事に出ようとした時、とんでもないことが起きたのです。震度5弱の地震です。宮城県の海岸地区は津波避難命令が出て皆、避難したのです。我々の明日行く気仙沼は宮城県が岩手県に入り込んだ地点にあります。大きな揺れが続き、エレベーターはストップ。明日のツアーはどうなることやら。 津波は最大1mですんだようで、我々は非常階段からぬけだして、一関駅前の庄屋で夕食です。新幹線がストップして、帰れなくなったお客さんで居酒屋さんは繁昌していました。 寒ブリの刺身、ハタハタの塩焼きが上手かった。 サービスでいただいたタコの白子もめずらしかった。名前は忘れてしまったが八幡平の地酒もおいしかった。

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キリタンポ鍋で喜ぶ家内。

さて、明日の気仙沼へのツアーは催行されるのだろうか?
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山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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