これからのデジタルカメラを考える独り言

これからのデジタルカメラを考える独り言


あんまり、カメラのメカに関して議論したくないのですが、カメラメーカーに2つお願いがあるので書きます。
その1、これは前から言っているのですが、ペンタックスさんに、200mm limitedを作ってもらいたい。軽くて性能のいい望遠単焦点レンズがどうしても欲しいのです。単純に★DA200mmは重たすぎるのですよ。
その2、陶芸教室の新年会で、カメラのプロダクトデザインをしている女性と話しているときに、これからのカメラに関しての話となりました。当方の主張として、カメラとタブレットとロボットの3つのコラボレーションがキーワードだと言いました。
<写真>でなんだろうと素人なりに考えます。真実を写すと書きます。カメラが出来た時に絵画にくらべると真実を写すと思ったのでしょう。写真には<説明/報道写真>と<絵画的写真>の2つのベクトルがあると思っています。その混じりあいで出来ています。写真はその発祥からいって、<説明/報道>の要素からはじまり、この要素の割合が大きい。写真でいくら絵画的に優れていたからといって、それに2億円払う人はいません。絵画なら何億円でも払う人がいるのです。どう転んでも絵画的要素で写真は絵画にかないません。一方、<説明/報道写真>的要素では圧倒的に写真が有利です。連写、高感度、望遠に広角など、人の目に見えないことまで出来ます。ですから、カメラを語る人達は、人の目で出来ないことをメカに期待して、メカの話ばかりするわけです。必要もないのに、最高速が何百キロといって喜ぶ車ファンと同じです。<説明/報道写真>が現状、写真でお金を得る商業的(プロ)の主たる領域であり、商品写真やモデルの写真は絵画的要素というより、どちらかというと説明要素に分類されると思います。ですから、カメラメーカーの追いかける主体は<説明/報道的>要素です。特に日本は。絵画的要素は金にならないので、アマのオジサン(当方もここにいます)が好む一つの領域となっています。プロ用カメラの大御所であるニコンがD3をD3xとD3sに分けたのはその2つの要素に分化させようとしたのでしょう(なんでまたD4に統合したのでしょうか。そのうちまた分化させるのでしょうか)。ペンタックスは645Dに代表されるように、<絵画的写真>にふっています。すくなくとも<説明/報道的>要素でニコン、キャノンに対抗しようという意図をもっていません。
 ところが、カメラがデジタル化されて、<絵画的写真>の要素が新たな次元に入ったと思うのです。当方が写真に興味を持ったのはデジタル化されて、<絵画的写真>の要素が発展する可能性を見たのです。無論<説明/報道写真>の要素もデジタル化により進展する可能性があり、現在カメラメーカーはそれを追っているのですが、<絵画的写真>もこれまで以上に壁を打ち破るチャンスが訪れたと思っているのです。いまは到底2億円を稼げる写真は無いかもしれないが、将来は2億円を稼ぐ写真ができてもおかしくないという可能性が見えるのです。その第一ステップとして図のような装置を作ってください。

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デジタル一眼レフを使った、絵画を画く装置を作ってほしいのです。書く人は一日座って、タブレットに絵を描くのです。アマでいわば日曜画家です。プロの画家は何度も何度も現場に通って、何度も何度も素描をして、何か月、何年もかかって一つの絵をかくのです、だから何億円の価値が生まれるのです。現在は何か月、何年かけるのはむりですが、現場で一日かけて写真を作るという方向がデジタルで生まれようとしているのです。タブレットは全ての機能が集中されて、CGも出来れば、ロボットを操作して、カメラの向きや、ズームや撮影条件をコントロールできるのです。現場でこれをやれるのです。ペンタックス645Dがその入り口を作った。一つの写真を撮るのに時間単位が必要であり、絵画的要素を追求した。それなのになぜ、不必要用部分を切り落としただけで、必要な要素を拡大追求しないのか。ペンタックスもニコンもなぜカメラに必要な全てを受け持たせようとするのか。小さなボディーに詰め込んだって無理です。多くの部分をタブレットに分担させるべきです。一番怠慢なのは三脚です。三脚はなんにも進歩していない。三脚はカメラ、タブレットをむすぶ拠点にならなければ。ある程度の大きさを確保できるのですから、いまのカメラの電子部分やマイクロモーター部分をもっと受け持てるのです。
スタジオの商業写真はこれに近いことやっているのでしょうが、スタジオからそれを持ち出せるようにしなければならない。写真はスタジオだけで撮る話ではないからです。少なくとも電子部分はタブレットで軽くなりました。カメラと三脚を足した重量を、カメラから三脚に一部移すことによって、カメラ自体の重量の肥大化を抑えようとしているのです。カメラの機能の一部が三脚に移れば、三脚がもっと進展して、総重量低減が行われ、コンパクトになる方向が加速するでしょう。トータルとして、機能は上昇する枠が広がり、且つコンパクトになれる。三脚を使う必要のない時と使う必要のある時を分離できれば、カメラはもっと身軽になるのです。
 これは、なにか、結局、ペンタックスとニコンにお願いしていることです。この部分はキャノンには期待していないのです。<説明/報道的>から発生したメカ要素をうまく追求して、プロと素人、双方をうまく取こんだのはキャノンです。キャノンが絵画的要素を満足出来るか出来ないか私は知りません。少なくとも、キャノンが追いかけているのは、これまでの写真がもっている方向そのものをメカ的に追及していると見えるのです。キャノンが自慢しているのは、羽ばたいている鳥が綺麗に撮れるというのが第一の主張です。2つのベクトルの比率を変えようとしているわけではないのです。素直にこれまでの方向を追求しています。これはこれで否定してはいません。私はデジタルが新たに生み出した絵画的要素のフロンティアを追求することをペンタックスさんやニコンさんにお願いしているのです。

訂正(2012-4-27)
写真で最も高く売れたケースで3億円を越したケースがあるとネットにでていました。日本人でも1億円くらいで写真を売っている方がいるそうです。上記の写真に何億円も出す人はいないといったのは間違いです。訂正いたします。しかし、当方の話の骨子は変わらないとおもいます。
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越前海岸 フォトチャネル

フォトチャネル 越前岬 その1 (岩と波へのオマージュ)1月28日

その2(波の無限パターン) 1月29日予定

昨年と一昨年の2月に越前海岸に水仙の群像を探して旅しました。いずれも水仙は盛りを過ぎてよい写真がとれませんでした。昨年は壊滅状態でまったくダメでした。そのかわり冬の海を撮りまくりました。一昨年は岩と波のぶつかり合いを淡々と撮りました。昨年は波の無限のパターンを淡々と撮りました。それぞれ百枚程度の写真を載せます。スライドショーで見てゆくと、私には<海の姿>が見えてきて、とても楽しいのです。この一枚が、年初のブログにのせた壺の絵柄の元になっています。詳しくはそれぞれのブログをみてください。

フォトチャネルは当方のGooブログをみてください。

http://blog.goo.ne.jp/birdeye77

ふるさと祭り その4 (最終回)

ふるさと祭り その4 (最終回)

北海道,海鮮弁当を食べて元気をつけて。 さらに撮影。


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次は沖縄のエイサー。<エイサーは、沖縄県でお盆の時期に踊られる伝統芸能。この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。>

ちょっとネットから拝借。

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以前、沖縄国際通りで開催される、エイサーの大会に偶然出くわしたことがあります。沖縄各地のエイサー部隊が沢山集まって、国際通りを練り歩くのです。もう大変、みなさんマジに競い合っています。沖縄はいいですよ。いまでも生活の場から歌が生まれ、踊りが生まれ、音楽が生まれています。

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今日は、最終日のラス前の日で、エイサーグループも大半帰ってしまったのか、人数もすくなくちょっとさびしいエイサーでしたが、現地のエイサー大会はものすごい迫力ですよ。ファルマフロンティアでいっしょに働いていた女性がロックダンスをやっていたので、アメリカのまねばかりしないで、沖縄のエイサーを一度見て、ロックダンスに取り入れてはどうかといったのですが、まったく聞き入れてもらえませんでした。ちなみにロックダンスのロックとはLockで、固定するという意味だそうで、Rock ’n Rollのロックとは発音が違うのです。てっきりエルビスプレスリーのロックと思ったら、Rock ‘n Rollは揺らして、転がすという意味で。全く違うのでした。ロックダンスは、激しい動きをして、急に止まる状態になるところがユニークなアメリカで生まれたストリートダンスだそうです。見に来てくれといわれて、一回ロックダンス大会を見に行った時に、全員アメリカの国旗が入ったTシャツをきて、ロックダンスを踊っているグループがありました、LockでもRockでもいいのですが、そこまでアメリカにならなくてもいいではないですか。なさけないですよ。エイサーを見て、考え直してもらえないでしょうか。じいさんくさいこというなといわれても、アメリカに負けて、日本の過去と誇りをすてた大人たちがそだてた子供たちが、何も知らずにアメリカの国旗をきたTシャツでロックダンスを踊っているのを、追い詰められて沖縄の喜屋武岬(きやんみさき)から身を投げた人達や硫黄島の洞窟で最後まで戦った人たちが見たら、どう思うのでしょうか。そこまで平和になったかと喜ぶのでしょうか、もう涙すら出ないのでしょうか。

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最後はねぶた祭りでしめましょう。

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これで、ふるさと祭りはおしまいにします。日本のエネルギーがまだまだ燃えていて、こんなに人が集まることは、ほんとうに嬉しい。
最後にまた言いますが、当方が何で天皇遷都を主張しているかというと、皇居を開放して、一年中、日本中の物産が集まって、世界にアピールするトレードセンターを作りたいからです。江戸城が再建されて、皇居という舞台に日本文化が集結して、世界にアピールするのです。東京は日本中の力を終結して世界に挑戦するところだから、アメリカのまねをして挑戦するのではなくて、日本の根底からある力で挑戦するのです。西にもどった天皇はじっくり、本当の日本をその根底から育てなおすのです。西はそういう役目を担ったところなのです。

ふるさと祭り  その3

ふるさと祭り その3

さて、次は秋田竿燈(かんとう)まつり。
<毎年8月3日 - 6日に秋田県秋田市で行われる祭り。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、額・腰・肩などにのせ、豊作を祈る。大若(おおわか)は提灯が46個、重さが約50kg。大若、中若、小若、幼若と大きさ順に呼び名がついている。いまは、1町内で1スポンサーがついて、それぞれの町を表わす絵柄をつけている。>
15時ころと、18時ころの2回も竿燈祭りを見てしまいました。

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竿燈の入場です。

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さあ、始まります。

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いっぱいの見物人で、写真を撮るポジションを確保するのが大変。特別観覧席というのがあったのに、1000円をケチったために、撮影に苦労しました。後から考えるとバカみたいです。

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50kgですから大変ですよ。

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おはやしがまたいいのです。たまたま、ねぶたがバックに入って、ねぶたと竿燈がミックスして迫力満点。ふるさと祭りだからこそのショットです。

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50kgがこれだけたわむと、とっても大変そうです。観客は大喜び。

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ここからは夜の部。照明を消して、竿燈まつりを演じます。

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見てる方は、楽ちんですが、演じている方は真剣です。

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いやいや、ご苦労様でした。秋田に行かなくても、竿燈まつりが見られました。よかった、よかった。



ふるさと祭り その2

ふるさと祭り その2

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すこし、食べ物横丁のレポート。 魅力的ウニ焼き。

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せんべい汁を食べる。

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せんべい汁というのは、とても美味しいのです。青森で食べた時も美味しかったし、このせんべい汁も美味しいし、せんべい汁というのは美味しいと確定。

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スイーツ横丁もあって、大変な人気。

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踊り終わった方も、スイーツ横丁でエネルギー補給しています。

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これがふるさと祭りの全景です。けっこういけてますよ。

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この混雑ぶりが、またいい。お祭りですからね。

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これは東京の踊りで、なにか童謡だったか、みんなが知っている歌に振り付けしたということでしたが、申し訳ないけど、全くつまらなかった。写真を見たら、皆、中学生が高校生の女の子集団で、学芸会の寄せ集めの様でありました。東京はとっても勘違いしています。アメリカのまねした振り付けで、日本の童謡とチャンポンにしてもあかんのですよ。頭でっかちで根っこが無いのです。おどりのうまい下手の問題ではないのです。心ですよ。

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こう撮れば、すこしは見られるでしょう。

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もう少し会場を回ってみましょう。

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これはどこだったかな、東京の周辺で作っている地ビールです。一番人気のアンバーエールを飲みました。琥珀色の濃いビールでまずまずの味です。

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この揚げパンは100円でとってもおいしかった。

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北海道コーナーに入り浸るようになって、かき焼きとビールセットで500円とは安い。かきが4つくらいついていましたか。

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かき焼きを食べていると、突然、ジャックスパローが現れた。

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家内がツーショットを所望する。変身好きの2人は気があったようです。ジャックスパローも渾身の演出が報われて、ブログにも載るし、よかった、よかった。



ふるさと祭り その1

ふるさと祭り その1

2012年1月14日土曜日
東京には日本中いや世界中の情報があつまります。それが他の地域が真似しがたい、東京の特徴でしょう。家内にいわせると、現地で聞くより、東京で聞く方が、現地ではありえないようなベストキャストでオペラが聞けると言っています。とはいっても、現地で聞く方が、会場も観客も素敵で、楽しいに決まってますが。東京に戻ってきたのですから、東京のいいところを利用せねばと、東京ドームで開かれているふるさと祭りに出かけました。日本中の、お祭りと、自慢の食べ物が東京ドームに集まっているのです。行くかと言ったら、子供たちも、めずらしく乗ってきました。とはいっても、子供と家内は食べ物ざんまいで、当方はお祭りの撮影に没頭しているという状態で、久しぶりに家族そろって楽しくということにはなりませんでしたが。
  いきなり、阿波踊りといきましょう。本場の阿波踊りの連中に東京の阿波踊りの団体さんが集結しての、大変な人数の阿波踊りとなりました。しかし、人数が多いだけでなく、その多人数が、広いドームで、振り付けに従って群舞する様は、とても楽しいものでした。そういっちゃなんですが、ブロードウェイのウエストサイドストーリーの踊りより、こっちの方がよっぽど面白い。

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この最後の2枚はおそらく徳島のプロ。最後に皆退場したあとに、2人で踊りながら、フロアーを横切って退場するというトリを務めます。
撮影はペンタックスK7、ペンタックス18-135mm ズームとペンタックスK5、ペンタックス★DA200mm

説明/報道写真的なのがズームで、ボケているけれど、味があるのがDA200mm。それぞれに記載しなくてもすぐお分かりになるでしょう。踊りを撮影するのは初めて。舞台で踊っているのを撮影するのは、撮影禁止でできないから、いままで撮りたくても撮れなかった。どこから、どんなレンズで撮ったらいいか全く見当もつかなかった。撮る場所もメチャクチャ制限される。こんな時には白ペンキオジサンがいいのかもしれない。白ペンキオジサンでとると皆、報道写真になるのか、味のある写真もとれるのか、どっちなんだろう。
だれか白ペンキオジサンを貸してください。ペンタックスDA200mmの撮影は殆ど失敗。皆、顔が隠れているかぼけている写真となってしまった。やっぱり表情が入らないと面白くない。でもやっぱりペンタックスDA200mmはいい。ズームとは違う世界が撮れる。機材とポジションさえうまく決まれば、踊りの写真は意外と簡単にいけるようだ。今回は両方とも不十分だが、大体分かった。踊りは、ダイナミックで、表情も豊か、連写すれば、幾つか当たるに違いない。うーむ、連写か、いよいよ、ニコンD4を買わねばならないか。

新幹線 A席からの風景 その5 (最終回)

新幹線 A席からの風景 その5 (最終回)

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いよいよ飛雲閣の登場です。特別公開の時に行ったのですが、撮影は禁止。門の外から、やっとこ、望遠で撮っています。

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ここも豪華絢爛足る建物です。<金閣、銀閣とともに京都三名閣の一つ。秀吉が建てた聚楽第(じゅらくだい・てい)の一部で、三層からなる楼閣(ろうかく)建築>と説明がある。もちろん国宝。秀吉が寄進、移築したと言われていますがはっきりしない、誰が何のために作ったか謎に満ちているそうです。何かいわくありげな美しき建物です。

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中央の大銀杏も豪快です。

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これは龍谷大学を過ぎて、北小路の門。五木浩之をまねて、龍谷大学で仏教を勉強しようかとも思っているのです。

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西本願寺から帰る途中に変わったカフェがありました。京都には色々変わった店があるもんだ。当然、ネットに出ていると思いましたが、結局なんていう名前かわかりません。とにかくケーキを食べて、帰りました。

東本願寺もご紹介します。こちらは唐門とか飛雲閣とか、秀吉風な華やかな建物は一切ありませんが、その巨大な、確固たる自信は、本願寺の真骨頂です。ぜひ訪ねてください。圧倒されずにはおられない、まさに活動している頂点のお寺です。

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東本願寺、御影堂。阿弥陀堂は修理中。

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ハトも豪快です。

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東本願寺、御影堂門。

さて、京都の心髄のお話しを終わります。京都では違う空間に引きずりこまれることがお分かりになったでしょう。
西から東へ移った日本は、今、東から西に戻る時期に来ているのではないでしょうか。がむしゃらにアメリカをめざして突っ走ることは終わりにして、自然と共に歩んできた、本来の日本の原点に帰って、日本人の誇りをもって着実に歩めばいいのです。日本人はこれまでにすごいことをしてきたのです。それを、なぜ、否定するのですか? 自分の国の、その方向を自信を持って進めばいいのです。新幹線のA席に乗って、皆さんも東から西に旅してください。

新幹線 A席からの風景 その4

新幹線 A席からの風景 その4

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唐門のパターン追及がまだまだ続きます。

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まともに見てゆくと日暮門どころではありません。一年くらいかかりそうです。

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唐門は書院の入口です。書院は大変素晴らしいらしい。法要の期間は信者として書院に入れると聞きました。うーむ、見てみたい。しかし写真は撮れるわけがない。秀吉が作ったといわれるが、これも確かでないみたいで、江戸時代の建物らしい。

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いちいち、彫刻がすごい。

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西本願寺には、あちこちに魅力的パターンがあります。

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このころは、とにかく神社仏閣のパターンを集めまくっていました。なんたって、わくわくします。

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どのパターンをとってもなまじでない。



新幹線 A席からの風景 その3

新幹線 A席からの風景 その3


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御影堂と阿弥陀堂を結ぶ廊下です。

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この廊下の木目をいっぱい撮影して、陶板作成の時の下絵となっています。面白いですよ木目は。無限の模様です。

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唐門はどうしても見る価値があります。直接行ける場合と、ぐるっと回らねばならない時とあります。だんだん見にくくなってきています。そのうち見られなくなるかもしれません。今のうちです、是非、訪ねてください。

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唐門です。
<桃山時代建築の国宝建造物。北小路通に面して建つ四脚門で、勅使門ともいう。桃山時代の唐門中、代表的なもので、建築細部の彫刻を眺めていると日の暮れるのも忘れるといわれ、「日暮門」とも呼ばれる。>とどこにでも書いてあるが、誰が作ったかはどこにも書いていない。日光の陽明門の様ではあるが、こちらの方が先輩と思う。お寺にしては豪華絢爛すぎる。ということで、割合とひっそり建っているが、じっくり見てください。唐門、書院、飛雲閣といい、お寺の所有物とはいいがたい、豪華な建物が何故か西本願寺に存在して、国宝としてあがめられている。なにか、桃山時代の豪快、放埓な時代が作り出す世界は、このころのお寺は強大な権力を握って何をしていたのかと思ってしまうが、ごちゃごちゃ言わずに、ただ素晴らしいと言えばいいと思う。こんなこと、今やろうと思っても出来るわけない。

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さあ、これから唐門の模様を追っかけてますよ、延々と追っかけますから、覚悟してください。


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近づいてみれば、これまた強烈です。

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新幹線 A席からの風景 その2

新幹線 A席からの風景 その2

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このあたりから、自然と人が共に生きる、自然の上に人が暮らしているまともな風景が現れてくるのがいいのです。関東は自然があっても、基本は自然に対して人が挑戦している地域であって、常に人、人という主張が満ちています。この地域にはいると自然と人が融合して、長い共存の歴史の上に人がくらしている情景になるのです。住んでいる人はきずかないかもしれませんが、それはすごく違うことなのです。
関東の田舎とは都会で無い所という意味しかありません。なにか、平和な世界を追い出された人々が、厳しい自然と対立しているフロントという感じがするのです。その先はもう人が住めない自然が立ちはだかっているのです。自然に対立する姿なのです。近畿にはいると、人は自然と長い間、共に暮らして、融合しているのです。田舎というのは正しい言い方ではないでしょう。あたりまえの人の生活の空間なのです。都会の風景がおかしいのです。関東から関西へ200Km/時で移動するとその違いが手に取るように見えてしまうのです。いずれ時間ができたら、この東から西に突入するときの、<夢の地域>の印象を撮ってみたいとずっと思ってきたのです。今回は、その戦略を立てるための撮影です。それを表現するのはとっても難しそう。それでもやってみよう。

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家々の形がとっても魅力的になり始めます。

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夢の地域の、唯一の残念なことは鉄塔です。魅力的な低い山々にも点々と鉄塔が立っています。頭のなかではこれをカットしてみることが出来ますが、写真ではカットできません。送電線は皆、地下に埋められないでしょうか。とか無理なことを考えています。なんでイギリスやフランスの郊外には鉄塔が無いのだ。

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このような小さな山が平野からぽっかりと顔を出している風景が続きます。雲が平野を覆う時は、雲の海にぽっかり浮かぶ島のようになり、とても幻想的風景になるのです。春は山肌のところどころに桜が咲き、秋は紅葉で飾られる、とてもとても素晴らしい風景になるのです。

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どこ行っても、電柱と電線が邪魔をします。

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琵琶湖から流れ出る唯一の川、瀬田川をこえるとすぐ山科に入ります。

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山科の街を越えて、鴨川を越えれば、京都駅です。

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鴨川が<京都だぞ>と言っています。

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久しぶりの京都で懐かしい気分になるかと思いきや、京都のいやな思い出だけがどんどん湧いてきて、重たい気持ち陥るのです。こうなるとは思ってもいませんでした。ポルタの地下街広場に西本願寺の写真展が開催されていました。謎の建築物、飛雲閣の内部に見とれます。それらを見ているうちに、いつものように、あっという間に京都の癒しの空間にすべり込んでゆく自分に気がつくのでした。重たい霧がさっと消えてしまうのです。なぜなのでしょう。こんな風に考えます。東京は人と人がぶつかり合って、自分と他人の互いの関係しか見えないのです。なぜあいつはこう言ったのか、あいつは何を考えているのだ。あの野郎気にいらない、とか。自我が意識中を覆い尽くしています。京都の1000年の歴史を見ると、そこは、能舞台のように、延々たる歴史の舞台があって、自分はただその小さな一部として、人生を演じているように見えてくるのです。自分が、何を得たといったって、何を失ったといったって、延々たる歴史のなかでは、0.01mmも動いていやしないのです。
昔、西本願寺の写真を撮ったことを思い出しました。お寺のパターンを集めていた時代の写真。飛雲閣の特別公開の時にたずねた写真。家内を連れていった時。3回はおとずれています。それらの写真を引っ張り出して、眺めてみましょう。この巨大な本願寺こそ、延々たる歴史の舞台と小さな人間を思い知らしめる、京都そのものなのです。

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西本願寺と道を隔てた、総門です。

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まずは全体像。すばらしい書院や飛雲閣は通常、一般の人は見ることが出来ません。

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御影堂と阿弥陀堂

新幹線、A席からの風景 その1

新幹線、A席からの風景 その1

2012年1月11日
京都に用事が出来て、再び京都に向かいました。新幹線はいつもA席をとります。品川、京都間の6年にわたる往復で、A席からの景色を300回近く見ていたことになります。今後、この往復の頻度もがくんと減るはずです、たまたまカメラをもっていたので、記念にA席からの風景を撮ってみました。こんなことする人はめったにいないでしょうから、隣の席の人は何を一生懸命撮っているのだろうと不思議に思ったにちがいありません。もちろん、窓は反射するは、構図はとれないはで、写真は汚いし、ちっとも面白くないかもしれませんが、万感の思いでとっているのですから、お付き合いください。

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(新幹線の中からの撮影はすべてペンタックスK5,ペンタックス35mm limited macroです)

もともと、ファルマフロンティアの事業を始めたのは、真鶴から熱海にかけての海沿いに、工房を立てて、壺を作りながら晩年を過ごすための資金を手に入れるのが目的でした。残念ながら、資金は手に入りませんでした。年末に宝くじを買ってみましたが、やはり当たりませんで、工房は夢と消えたようです。

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この熱海の斜面の家を見に行ったことがあります。地震は怖いけれど、毎日、高台から海を眺めながら、壺をつくることが理想でした。

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熱海を過ぎて、伊豆半島の山々が見えてきます。

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掛川、あたりは淡々とした町と畑がつづきます。反対側の席にすわれば、何度となくきれいな富士山が見えたことでしょうが、当方は目的の熱海をみるために、がんとしてA席に座るのです。

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静岡を過ぎて、少し山っぽくなったりしますが、基本は平野です。

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天竜川を渡ります。

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浜松を過ぎると浜名湖の鉄橋をわたります。新幹線にしては珍しく水の上を走るわけです。

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豊橋、三河安城を過ぎて名古屋に着きます。さてこれからが、当方がいつも言っている夢の地域に入ってゆくのです。

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木曽川でしょうか。

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遠くに鈴鹿山脈が見え始め、いよいよ関西へ入ってゆくというワクワク感がしてくるのです。

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揖斐川でしょうか。

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次第に鈴鹿山脈が近付きます。

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名前もしらない、池を過ぎて、雪国へ入ってゆくのです。

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まだ、雪が少なくて残念ですが、いつもはこのあたりだけが雪に覆われている銀世界の中を走ることになるのです。

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この山をバックにした畑の風景が好きです。山が、アルプスのように巨大でもなく、といってそれなりの大きさがあるところがいいのです。もう一つ、裾野に点々と小さな山が平地から顔をぽつんぽつんと出しているところがいいのです。

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関ケ原のあたりを走ります。関ケ原を過ぎれば、反対側に琵琶湖が広がっているはずです。

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大きくもない山に隔離されたような町と畑が、次々に現れるところがいいのです。

新年のご挨拶

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

今年は、皆様によい年となるようにお祈り申し上げます。

  さて、京都から引き上げると、ブログのアイデアが浮かびません。京都とは何て、簡単に自然と接触できるところなのでしょうか。東京ではそれがなんて難しいのでしょう。何時も、初詣では増上寺です。毎年、ここでおみくじを引くのでが、去年も今年も末吉でした。頑張っていればそのうち良くなるでしょうとのことです。  東京の神社仏閣の風景は、近代的建物との対比がテーマになるしかありません。せいぜい猿回しが登場する程度です。


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どんな時でも葉っぱの撮影をわすれずに。

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新年会で久しぶりに<ナナ>が着物を着て登場。

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さて、だんだん心は固まってきました。東京で無いものを嘆いても仕方ありません。東京にしかないものを追いかけましょう。それは2つ、富士山と伊豆七島です。後者は意外でしょ。伊豆七島の海と沖縄の海は全く違うのです。黒潮のど真ん中の海は、日本の他には無いのです。伊豆七島の先には小笠原があり、みんな東京都です。やはり、当方はその原点に返ります。海の撮影を、何度も何度もトライしてみましょう。
まだ全貌をお知らせしませんが、年賀状にも載せたので、ちょっとだけ登場させます。これが当方の写真を撮る理由なのです。


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第一作<海の誕生>

4枚の陶板を掘って、それを合わせて壺にしています。元は陶板作りから発展しました。陶板のデザインは全て、これまでの撮影で集めた写真パターンから来ています。例えば、この右は越前海岸の波の写真が元ですし、海の女神の顔は、奥琵琶湖、渡岸寺、十一面観音から来ていますし、上部の模様はスペインの鉄扉のパターンから来ています。裏面は沖縄、美ら海水族館の写真から来ています。

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<陶板> 

<ろくろ>もいいのですが、ろくろは目的が違います。ろくろはあくまで、形です。限られた形の中に、無限の可能性を追いかけるのです。絵付けは別物です。すでに無数の人がやっているので、違った方向を出すのは到底、難しい。当方は当分パス。先達の物と同じものを作りたいという気持ちはさらさらありません。当方は自由に自分のイメージをデザインしたいのです。もう写真を撮った時にイメージが出来ているので、一杯イメージをため込んでいます。それらを組み合わせて、当分は壺を作り続けてみようと思っています。まだ一年しか経っていませんし、ポツンポツンとやっているので、陶芸の腕は悪いし、当方は性格的に精密に作ることに興味がなくて、イメージが先行して、細部のきめ細かさはどうでもいいという具合になってしまいます。そのうち、少しは見られるようになってくるでしょう。もう次の作品を作成中です。題名は<森の幻影>です。その次のイメージも日本固有の屋根を取り上げ、<神々の曲線>と決まっています。皆、撮った写真からのイメージです。
これから、どうやって、本物の海のイメージを撮るか。どうやって、陶芸に反映させるか。

最後に年女、家内の年賀状を載せます。

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プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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