南イタリア物語ー9

南イタリア物語ー9

si136_convert_20101231214158.jpg
K7 100mm macro

si137_convert_20101231214229.jpg
K7 100mm macro

si138_convert_20101231214313.jpg
K7 100mm macro

マクロの良さがでています。

si139_convert_20101231214344.jpg
K7 100mm macro

si140_convert_20101231214418.jpg
K7 100mm macro

<シシリア島の3つの岬を3本の人の足で表したトリナクリナがシシリー島のシンボルです>
あちこち見て回って、イスラムらしい伝統的模様の花瓶を一つ買いました。陶芸教室の先生の一人、イラン人のサブーリ先生にみせたら、日本の陶器の方がすっといいと一言でおしまいになってしまいました。

si141_convert_20101231214450.jpg
K20D 35mm limited

si142_convert_20101231214528.jpg
K7 100mm macro

si144_convert_20101231214606.jpg

名残惜しいけれど、カルタジローネを後に、タオルミーナへ向かいます。

si145.jpg
K20D 35mm limited

si146.jpg
K20D 35mm limited

si147.jpg
K20D 35mm limited

道々の自然の風景です。
南イタリアの自然は人の手が加わった自然と、元々の自然のおりなすリズムが混じりあうところが、とてもいい。 バスからでなく、じっくり撮りたい。これが、南イタリアの心髄だ。

si148.jpg
K7 100mm macro

<山の上には街があり、丘の上には館があり、廃墟には歴史がある>

si149.jpg
K7 100mm macro

再び、シシリー島の三つの岬の一つの根本を横断する。 結構高い山がある。

si151.jpg
K7 100mm macro

再び、海に出る。

si152.jpg
K7 100mm macro

海を右手に見ながら走る。

si153.jpg
K7 100mm macro

si154_convert_20101231221340.jpg


これまで、忙しくて、行程地図を書く、暇がありませんでした。まずはシシリー島での行程を書いておきます。三つの岬です。トリナクリナです。
スポンサーサイト

南イタリア物語ー8

南イタリアー8

11月25日
アグリジェントを出発して、世界遺産、カルタジローネ(壺の丘)へ向かいます。

si120.jpg
K7 100mm macro

途中で、一生懸命、バスから廃墟を撮る。ぞろぞろ廃墟がある。窓が反射してまともな写真にはならないけれど、廃墟はやっぱり魅力的。

si121.jpg
K7 43mm limited

ここにも廃墟があります。作られ、何らかの理由で、使われなくなった建物です。いくつも、いくつもあります。
<山の上には街があり、丘の上には館があり、廃墟には歴史がある>

陶器の街、世界遺産カルタジローネに着きます。もともとイスラムが作った街で、イスラム色が色濃く残ります。

si122.jpg
K7 100mm macro

カルタジローネの市民庭園よりみる街なみ

si123.jpg
K20D 35mm limited

街中には、陶器の街らしいディスプレイが点在しています。

si124.jpg
K7 100mm macro

si126.jpg
K7 100mm macro

si127.jpg
K20D 35mm limited

si128.jpg
K20D 35mm limited

si129_convert_20101230190912.jpg
K7 100mm macro

<142段のスカーラ(大階段)>

各段毎に違ったタイルが貼ってあります。

si131_convert_20101230190955.jpg
K7 100mm macro

si132.jpg
K7 100mm macro

142段を上るのは結構大変でした。下りる時は、天神平の下山の恐怖がよみがえって、めまいがします。

si133_convert_20101230191202.jpg
K20D 35mm limited

トップからの街並みもなかなかのものです。

si134.jpg
K20D 35mm limited

si135_convert_20101230191235.jpg
K7 100mm macro

スカーラの途中とか周辺には陶器の店がいっぱいあります。




南イタリア物語ー7

南イタリア物語ー7

si106.jpg
K7 43mm limited

<天使の階段>が地中海を照らします。

si107.jpg
K7 43mm limited <ジュノーネ・ラチニア神殿>

もう夕暮れです。この神殿は、2500年前も同じ夕暮れを見ていたのでしょうか。

si108.jpg
K7 43mm limited

si109.jpg
K7 43mm limited

si110.jpg
K7 K7 43mm limited

si111_convert_20101229200257.jpg
K7 43mm limited <エルコレ神殿>

si112.jpg

si113.jpg
K20D 15mm limited<コンコルディア神殿>

si114.jpg
K7 43mm limited <ジョーヴェ・オリンピコ神殿、人像柱、テラモーネ>

神殿をささえる巨人の石柱7.75mが横たわっています。本物はアグリジェントの考古学博物館に行って、レプリカですが、アグリジェントの街を見下ろしていた巨人たちのその時を想像することができます。

カルタゴ(北アフリカ、フェニキア人)との抗争が続く中で、この巨人神殿も破壊され、その後ローマ帝国がここを支配するようになるのです。さらに東ローマ帝国、アラブ人と支配者が変わり、1100年ころにノルマン王国がイスラム勢力を追い出して、繁栄の基盤をつくるのです。しかし、100年もたたないうちに、ノルマン王家はグチャグチャになり、1400年ごろから、憎きスペインの支配がはじまるのです。そして、1860年にやっとイタリア王国に統合されたのです。
 めまぐるしく、支配者が変わっても、ここからの自然の景色は淡々と<天使の階段>という神殿を作り続けているのです。

si115.jpg
K7 43mm limited

si116.jpg
K7 43mm limited

アーモンドの木に囲まれたなだらかなスロープに沿って、いくつもの神殿跡があります。2月にはアーモンドの花が咲いて(今も間違ってちょっと咲いていますが)、アーモンド祭りがおこなわれるそうです。そんな時に訪れたら楽しいでしょうね。

si117.jpg
K20D 15mm limited

夕方、ライトアップにも連れて行ってくれました。入り口から中に入らないで、ちらっと見るライトアップです。サービス満点のツアーですが、写真にはなりません。

si118.jpg
K7 43mm limited

ライトアップはこういう写真を撮りたいのです。廃墟は丘の上で輝いていなければなりません。そうでなければシシリー島に来た意味がありません。ただ神殿跡ならローマでいいじゃないですか。しかし、その、たった一枚の写真が撮れない。一瞬でもバスが止まってくれればいいのに。どうしてもわかってくれない。観光とは、単に観光対象ポイント(点)と点を渡り歩くことではないのです。点ではなく、それがなぜそこにあり、どういう意味があるかを感じることなのです。つまり、2次元、3次元、4次元で感じることなのです。ツアーといえどもわかってほしい。

si119.jpg
K7 43mm limited

カジキマグロのはずが、違う魚が出てきて、添乗員が文句をいう。変わってだされた魚がこれ。また添乗員はこれも違うと文句をいう。後日、カジキマグロのグリルを出しますということでおさまった。冗談と思ったら、本当に、後日、違うレストランでカジキマグロのグリルがでてきました。連絡が行っていたみたいです。おかげで、魚ばかり、ずいぶんと食べることになりました。

南イタリア物語ー6

南イタリア物語ー6

si74.jpg
K7 43mm limited

市場の入り口の家だって、よく見れば、趣のある彫刻で飾られています。

si75_convert_20101227211015.jpg
K7 43mm limited
この家の扉だって素敵です。

si76.jpg
K20D 15mm limited

si77.jpg
K7 43mm limited

パレルモのオペラハウス(マッシモ劇場)を見てから昼食です。小さな島に、3200席もある大きな劇場があるところが面白い。ここのオペラは数年前、日本で公演しました。シチリア島の夕べの祈りとカバレリアルスティカーナです。どちらもシシリア島を舞台にしています。

si78_convert_20101227211056.jpg
K7 43mm limited

ゴットファーザーのラストシーンがこのオペラハウスの階段でどうのこうと言っていました。

si80.jpg
K7 43mm limited

お昼はデザートだけ登場させます。ゴッドファーザーのラストでマフィヤのボスが食べて毒殺されるシーンがあるそうです。シシリー島独特且つ、ここではもっともポピュラーなデザート、カンノーロ。このあとの食事でもずいぶんとこのデザートがでてきました。おいしいですよ。

si81.jpg
K20D 15mm limited

バスに向かう道に何故か<パンの木>がありました。あちこちに、アフリカを基盤とするイスラムの匂いを感じます。

si82.jpg
K7 43mm limited

ふと、広場からみると、港が見えます。素敵な風景です。

si83.jpg
K7 43mm limited

パレルモを出て、アグリジェントに向かいます。
島を横断すると、シシリー島の自然が見えてきます。

si97.jpg
K7 43mm limited

si94.jpg
K7 43mm limited

si95.jpg
K7 43mm limited

si96.jpg
K7 43mm limited

si99.jpg
K7 43mm limited

si100.jpg
K7 43mm limited

si101.jpg
K7 43mm limited

si102.jpg
K7 43mm limited
バスからの撮影は、とても大変です。私は、シシリー島の自然が一番撮りたい対象だと悟りまし。

si103.jpg
K7 43mm limited
虹まで現れました。
シシリーの自然は、人が作り出したパターンと、そのまま残っている自然のパターンがまじりあっているところが魅力です。これを撮りたい。
もし、もう一度ここへ来ることがあったら、どういうことを狙って撮影をするか。(もちろんツアーではなく、個人で来なければ撮影はできません。)シシリー島を一言でいうと、<人の作った美しい自然のパターンと元々ある自然のパターンの融合>そして<山の上には古い街があり、丘の上には館があり、廃墟には歴史がある>。その心はあとで、ポツンポツンと書きます。
ここでいう廃墟とは、平原のあちこちにいっぱいある崩れかけた小屋や家のことです。何かの目的で作り、何かの事情で使われなくなって、放置されて、その時から時は止まり、次第に崩れてゆく。廃墟のなかにそれまでの物語が語られている気がするのです。もちろん石作りだから、歴史が秘められるので、木造の日本建築ではすぐ消滅してしまい、こんな風景は生まれないのです。今度シシリー島に来たら廃墟をずっと撮影して回りたい。

si104.jpg
K7 43mm limited

世界遺産、アグリジェントの神殿跡がみえてきました。ここの廃墟は、私のいう廃墟とはスケールが違います。壮大なギリシャ神殿の跡です。アグリジェントの丘(この地域は神殿の谷というそうですが)からは地中海が美しく広がり、夕暮れの雲間から<天使の階段>が展開されます。この地域には丘のてっぺんからふもとにかけて、神殿がいくつも作られ、当時30万人が住んでいたそうです(現在は3万人)。なんでそんない多くの人が住んでいたのか。そんな人口を養う土地があったのか?私は、ここは金持ちのギリシャ人の別荘だったような気がします。金は他のところで稼いで、ここは風光明媚な保養地だったのでしょう。気候はいいし、うまいものを食べて、地中海を眺めていれば、いうことありません。ときどき神殿で神儀をおこなえばいいのです。
 


南イタリア物語ー5

南イタリア物語ー5

パレルモ、ヴァラロの市場へゆきました。

si62.jpg
K20D 15mm limited

si63.jpg
K20D 43mm limited

si64.jpg
K7 43mm limited

野菜や果物がみんな生き生きしています。家内は熟した柿を見つけて、喜んで買って食べていました。凍らしてシャーペットとして食べると最高であると言っています。今の東京には熟した柿が売っていないのです。ここでは<KACHI>とかいてあるのが面白い。

si65.jpg
K20D 15mm limited

si68.jpg
K20D 15mm limited

そのうち夕食で食べることになる、カジキマグロが右手に見えます。

si67.jpg
K7 43mm limited

魚屋さんも楽しい。


si69.jpg
K20D 15mm limited

si70_convert_20101227210759.jpg
K7 43mm limited

楽しそうな顔をしています。

si71.jpg

私は魚を見ると元気になる。ペンタックスK7 と43mm limited

si72_convert_20101227210843.jpg
K20D 15mm limited

市場の中に教会が複数ありました。その一つはとてもすばらしい建築でした、あちこちに隠れた文化が残っているようです。ここは完全な撮影禁止、外から撮っても怖いおばさんが睨みつけています。

si73_convert_20101227210934.jpg
K7 43mm limited

京都、寺町商店街、京極商店街、錦市場の<蛸薬師>を思い出します。ごったがえす市場の喧騒から、扉をはいると別世界という落差が印象的です。このようなすばらしい文化遺産の中で日常の祈りが行われているのです。


南イタリア物語ー4

南イタリア物語ー4

si46.jpg
K20D 15mm limited
<カテドラーレ>

si47_convert_20101226214157.jpg
K20D 15mm limited
カテドラーレの広場では、なぜか、尼さんが子供たちを連れて、踊っています。

si48.jpg
K7 43mm limited

si49.jpg
K20D 15mm limited
カテドラルの、このドームを見て、もう一つ気になっていた疑問が解けました。

  これまでのヨーロッパの旅で生まれた疑問です。中欧の旅で、マジャール人の文化(ハンガリーの文化)にとてもひかれるのです。西洋的であり東洋的であり、イスラム的であり、いったいマジャール文化とはどういうものだろうか? マジャール文化にどうしてもノルマン文化の影が見えるような気がしてならないのです。これは南イタリアのビザンチン複合文化(困ったことに、なぜかこの複合文化には名前がついていない)が北に上がったのか、バイキングが北から直接マジャール人と接触したのかという疑問をもっていました。第一、ハンガリー文化にノルマン文化が混じっているということはどこにもかいてありません、私が勝手に思っているだけなのですが。
si50_convert_20101226214234.jpg

<ハンガリー、エステルゴム大聖堂>

si51.jpg
<ハンガリー、エステルゴム大聖堂、ハンガリー・カトリックの総本山>

南イタリアでまじりあった、ビザンチン文化(もともとローマ、ギリシャ文化にイスラム文化が混じってできた)複合文化(さらにイスラム文化とノルマン文化が融合していった)は、イタリアから北に上って、ハンガリーまで到達していたのだ。というのが私の見解です。エステルゴム大聖堂のドームは南イタリアのドームとそっくり、さらに柱の部分をみてください。ギリシャ、ローマのパルテノン宮殿風に作られているのです。
なぜこんなにこだわるのかというと、ヨーロッパを旅すると、いつも感じるのですがヨーロッパの文化は結局、キリスト文明とイスラム文明の対立の<表歴史>、そして世界に四散したユダヤの織り成す<裏歴史>の組み合わせなのです。

si52.jpg
<チェコ、プラハ、聖ヴィート教会>

キリスト教は他の宗教を認めずに、どんどんヨーロッパを侵略して、征服した証に、その風土の文化様式を無視して、このゴシック建築の教会をたてます。ですから、ゴシック建築はとても威圧的です。でもよく見てください、中央のドームは中欧に存在していたパターンですし、屋根のタイルも中欧風です。支配されても、どこかに土着の文化をすべり込ませているのです。この抵抗が、文化というものが、歴史というものが、そう簡単に塗り替えられるものではない、混じりながら新しい文化が出来てゆく、これがとても印象的なのです。私がキリスト文化の中心地やイスラム文化の中心地よりもその接点の国に魅力を感じる所以です。ビzザンチン融合文化は、異文化融合の極致みたいな魅力があります。対立する両極端であるキリスト文化とイスラム文化の融合、それも虐げられてではなく、繁栄のなかでの融合です。第三者のノルマンが繁栄のなかで融合させた結果でしょう。このノルマン王はとても有能であったに違いありません。<南イタリアの奇跡>は、ほんの2、3つの寺院にしか残っていないのでしょうか? 憎きは、みんな壊したスペインだ!

si53.jpg
<ハンガリー、マーチャーシュ教会>

もっと、マジャール文化を強調した教会です。ハンガリーのジョルナイ焼きタイルで、マジャールを主張している、大好きな教会です。ここでは、完全にマジャール文化がキリスト・ゴシックを飲み込んでいます。

si54.jpg
<ハンガリー、ブタペスト、旧郵便局、レヒネル。エデン作>

si55.jpg
<ハンガリー、ブタペスト、旧郵便局、レヒネル・エデン作>

東の大建築家、レヒネル・エデンはジョルナイタイルを使って、マジャール文化復活を目指しました。この不思議な建築は、同時代の西の大建築家、スペインのアントニオ・ガウディ―の建築と似ていませんか?

si56_convert_20101226214313.jpg
<スペイン、バルセロナ、カサドパトリオ、アントニオ・ガウディ―作>

こんなに離れた地域で同時代に生まれた建築なのに。なぜ、こんなに共通性をかんじるのだろうか。偶然か、彼らの間に何らかの情報の流れがあったのか? いずれも典型的ゲルマン・キリスト教・ヨーロッパの文化とはとっても異なります。 今回の南イタリアの旅に期待した、これらの疑問は、パレルモの<カテドラーレのドーム>一つで、みな解けてしまいました。スペインのガウディ―の情報はハンガリーのレヒネルまでイタリア経由で届いていたに違いない。ビザンチン融合文化の波がつくった経路に乗って。
かくて、わたしが南イタリア、シシリー島まで来た目的は、その初日の午前中に全て達成されてしまったのです。これで、スペイン、フランス、中欧、南イタリアの旅の連続性とあの添乗員さんの影響のお話は終わりです。すいぶんと寄り道してしまいました。

さて、<カテドラーレ>をバスで後にします。去り際に撮った、この3枚の写真は、気に入っています。ツアーですと、みんなで、さあここで写真をとってくださいというぐあいで、だれが撮っても同じ写真になってしまいます。面白い写真を撮るにはバスから撮るしかありません。でもこれはとても難しい。窓は反射するし、障害物は入り込むし、一瞬で捉えなければならない。でもこの写真に限っては、バスでしか撮れないアングルなのです。

si57_convert_20101226214357.jpg
K7 43mm limited

si59_convert_20101226214502.jpg
K7 43mm limited

si60_convert_20101226214534.jpg
K7 43mm limited

<カテドラーレ>のドームの本体が写っています。

si61_convert_20101226214616.jpg
<ハンガリー、ブタペスト、国会議事堂>

ハンガリーの国会議事堂と見比べてください。ビザンチン様式だから同じようなのは当然だと、ロマンのないこといわないでください。
また話がスレでしまいました。
私のノルマン文化の追っかけは忘れて、南イタリアの旅に戻りましょう。











南イタリア物語ー3

南イタリア物語ー3

ドウオーモ(モンレアーレ礼拝堂)を後にして、モンレアーレの街を歩きます。

si33.jpg
K7 43mm limited

この風景は気に入っています。石つくりの町と、斜めからの光が作り出す光景はとっても、南ヨーロッパの光景です。

ツアーで時間が無いので、気に入った風景をじっくりとるという行動はできません。どれもこれも、瞬間芸みたいなものです。

si34_convert_20101225234800.jpg
K7 43mm limited

si35_convert_20101225234842.jpg
K7 43mm limited

石畳を走る小さな車、街並みから見える丘の風景はとても南イタリアです。

si36.jpg
K20D 15mm limited

おみやげ屋さんも南イタリア。

si37.jpg
K7 43mm limited

丘の上からのパレルモの街の風景も南イタリア、シシリー島に来たという気分にさせてくれます。

si38.jpg
K7 43mm limited

si40.jpg
K7 43mm limited

雲間からこぼれる、光線のスジはここでは<天使の階段>と呼ぶそうです。この後も、何度も写真で登場します。ここの人達は年中<天使の階段>に囲まれて生きているのです。

si41.jpg
K20D 100mm macro

マクロレンズのつくる世界はやっぱり面白いな。もっと撮ればよかった。

si42.jpg
K7 43mm limited

さすがシシリー島です。丘からは海が見えます。

si43.jpg
K7 43mm limited <ヴィットリオ・エマヌエーレ大通り、ヌオーヴァ門>

再び、車でうずまる、パレルモの街中へもどります。

si44_convert_20101225234918.jpg
K7 43mm limited

街の人をバスから撮ろうと、何度も試みるのですが、そう簡単に写真になりません。これなんかどうでしょうか。

si45.jpg








南イタリア物語ー2


si+9_convert_20101223201347.jpg
K20D 15mm limited

si 10
K20D 15mm limited
ここは、シシリー島でもっとも華麗な文化遺産といえます。あとから考えてもここはすごいところです。

言い忘れましたが、パラティーナ礼拝堂はノルマン王宮の中にあります。ノルマン王宮といえども、どれがノルマン様式か相変わらずわかりません。

si 11
K20D 15mm limited

si 12
K7 43mm limited

次々に、興味あるパターンが展開され、私にはとても楽しいところです。しかし、やっぱり、どれがノルマンなのかと、はっきりしないで欲求不満は解消しません。このパターンもどこかノルマンの影響があるような気がしてしょうがない。

si 13
K7 43mm limited

si+14_convert_20101223201506.jpg
K7 43mm limited

si+15_convert_20101223202055.jpg
K7 43mm limited

si 16
K20D 15mm limited

si 17
K20D 15mm limited

si 18
K20D 15mm limited
ノルマン王宮とパラティーナ礼拝場を後にして、パレルモ郊外のモンレアーレにむかいます。


後で考えたのですが、ガイドさんがビサンチン文化、イスラム文化、ノルマン文化の融合であると言い張っていたのは、それが正しいのかもしれないと思い始めました。おそらくノルマン王は、対立する強大なビサンチン文化とイスラム文化の中へ入り込んで、両者を融合させることに力をそそいだのでしょう。第三者だからできたことです。異文化の融合する過程は、2つの勢力の拮抗関係から始まります。対立するものは容易に融合せずに最初はマダラになります。例えば、スペイン、コルドバのメスキータです(後で登場します)やモンサンミッシェルです。シシリアでは第三者が最も権力を持ったわけですから、最初から融合を試みることができます。無論、ノルマン人の好みに合ったように融合させてゆくのですから、ノルマン文化がひとりでに混じり込みます。よって最初から完全に融合した形で表現されることになったわけです。ガイドさん、ケチをつけてごめんなさい。

si 19
K7 43mm limited

朝のパレルモは自動車でうまっています。かれらの運転のすさまじいこと、オートバイのあぶなっかしいこと。バスからみていてもハラハラする。

si20.jpg
K7 43mm

いわんこっちゃない、眼の前で、事故る。車でうずまった道を救急車が割って走る。これまたすさまじい。このぶんでは、救急車はまる一日走り続けているに違いない。

si21.jpg
K7 43mm limited

街並みの先に、丘が見える風景も魅力的である。左側の街路樹の実を使って修道士がロザリオをつくるそうだ。

si22_convert_20101224235947.jpg
K7 43mm limited

si23.jpg
K7 43mm limited

si24.jpg
K7 43mm limited

どうも、イタリアの空は日本とはだいぶ違う。
どうも、イタリア人はこんな丘の中腹に住みたがる性癖があるようだ。

パレルモ郊外、モンレアーレへ到着、丘の上の、ドウオーモ(モンレアーレの礼拝堂)に向かいます

si25.jpg
K7 43mm limited

si26_convert_20101225000039.jpg
K7 43mm limited

si27_convert_20101225000122.jpg
K7 43mm limited

ドウオーモはパラティーナ礼拝堂とよく似ています。こちらの方が大きいのですが、装飾内容はパラティーナ礼拝堂の方がずっと緻密であるような気がします。パラティーナ礼拝堂はノルマン王朝を確立したルッジェーロ2世、モンレアーレ礼拝堂は2代後のグリエモ2世が作ったものです。

si29.jpg
<K7 43mm limitedで撮影する当方>

si30_convert_20101225000256.jpg
K7 43mm limited

ここにも、興味あるパターンがあります。不思議なパターンです。パターンを見ると、どうしてもその由来を追及したくなってしまいます。

si31_convert_20101225000330.jpg
K7 43mm limited

si32.jpg
K7 43mm limited

さて、ドウオーモ(モンレアーレ礼拝堂)を後にします。

南イタリア物語-1

南イタリア物語 2010-11-23~11-30

年一回の海外旅行をすることにしています。値段が安いので、いつも冬場に出かけます。社長業をやりながらの、海外遊び旅行を実施するのは、毎回、とっても大変です。いつ死ぬかわからんのに、仕事だけしていてはバカだという考えで、頑張って実行しているのです。今回は、さらに大変なことになりました。<京都の紅葉>で書いたように、谷川岳で遭難しそうになって以来、首に腫瘤ができて、ありとあらゆる検査をしたのに原因不明、ネズミを拘束してストレスを与える実験をしているので、そのタタリではないかという説もあれば、山でライム病(ダニから移る、特殊な病原菌による) に感染したのではないかという説もあるし、悪性腫瘍という説も当然あります。悪性腫瘍を否定する意味で行ったPET検査の診断が出るのが11月22日、海外旅行の出発日が23日。PET検査の結果は悪性腫瘍を否定できませんでした。先生は特に海外旅行をやめろとはいいませんでしたので、思い切って出かけることにしました。キャンセルしたら2名で30万円の損害。旅行に出かけて、腫瘍が悪化したら、30万円と私の命を引き換えにしたことになる、私の命はそんなに安いのか。周りの人は、冥途の土産に、遊んで来いというし。
 結果的には、まだとりあえず生きているのですが、この旅行で、せっかく退縮しはじめた腫瘤が、また拡大して、加えて痛い。先生に痛いというと、痛い方が悪性腫瘍じゃない可能性が高まるから、痛い方がいいのだといって特にあわてた様子もない。結局、予定を一週間、早めてもらって、組織検査として、腫瘤からサンプルを取る手術の為に1月3日から一週間入院というスケジュールとなりました。酒をのむと痛くなるので、ここのところ1か月以上禁酒。先生は酒を飲んで悪いという理由はないとおっしゃいますが、痛いのはいやだから、徹底して飲んでません。旅行中に、一回ビールを飲んだら、たちまち痛くなって、その後、腫れてきてまったくいやな状態でした。現在の仕事は、ある先生の体内時計が狂うと、癌が発生するという<ネズミ>実験のメカニズムを解くことを手伝っているところです。海外旅行で昼夜が逆転し(つまり体内時計が狂って)、腫瘤が腫れて痛くなったということで、なんのことはない、今、解析している仕事を自ら<人間>で証明してしまったことになります。旅行から帰って、一週間もすると、ケロッと痛くなくなって、また退縮方向に向かっています。この腫瘤はなんやようわからん。切るしかないと腹をくくって、ブログを書きましょう。
この旅行は、ただ旅行して写真を撮るということ以外に2つの隠れた目的があります。
その1)
実は、一人のツアー添乗員さんの話が、私のスペインの旅、フランスの旅、中欧の旅、そして今回の南イタリアの旅、全てを結びつける原動力となっているのです。大変に影響力のある添乗員さんだったのです。彼はフランスの旅の添乗員さんで、かつて、建築家を目指していたそうです。 本来はツアーの企画をするえらい人なのですが、ピンチヒッターで、フロントに出てきたそうです。
建築様式からヨーロッパの民族や文化の流れをダイナミックに語ってくれました。

フランスの旅はノルマンディー地方を動くことが多く、ノルマン文化の話が、私の心を捉えました。モンサンミッシェルはロマネスク様式からゴシック様式へ変化するのですが、一部ノルマン様式が残っています。食堂の舟形の天井で、木製です。何もかもが石つくりの館にある木製の天井は印象に強く残ったのです。
si 1

<モンサンミッシェル、フランス、ノルマンディー地方>

si+2_convert_20101223201227.jpg

<モンサンミッシェルのゴシック様式、フランス>

si 3

<モンサンミッシェルルのノルマン様式、フランス>

彼の説明でもっともショックをうけたのは、この地方を荒らしていたバイキング(ノルマン人)を防御するために、フランス王が最も強いバイキングの一族にノルマンディー地方を与えて、他のバイキングの侵入を防いだこと、それがノルマンディー公として現在も継続しているのです。さらに驚いたことには、ノルマンディーの一族は突如として大移動して、地中海のシシリー島に現れここを占拠したのです。さらにイタリア本土の南部を制圧して、大きな繁栄をイタリアにもたらしました。この繁栄の時代に、シシリー島にあったギリシャ、ローマ文化そして、ビザンチン文化にさらにイスラム文化、ノルマン文化の三者が融合して、華麗なる文化が生まれたのです。フランスで大騒ぎしたルネッサンス(刷新)とは、仰々しく恰好をつけているが、いってみれば、フランスがこの文化をまねして取り入れる過程にすぎず、もっといえば単にフランスにイスラム様式が混じり込む過程に過ぎない、どこが刷新だと言っている人がいます。この南イタリアのイスラム、ノルマンが混じった文化の創生こそがルネッサンスというべきでしょう。いつも日本人はキリスト教側から見ています。これは小さい頃からの教育でそうなってしまったのですが、イスラム側からみると、見方は全く違ってくるのです。
その後、このノルマン文化の混じった華麗な文化は結局南イタリアを占拠したスペイン人によりほとんど破壊されてしまったのです。インカ文明も壊すし、まったく、スペイン人は極悪人だ!! 今回の旅の一つの目的は、わずかに残った南イタリアのノルマン文化を見つけ出すことにあります。
その2)
ガラッと変わって、今回の旅は、<ペンタックス、limitedレンズの旅>と名付けてもいいのです。ペンタックス2台(K20D, K7)に、レンズは全てlimited単焦点レンズのみ。Limitedは長焦点側が77mmまでなので、例外的にペンタックス100mm マクロを加えました。limitedレンズというのは、数値性能の極限を追いかけるのではなく、撮影して出来た絵が魅力的であるとか、軽くて使った感じそのものが魅力的であるとか、そういう目標を掲げて作ったレンズです。私が多用している15mm limitedを最近買った雑誌で、あるカメラマンが絶賛していました。私が感じていることとまさに同じことをいっていました。このレンズ一本の為に、ペンタックスを買う価値がある。撮ろうと思った場面を、その時の思ったことをそのまま表現しくれるレンズだ。まさにそう思っていました。場面を正確に写すと言っているのではありません。感じたことをそのまま表現すると言っているのです。しかも小さくて軽いレンズなのです。
ペンタックス15mm limited, 35mm limited macro, 43mm limited, 77mm limited, 100mm macroです。ズームレンズは一本も持ってゆきませんでした。ずいぶん悩みましたが、結局、全部単焦点レンズで勝負しようと思い立ったのです。ズームレンズ全盛時代に、こんな人はいないでしょう。そうとうひねくれています。しかも、せわしない、ツアー旅行で。いくらカメラ2台使っても、最適な焦点距離を選択できません。たまたま、カメラに付いているレンズにこちらの頭を合わせて、絵を作ってゆくしかないのです。
なんで、そんなことを。理由の第一は、これまで撮ってきて、面白いなと思った写真のほとんどが単焦点レンズをつかったものであるという理屈抜きの実績。第二に★印ズーム2本に2台のカメラでは、中欧旅行はそれをやったのですが、重くてやってられません。
高倍率ズーム一本、フランス旅行でやったのですが、どうしても写真の質が満足できません。軽量ズーム2本でもいいのですが、結局2台のカメラを持つなら、単焦点の方がずっと面白い。とにかく、ズームは面白くないのです。単焦点レンズは一本一本個性があります。それが面白い。ズームレンズはどの焦点でも破綻しないようにつくるので、各焦点距離で個性を生むなどということは到底ありえないのです。レンズに個性なぞいらない、性能さえあればいい、被写体で個性をつくればいいとみなさん言うわけです。でもね、一回、単焦点一本一本にドキッとされられると、そいつを置いて旅に出るなどということは考えられないのです。
   今回は5本のレンズをランダムに使っています。均等な使用を心がけるなどということはしていません。その時その時で選んで、場合によるとレンズを変える余裕が無くて、無理やり使って、撮っています。数百枚の写真からブログ用に選択するときも、レンズを均等に選ぶなどということをしていません。単純に気に入った写真をのせています。最後に集計すると、どのレンズがどれくらい選ばれたか、これは面白い試みです。

si 4

K20D 43mm limited
アリタリア航空で12時間飛んで、ローマのレオナルドダビンチ空港につきました。グラディエーター(ローマ時代、将軍マキシマス、コロッセオ/剣闘士が沢山登場する)が面白かった。ローマは気温7℃と寒い。ここからまたアリタリアの飛行機でシシリー島のパレルモへむかいました。パレルモはさすが南イタリア、気温はローマよりかなり暖かい。

パレルモのホテルに夜中に着く。もう遅いのでバールで菓子パンしか売っていない。結構安くて、おいしいパンをかじりながら寝る。

11月24日
パレルモ、パラティーナ礼拝堂へ

si 5

K20D 15mm limitedsi 6

K20D 15mm limited

si 7

K20D 15mm limited

si+8_convert_20101223201306.jpg

K20D 15mm limited
現地ガイドさんがビザンチン文化、ノルマン文化、イスラム文化が融合したと説明する。私はしつこく、どこにノルマン文化が残っているのでしょうかと聞く。ガイドさんは同じことを繰り返す、融合した文化です。とうとう、ノルマンの痕跡はわからない。私はこの天井部分にバイキングの船の構造を感じて、ノルマンの痕跡と勝手に思う。ガイドさんは納得しない当方をうるさいやつと思ったにちがいありません。


京都の道 その3 一条通りー3

京都の道 その3 一条通りー3

it25.jpg

当然、神社にお参りしなくては。吉田神社は吉田山に上にあるので、ぞろぞろ上ります。

it26.jpg

この柱をなぜるといいことがあるといわれて、なにもわからずなぜまわす。

it27.jpg

日本各地の神様が勢ぞろいしている。当方は上総と下総にお参り。

it28.jpg

きれどころがお札や絵馬を頑張って売っています。豪華景品が当たる、福豆ふくろは売り切れ、残念、残念。

it29.jpg

巫女さんも頑張ってお守りを売っています。なにしろこの3日間が一年で一番の勝負どころ。

it30.jpg

当方はお札より、にごり酒をマスでいっぱい。ヒノキの匂いがここちよい。ここの近所の酒造所、が樽酒を持ち込んで大繁盛。

it31.jpg

結構、コップ酒を注文する女性がたくさんいます。見たところ男性よりずっと多い。

it32.jpg

it33.jpg

もう、11時30分、バスはありません。一条から東山三条へ、てくてく帰ります。

it34_convert_20101222234747.jpg

途中の灯篭屋さんのディスプレイがきれいでした。

it35.jpg

家に帰り着いたのが夜中の12時。本日の収穫。吉田神社で買った、原酒とにごり酒。マスもあります。同じく吉田神社のお豆、廬山寺の豆まきで拾ったお豆3つ。コンビニで買った恵方巻きを並べて、 一人で酒盛り。



当方はこの道シリーズをとてもきにいっているのですが、地味すぎますかね? 正月前に、節分では受けがわるすぎますよね。 しょうがないので、明日から南イタリア物語を開始しましょう。 京都の道シリーズは中断です。

京都の道 その3 一条通りー2

京都の道 その3 一条通りー2

3日間続く節分の間は、参拝客目当ての屋台がずらりと並びます。ヨーロッパのクリスマスマーケットに負けない。おそらく日本でも五本に指にはいるくらいの屋台マーケットと思います。規模もそうですが、そのお店の個性といいましょうか、色々皆さん考えて新種の商売を展開するところが面白くて、五本の指といいました。

it12.jpg

この女の子、もう完全にメルヘンの世界で、お姉さんと向き合っています。子供目線のお店がいっぱいあります。

it13.jpg

あめ細工はかわらぬ人気。外国の方はおもわず買ってしまいます。これはキャラクターあめ細工。あめ細工も進化しています。

it14_convert_20101222001937.jpg

金魚すくいのいろいろな変形の一つ。子供には楽しそうな世界。元祖の金魚すくいもあります。

it15.jpg

射的の人気復活で、射的のお店が3、4軒ありました。おとうさんも夢中。なんとか子供にいいところを見せようというところですか。

it16.jpg

ダーツもあります。

it17_convert_20101222002025.jpg

コリントゲームもきれいな板をつかっています。一時は、骨董品のような板でしたが、人気復活なのか。

it18.jpg

金平糖も進化しました。

キリなく、楽しそうなお店が続きます。

it19_convert_20101222002126.jpg

いちご大福屋さんも2軒。人気です。

it20.jpg

昔懐かし<給食の揚げパン>ときました。若い人に結構人気。

it21.jpg

たい焼きはやっぱり一番人気。そのバラエティーは拡大の一途をたどっています。

it22.jpg

プチ且つチョコレートとなると、単なる魚型お菓子ともいえる。

it23.jpg

ここは相当種類があります。つぶあん、カスタード、抹茶、チョコ、チョコカスタード、生クリーム等など。ディスプレイも結構。

it24.jpg

<肉巻きおにぎり>は初めて出会います。九州から広まったと言われています。

珍しい中国のお菓子、龍の髭とか、アユ焼きとか、アラブ系の方が頑張っているシシカバブ―も数件、むろん一般的、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、焼き鳥、じゃがバター、鳥唐揚げ、ハンバーグetc あるはあるは。

京都の道 その3 一条通りー1

南イタリアの写真も大半整理されたし、旅の話を書こうと思えば書けるのですが、やっぱりゆっくり書きたい。半分以上は、自分の思い出の為に書いているのだから。ゆっくり思い出しながら書きたい。

しばらくは、ディープに京都に入りこみましょう。

京都の道 その3 一条通りー1

三条,四条,五条通りに比べると一条通りは、ひっそりとした通りのような印象があります。確かに、一条通りの東は東一条といって、とくに目立った観光スポットがありません。東一条は御苑にぶつかって中断されます。御苑の西側からまた一条通りが始まりますが、細い道が続きます。この通りは昔のままの道幅ですという説明看板が立っています。このあたりは本来の御所があった所で、地下に、その跡が眠っている、ロマンあふれる場所なのですが、今は何もありません。さらに西に行くと一条通りは本来の姿を現して、光ったスポットが次々に出現するのです。皆さんは一条通りを、連続性をもって眺めたことは無いと思います。この試みはきっと面白いですよ。

it1.jpg

2010年2月3日
吉田神社
一条通りは吉田神社が東の起点です。いつも静かな吉田神社が、一年に一度だけ、一番寒い時節である2月3日のそれも真夜中に大混雑となるのです。考えてみると、相当変わった神社ということになります。
京都では節分に「四方参り」と云って北東の吉田神社、南西の壬生寺、南東の伏見稲荷大社、北西の北野天満宮の4か所へお参りする風習があったので、これらのお寺は今でも、お参りの人が多い。特に表鬼門の吉田神社、裏鬼門の壬生寺が人気。この2か所はいつも静かなところであるから、普段と節分の混雑の格差がダントツに大きい。
吉田神社の2月3日夜中11時は火炉祭(カロサイ)というイベントがあるのです。一年間、家に祭ってあった、お札とか、だるまとかを皆が神社に納め、写真のように大きな塊にして燃やすのです。

it2.jpg

きっちりと枠をつくって、納められた札を入れ物ごと、内部にどんどん放り込んでゆきます。上部には金網天井をつくって、火の粉の飛び散りを抑えています。周囲には消防の方が待機、ホースから水をかけて、過剰な炎上をおさえながら燃やします。かなりスリリングなイベントです。

it3.jpg

神主さんが祝詞を上げて、巫女さんが鈴を鳴らしながら一周して、いよいよ点火です。周りを取り囲む沢山の観客はかたずをのんで待ちます。

it4.jpg

it5.jpg

it6.jpg

さあ、始まりました。

it7.jpg

it8.jpg

後は、まあ、火事場の野次馬的楽しみといいましょうか。

it9.jpg

it10.jpg

it11.jpg
燃え始めてから10から15分もすれば、このイベントは終了。




京都の道 その2 東大路ー12

京都の道 その2 東大路ー12

hh147.jpg

道々陶器の店がいくつかあります。そういえばこのあたりに陶工の窯があった記憶があります。いずれのお店も日曜でお休みでした。なにか女性好みの焼き物が多い地区という印象を受けます。焼き物に興味をもつのは若い女性が数的には多いので、柔らかい作品が受けます。着物の柄と同じです。とすると女性の陶芸家の作品が多くお店を飾るようになるのでしょう。将来当方が自然から模様を起こす時があったら、ユーザーの好みを意識するのか、あくまで自分の感覚に従うのか、難しい問題です。買っていただかないと商売にならないわけで。

hh148_convert_20101218220047.jpg

当方は新しいデザインを否定するわけではないし、芸術は常に新しいものを求めてゆかねば芸術ではないと思っているのですが、なかなか、心を動かす新しい作品にはお目にかかりません。

hh149.jpg

東大路にでると、このあたり、七条通りより南の地区は、とってもレトロです。今熊野商店街と書いてあります。中心街からはずれて、変化が止まっているような。お腹がへったので、昼はおばんざいめし屋、夜は居酒屋という、当方のもっとも好みなところでお昼をたべました。好きなおばんざいを3点とって700円というお昼メニューです。サンマの焼いたの、竹の子の煮物、だし巻き卵をとりました。満足です。
 われわれはこのあと京都駅を経由して三千院の万灯会に向かったのです。


 東大路の最後のおまけに、五条、茶碗坂にある陶器の近藤悠三(ゆうぞう)記念館をご紹介して、東大路を終ります。近藤悠三記念館よりむしろ炎の陶工、河合寛次郎記念館の方が東大路に近いところにあるので、こちらの方がご紹介には適切とおもいますが、すでに京都の道シリーズ-1-花見小路で河合寛次郎記念館をたっぷり御紹介していますので、今回は近藤悠三記念館にしておきます。この記念館は訪れる人も多くない静かな記念館です。近藤悠三は人間国宝に選ばれています。清水の陶芸からいったら、当然記念館を作らねばならない人です。清水焼で評価された近代の最高峰の一人です。内部は勿論撮影禁止、たまたま売っていた三代展という本を買って、そこからコピーした写真をのせます。近藤悠三には全く基礎知識がなかったのですが、この本のおかげでいろいろなことがわかりました。まずびっくりしたのは、三代展とは親子三代にわたる陶芸家の作品を一堂に会した展覧会の本ということです。近藤悠三の息子の近藤濶(ひろし)、さらにその息子の近藤高弘(たかひろ)の三代の作品で、見て頂ければわかりますが、それぞれすぐれた陶芸家であることがわかります。技法はいずれも染付、すなわち原則、白地に青を筆で絵を描き、うわぐすりをかけて焼くという手法です。近藤悠三は途中から金や赤を多く使作品を手掛けるようになりました。もう一つ知ったことは、近藤悠三が濱田庄司、河合寛次郎を出発点として、富本憲吉に多くを学んだということです。自身いっているように自然から模様を起こすことを生涯追及した人でした。富本憲吉自体、ウイリアム・モリスの影響を受けて自然から模様を起こすことで、人間国宝となった方です。さて、前置きはこれくらいにして、作品を見ましょう。

hh150_convert_20101219195930.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

hh151_convert_20101219200153.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

晩年、富士山にいどんで、金色、赤を多く使うようになりました。金をつかうとなにか隠れていた富本憲吉の流れが解り易く露出してきたように思えてしまいます。

hh152_convert_20101219200220.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>
本来染付はこういう白青の世界です。筆のタッチを重要視していることは共感が持てます。


hh153_convert_20101219200255.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

hh154_convert_20101219200329.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>
さて、その息子さんの濶(ひろし)は全く率直な自然からの模様起しで、当方には大変共感するものがあります。陶器の商売を行いながらの創作活動というハンデを乗り越えて、現在大変評価されているそうです。

hh155_convert_20101219200401.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>

hh156_convert_20101219200439.jpg


当方にとっては、近藤修三が底辺で富本憲吉の影響を受けていたのに、濶になって、その影響が消えて、自然からの贈り物を純粋に表現しているように思えます。本には悠三の凝縮した模様から、濶は広がりをもった世界にはいっていったという表現がされています。

hh157.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>

hh158_convert_20101219200537.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>
とても、共感してしまいます。濶の作品がでていたので、高いのにこの本を買いました。おかげて、近藤三代の意味を理解することができました。

hh159.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>

三代目になると、原点であった自然からの模様起こしを忘れてしまったようです。祖父のいった<模様から模様は作らない>という考えから、模様から模様を作る世界に入ってしまったようです。若い方は高弘に共感するかもしれませんが。若い方の多くは自然を見つめることが少なくなって、作られた人間社会そのものが彼らにとっての自然となっているのでしょう。

hh160_convert_20101219200608.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>

hh161_convert_20101219200641.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>


人間国宝とは最高の芸術品を作る人という意味なのでしょうか、後世に残すべき高度な技を持った人という意味なのでしょうか。

最高の芸術品とは、作家が自我を超えた解脱の瞬間を持っていなければならないと思っています。当方は京文化に<生臭さ>というのをよく感じます。<生臭さ>即ち、<作品を見る観客の目の意識>、それをすっかり通り越して、何か作家が自身の持つ、純粋な世界、宇宙、自然、と融合する瞬間の作品に到達しなければならないと思うのです。違う言い方をすると、明日は死のうと思っているヒトに、いや、生きていることはいいことなのだと思わせる何者ものかを持っているかということです。お金持ちの道楽で、これは素晴らしいと言わしめる作品がいいか、明日は命を断とうとしているヒトに生きる勇気を与える作品がいいか。当方もぎりぎりのところで毎日をすごしております。この状態で見ると芸術品、民芸品の持つ真の姿が見えてきます。これはぎりぎりの中でこそ得られる贈り物でしょう。

hh162.jpg

hh163_convert_20101219200026.jpg








京都の道 その2 東大路ー11

京都の道 その2 東大路ー11

さて、次は泉涌寺に向かいます。東福寺から泉涌寺に続く道を東福寺の方に聞くと、丁寧に教えてくれました。しかし、歩いてゆくことをあまり勧めない様子でした。歩いてみて、なるほどと思う道でした。地図で見るとすぐのようですが、暑い日差しの中をなんの変哲もない車が通る坂道を20分ほどてくてく歩きます。さらに、問題なのは道案内がほとんどない。車道から突然、山道に向かって泉涌寺という立て札が立っていました。本当かいなと思っていると、上から下りてくる人達がいます。彼らは東福寺へ、我々は泉涌寺へ、互いに道がわかりました。この山道で泉涌寺の裏に出ました。
泉涌寺は由緒ある寺ですが、当方のこのむパターンが無いことは経験ずみで、申し訳ありませんが、いまのところそれほど興味ある寺ではありません。それならなんで苦労して訪ねたのかとお思いでしょう。実はJRの広告で、東福寺の次に泉涌寺が登場したのですが、その写真をみて、当方が持っていた長い間の疑問が解けたのです。

hh132_convert_20101218215719.jpg

今回撮った泉涌寺の入口からの風景です。このアングルから仏殿を撮った写真がJRの広告に載っていたのです。広告の写真はもう少し前から撮影して、空には満月が出ています。中秋の名月と泉涌寺ということですか。プロの写真家は一枚の写真の為に、多くの時間とエネルギーをかけているに違いありません。そうやすやすと満月がいい位置に、雲もなく撮影できるとは思えません。

hh133.jpg

この写真は、だいぶ以前に撮った、気に入っている写真で、当方は東福寺の本堂を撮ったとばかり信じていたのです。当方のブログの初期のころに書いた東福寺の紹介にこの写真を使っています。ところがその後、東福寺を訪れた時に、この写真のアングルで本堂をとれる場所がどうやっても見つからないのです。おかしい、おかしいとおもっていたら、JRの広告の写真を見て、やっとなぞがとけたのです。なんだ、東福寺と泉涌寺を間違えていたのだ。その確認のためだけに泉涌寺を訪れたのです。入場料をケチって、入口から写真をとって、中には入りませんでした。でもせっかく来たのだから、どこか見ようと、ふと見ると泉涌寺の別院、雲龍院という立て札が立っています。京都のお菓子の雲龍は父がすきで、よくお土産に買っていったものです。別にこのお寺とは関係ないと思いますが、見てみようとおもった理由にはなります。
このお寺は、気に入りました。苦労して歩いた山の中の、小さな、静かなお寺です。大きな、緊張感のある東福寺と対象的な、癒しのお寺です。

hh134_convert_20101218215908.jpg

優しさが感じられる入口です。

hh135.jpg

こまやかなセンスが感じられる脇道です。

hh136.jpg

静かなホッとするお庭です。抹茶をいただきながら、いつまでもボーっとしていられる場所です。

hh137.jpg

素朴な草花が、控え目に咲いています。

hh138.jpg

桔梗も控えめに咲いています。

hh139.jpg

モミジはポツポツと赤い葉を見せ始めています。

hh140_convert_20101218215938.jpg

ただ静かな空間は心地よく。なぜこうまでも心地さを与えることができるのでしょうか。

hh141.jpg

hh142.jpg

こんな山の中で、こんな静かな空間で若い女性が何人も一心に写経をしている風景は、予想もしなかったのですが、何の違和感もなく納得してしまいます。

hh143_convert_20101218220019.jpg

悟りの窓と迷いの窓が並んで存在しています。こちらは悟りの窓。

hh144.jpg

こちらは迷いの窓。

hh145.jpg

hh146.jpg

偶然おとずれた雲龍院ですが、何かよい見つけ物をしたような満足した気分でこのお寺を後にしました。きれいに整えられた、泉涌寺の参道を東大路まで戻ります。最初からこの参道を通って泉涌寺に行くべきでした。

京都の道 その2 東大路ー10

京都の道 その2 東大路ー10

hh118.jpg

通天橋。紅葉のシーズンにはこんな誰もいない通天橋の写真はとても撮れません。

hh119.jpg

ここも本堂の裾野にあることが感じられます。

hh120.jpg

少しずつ色付くモミジが美しさと恐怖の時期の到来を予感させます。恐怖、恐怖と書いてなんだか分からない方もいるでしょう、紅葉の季節は1日で何万の人がここの紅葉を見に集まるのです。今の静けさから考えると恐怖に思えるのです。


hh121.jpg

hh123.jpg

経堂(経蔵)とモミジ

hh124_convert_20101216225403.jpg

hh125_convert_20101216225435.jpg

通天橋を渡って開山堂への道が続きます。

hh126.jpg

開山堂は文政6年(126年前)に一条忠良により再建されたとあります。

hh127.jpg

開山堂の前の庭もモダンです。

さて、この時期はめずらしく三門が公開されていました。この三門は日本最古(約600年前に再建)最大の門で、国宝です。JRの広告に今年は東福寺が取り上げられています。通常は見られない三門からの光景が広告に使われているので、ちょっと気になります。広告の写真はどこから撮ったのですかと、記念品売り場のおばさんに聞くと、とてもうれしそうに、あそこの三門の上からこういう方向でとったのです。と教えてくれました

hh128.jpg

三門の楼上に上がって、広告の写真と同じように京都市内の方向を撮ってみました。当方は広告の写真というより、瓦屋根のおもしろいフォルムに引きつけられました。

hh129_convert_20101216225507.jpg

あいかわらず、本堂がオーラを放っています。
この階には如来像を中心に多くの仏像が安置されているすごい空間があるのです。これは撮影禁止で残念です。元は極彩色の空間であることを、薄れゆく彩色が想像させます。このような公開によって、彩色がさらに失われてゆくことを心配しながら、それでも公開していただけることに感謝しなければなりません。

hh130.jpg

<東福寺のHPよりコピー>

hh131_convert_20101216225547.jpg

東福寺の空間は様々な視点に感動を与えてくれるとても奥の深い空間なのです。

京都の道 その2 東大路ー9

京都の道 その2 東大路ー9



hh109.jpg

この瓦屋根のフォルムのモザイクがどれほどすごい空間を作り上げていることか。
この禅寺の持つ、とことんストイックな空気が魅力であると共に、ほっとすることが出来ない怖さを与えます。

hh110.jpg

東福寺の庭(方丈八相庭園)は近代の作(重森三玲氏作、昭和13年完成)ですが、近代作では随一の傑作ではないかと思います。方丈の四方に庭が配置されています。方丈自体、明治33年完成の近代建築だそうです。どこまでが旧建築の再現か、新たな設計かは当方には解りませんが、東福寺全体のデザインは近代のお寺の最高傑作ではないでしょうか。伝統の中に程よくモダンが挿入され、当方のパターン感覚をうまいぐあいに刺激してくれるのです。

ahh112.jpg
方丈南庭

hh113_convert_20101216225256.jpg

hh114_convert_20101216225330.jpg

hh115.jpg

結局、このお庭も本堂の持つ空間の一部であることが感じられます。みなさん富士山のまわりをドライブしたことがありますか。いけども、いけども、ふと振り返ると富士山がある。富士山が遠くに小さくなってもやはり富士山の裾野にいるという感じをぬぐうことができない。東京ですら、晴れた空に富士山がみえると、その裾野にいると思えるのです。本堂は東福寺の富士山にあたるのです。

hh116.jpg
方丈東庭

hh117.jpg
方丈北庭

近代の作だけあってモダンなフォルムが随所にちりばめられています。とてもうまく、伝統とモダンを融合させています。本堂の裾野にある、伝統とモダンが融合する空間。それを自然に受け入れている東福寺の僧と禅。東福寺は並みの空間ではありません。


京都の道 その2 東大路ー8

京都の道 その2 東大路ー8

2009年 8月15日(土曜日)
東大路の南のエンドは八条通りへ直角に曲がります。その角の山際に東福寺と泉涌寺があります。
東福寺に続く道の入口にある家に咲いていた花が人目を引きます。




hh98.jpg

女性好みの陶器を売っている<とうあん>にすぐ出あいます。このときは時間が早くてまだ空いていませんでした。展示品をご紹介できなくて残念。

hh99.jpg

東福寺への道はなぜか大きく、くの字に曲がります。

hh100.jpg

この一帯に、東福寺関連の25の小院が点在し、東福寺は広大な地域を占めています。

hh101.jpg

東福寺の入口の臥雲橋は、このお寺が作る特別な空間のプレリュードです。

hh102.jpg

臥雲橋からみる、通天橋。ここが紅葉すると、美しくかつ恐ろしい空間に変化するのです。昨年の秋のブログをご覧ください。洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷がありその上に2つの橋がかかっているのです。その周囲の庭にはモミジや緑が美しく配置され、秋には京都紅葉の名所となるのです。

東福寺を一言で言うと、この本堂(仏殿)につきると思うのです。直観的に感じる本堂のオーラから古い建物かとおもっていましたが、驚いたことにこの本堂は昭和9年に再建されたものだそうです。近代木造建築の粋を集めた建物という気がします。

hh103.jpg

この力強いフォルムが東福寺全体を支配しています。

hh104.jpg

今日は、東福寺の本堂とその魅力の一つである瓦屋根のフォルムにフォーカスして撮影しました。

hh105.jpg

hh106.jpg

ダイナミックな瓦屋根の織りなすパターンは何気なく通り過ぎたとしても、みなさんの脳裏に浸透してゆくのです。

hh107.jpg

京都の道 その2  東大路ー7

京都の道 その2 東大路ー7


青蓮院から少し歩くと、有名な知恩院です。よく年末の除夜の鐘にここの大鐘楼がでてきます。

hh86.jpg

この知恩院の国宝、三門は文句なく立派です。時々、この上段の回廊を一般公開します。是非、上ってみてください。京都市が一望できて、爽快です。昔も今も変わらず京都を見下ろしていると思うと考え無量です。さらに、門上段の部屋にある仏像群を見たいのですが、一般公開することはありません。残念です。

hh87.jpg

この大きな三門をくぐってから石段を登る、この行動が当方にはこの寺の最も魅力あるポイントです。

hh88_convert_20101214220021.jpg

その前に、三門の柱の木目パターンを記録します。この古き木材の織りなす、パターンは何度も記録しています。冬の智恩院ライトアップのときもこのパターンを記録しました。

hh89_convert_20101214220100.jpg

hh90_convert_20101214220133.jpg

そのままでも、このようにデフォルメしても、この木がここに立つ前の100年の年輪と、立ってからの100年の年輪が、木の持つ神々しいエネルギーを静かに語りかけています。

hh91_convert_20101214220203.jpg

hh92.jpg

hh93_convert_20101214220240.jpg

hh94_convert_20101214220309.jpg

さあ、石段を上がりましょう。結構きついですよ。

hh95_convert_20101214220342.jpg

石段の下からは何も見えない、この壮大な風景が、階段を登り終えると同時に目の前にどっと展開される、この驚きが、知恩院の最も魅力的な情景です。決して上のお堂に直接バスで訪ねてはいけません。どうしても三門をくぐって、石段を上って、本堂にお参りしなければいけません。

hh96.jpg

京都の道 その2 東大路ー6

京都の道 その2 東大路ー6

hh76.jpg

この苔の空間は何の作為もない四角い空間ですが、<解脱の世界>がそこはかとなく表現されています。

hh77.jpg

本当に能舞台なのでしょうか、ここで能が演じられるのでしょうか。薪能が演じられたら、それはこの世とは思えない空間を作り上げるでしょう。

hh78.jpg

入口にある2本の大きな楠の木は、このお寺が並々ならぬ、解脱したお寺であることを物語っています。

hh79.jpg

hh80.jpg

ほんの少し、青蓮院の春を御紹介しましょう(2010-4-10)。

hh81.jpg

hh82.jpg

hh83.jpg

さて時をもどしましょう。

hh84.jpg

青蓮院の斜め向かいにある、古美術品、民芸品、焼き物のお店、<かくれんぼ>です。ここのおかみさんといろいろお話をしました。非売品と書いてある、古そうな陶器が魅力的で、ひびが入っているので、当方にも買える値段かも知れないと、売ってくださいとお願いしましたが、どうしてもこれはだめですと断られました。割れた陶器はいっぱいありますから、ただで持って行ってくださいといいます。五条坂では割れた陶器を1000円くらいで売っていますよといったら、割れたものを売るのは、意に反するといいます。それでは何か買ってついでに割れた陶器をいただきましょうといって、1000円のぐい飲み(本当は茶器)を買いました。これは、本当は500円位の価値しかありませんが、500円儲けさせてくださいといいます。正直なおかみさんです。たしかに物は古いが、よくある、昔の普及品です。結局1000円で、ぐい飲み一つと割れた鉢と小皿を一個ずついただきました。かなり雑にボンドで貼ってあるので、見た目はすこぶる悪いですが、また骨とう品のコレクションがふえました。損したのか、得したのか、わずか1000円の話で、細かくてすみません。でも、<かくれんぼ>のおかみさんがどんな方かわかって、きっとまたここを訪ねるに違いないと確信しました。

hh85.jpg

<全部で1000円のお買いもの>


京都の道 その2 東大路ー5

京都の道 その2 東大路ー5

2009年 7月20日(日曜日)
青蓮院です。我が家から最も近いお寺であるのに行ったことがありませんでした。当方の同級生が時々外人を案内して青蓮院に行くといっていましたが、本当に、外人を連れて行くにぴったりのところでした。とくに目玉というものは無いのですが、典型的お寺の風景というか、お寺の意味をきちんと率直に、わかりやすく見せています。



緑の季節もいいですが、紅葉の季節もいいと思います。このお寺は知的な調和を感じます。

hh67.jpg

hh68.jpg

特に、迫るものは無いお庭ですが、それがいつまで居てもいいような、静かな、あるがままの自然、仏の母体の中のような。 

hh69_convert_20101212213918.jpg

この、人が作ったパターンの織りなす自然。ただの自然よりもっと自然なのです。

hh70.jpg

心憎い、作為のない作為。自然を使って自然を超える。


hh71_convert_20101212213953.jpg

緑の織りなす、この何気ないアングルもきっと計算されているに違いない。

hh72_convert_20101212214025.jpg

ほら、この石灯籠の存在が、驚くべき世界を作っています。しかも何気なく。

hh73.jpg

綺麗な瓦です。全てが調和しています。

hh74.jpg

能舞台が見えます。なんと知的な空間でしょうか。しかし、知的と思わせない。どこまでもあたりまえのように。もともとそうであるべきように。

hh75.jpg

この瓦のおりなすパターンもどうということも無いにも関わらず、記録してしまうのは何故でしょう。その存在が美しいとおもえるのです。
プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

最新記事
リンク
このブログをリンクに追加する
最新コメント
訪問ありがとうございます。
過去の記事(カテゴリ別)
過去の記事(月別)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ただいまの時刻は??
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
最新トラックバック