新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その1

新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その1

10月11日
朝は早く起きて、大阪から丹波焼を見にゆきました。

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本当は、丹波焼と同時に破損仏がある謎のお寺、達身寺に行きたかったのです。

<丹波の正倉院と呼ばれる達身寺は、丹波地域でもっとも古いお寺の一つであるといわれており、奈良時代に行基によって開かれ、背後の十九山に大伽藍が広がり、多くの僧兵を抱えたが、明智光秀の丹波攻めで焼き討ちにあったと伝えられています。達身寺には一寺に一躯奉ればよいと言われている兜跋毘沙門天が十六躯もあり、宝物殿には国指定の重要文化財の仏像12躯と県指定の仏像11躯他が安置され、当時奈良や京都で腕をふるった仏師快慶を初めとする多くの仏師達の養成所であったと考えられています>
ネットに説明を読めば、行きたくなりますよね。さらにネットから


京都福知山市宮垣(みやがい)の威徳寺観音堂の破損仏(<like lady Godiva,晴れた日は破損仏を見に>より)

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<木けずらん会関係者のイベントブログから>

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<謎を秘めた仏たち 川尻祐治氏ブログより>

山深い丹波のさらに奥まった地に、平安時代の初期から山岳修験の場として栄え、やがて消えていった達身寺と威徳寺。百体を越す破損仏や未完の仏像を収蔵する二寺の存在を知った---- 破損仏が兵庫県氷上郡氷上町清住の達身寺に二百体以上、京都府福知山市宮垣の威徳寺に百体以上収蔵されている。<陶工 角岡秀行氏、丹波のころ 達身寺より抜粋>

丹波焼は大阪から福知山線、快速で相野駅まで約1時間、そこからバスで15分。
達身寺はさらに一時間、石生駅でおりて、ここからが問題、タクシーで20~30分、バスで行っても結局4km歩く。威徳寺は福知山駅までさらに20分。

調べても、丹波のあたりは情報が少なくて、よくわからない。達身寺に電話して色々聞きました。仏像の写真は撮影できますか? <以前は撮影出来ましたが、現在は撮影禁止です。カメラマンのマナーが悪くて禁止としました。> こう言われると、どうしようもない、ほんとに最近のカメラマンのマナーの悪さはひどいものだ。
この前の高麗神社の獅子舞もカメラマン同士で喧嘩になって、大変だった。みんなで一定の距離をおいて円陣を組んで撮影していると、一人、前に出て撮影し始める。 <おい、常識を知らないのか>と誰かが怒鳴ると、<ここは撮影会でない、観光で撮っているのだから文句あるか>という。わけわからん理屈を並べて、このおじさんいっこうにやめようとしない。 ちゃんとした身なりの、引退部長風のおじさんである。どなり合いになって、獅子舞関係者が、こまるからどいてくれといって、そのおじさんは排除されて幕となった。 みんな前に行きたいのだが、そうしたら、大変な騒動になって、獅子舞がメチャクチャになるのは目に見えている。 円陣を組むのが常識でしょ。観光だから関係ないとは、この人、自分だけよければいいのだという考えで、サラリーマン生活を勝ち抜いてきたのでしょうか? それとも、最後にそのためにコケタのでしょうか?  こんなのはいい方で、はっきりいって最近のカメラマンのマナーはめちゃくちゃだ。以前、京都,深草の石峰寺さんがいうには、伊藤若冲の石仏の写真を撮るのに、暗いといって、勝手に竹林の落ち葉を集めて焚火を始めたカメラマンがいたそうだ(違ったかな、いっぱい蝋燭を並べた、だったかな? わすれた)。 山火事ものである。  おかげで、どこもかしこも撮影禁止。 プラハのオペラハウスはよかったですよ。 写真を撮りたい人は、別料金を払って、腕章を巻いて、ガイドと一緒に撮影するのです。カメラマンはめちゃくちゃだけど、だからといって、何でも禁止するのはバカでしょ。問題が起きないような仕組みを作って、それでさらに稼ぐという賢さが必要です。それでみんな幸せになります。 日本はなんで<みんな幸せになりましょう>という感覚がないのでしょうか。 具合が悪ければ何でも禁止。 法律もなにか問題が起きそうだと<規制>をつくるばかり。昨日の山荘美術館も同じ(当方もしつこいね)。 <規制>をつくるしか脳がないのは、ただ何も考えない、何も生み出さないバカです。

達身寺は行かなくてよかったです。丹波焼だけでも全然時間が足りなくて、とても2か所に行くことは無理でした。破損仏はもう一度、しっかり計画を立てて挑戦しましょう。なんで、破損仏なぞ興味を待つのかというご質問には、なんとも。  完ぺきなものより、そこには作っている人の心が見えるとでもいいましょうか、その不完全さの延長に、無限の想像が、創造が見えるとてでもいいましょうか。
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新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その2

新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その2

昨日は富士フィルムX-E1用、KマウントからXマウントのKIPONアダプターとレリーズを買ってきました。これで、富士フィルムX-E1に対するツアイスズームとツアイス単焦点の相性の比較。 同じく富士フィルムX-E1に対するツアイスとペンタックスレンズの相性比較が出来きます。 富士フィルムX-E1、リコーGXR+マウントA12、ペンタックスK5のいずれにも全く同じレンズが付けられますから、3つの異なるメーカーのカメラを同じレンズで比較するというトライができます。優劣つけたって、当方にはちっとも嬉しくないのです。3者ともいい絵を生み出してほしい。 今度の土曜か日曜のトライになるでしょう。 
とっても怖いです。 それまで、丹波焼の話に戻りましょう。

丹波焼は大阪から福知山線、快速で相野駅まで約1時間、そこからバスで15分。兵庫陶芸美術館でおりました。ここにしかコインロッカーがないのだからしょうがない。

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兵庫陶芸美術館の近くに丹波立杭陶磁器協同組合さんが経営している、立抗、陶の里(タチク、スエノサト)という大きな施設があります。 窯元横町には、組合メンバーの小さい出店がぎっしりと並んでいます。  組合メンバーの本家窯元さんは少なくとも29軒、上記の図のように点在しています。 いずれも歩ける範囲に散らばっています。
こうやって、まとめて書くからわかるので、ネットをみても、窯元の図、陶の里、兵庫陶芸美術館はバラバラに載っていて、どういう関係か、どれくらいの距離関係か、何が面白いのか、さっぱりわかりませんでした。 案内の本もほとんどありません。

  兵庫陶芸美術館に着いたのですから、まずは中に入ってみましょう。 丹波焼の全貌がわかるかもしれません。 

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リコーGXR+マウントA12+ ペンタックスDA 18-135mm 以下同様

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ところが、またやられました。中国陶磁名品展という展示会と、島根県在住、現代作家、三原研の展示会で99%。丹波焼蔵品は数点、ちょこっとあっただけでした。中国陶磁名品展はなんと、東京富士美術館(八王子)の蔵品の展示でした。当方が入場して、少したって、アナウスがあり、<入場者が1万人を突破しました。1万人目の方に記念品を渡すので、一緒にお祝いしてください>。 なんで東京から丹波の山の中まで、東京の所蔵品を見に来なければならないのか? 人気の展示会のようですし、東京の富士美術館を知らなかったのですから、ここでその所蔵品をみるのも何かの巡り合わせかもしれませんが、複雑な気持ちです。 ここも撮影禁止、スケッチOK、シャープペンシルOK、ボールペン×。 何にも載せないわけにはいかないので、兵庫陶芸美術館のHPから写真を拝借。 この大元は東京富士美術館の所蔵品目録の写真と思われます。
知らなかったけれど、HPで見ると東京富士美術館はすごいところですね。HPに所蔵品の写真と説明がみんな載っています。 こうしなくちゃうそでしょ。 撮影禁止ばかりいってないで、ここみたいにきちんと情報を載せてこそ、展示の意味があるのですよ。山荘美術館も、兵庫陶芸美術館も、瀬戸市美術館も見習いなさい(そうとうしつこいね当方も)。

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三彩貼花宝相華文水注  唐(7~8世紀)

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白地鉄絵牡丹文梅瓶  金~元(12~13世紀)

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黒釉堆線文瓶  金(12~13世紀)

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青花魚藻文酒会壺  元(14世紀)

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五彩魚藻文面盆  明(14~17世紀)

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五彩蓮池文方瓶  清(17~20世紀)

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緑釉樓閣  後漢(1~3世紀)

HPの説明ものせておきましょう。<世界四大文明の一つ、黄河文明の発祥の地である中国では、約1万年前に「やきもの」が誕生し、優れた造形美と高い技術によって、世界の陶磁器をリードしてきました。
 新石器時代の彩陶や灰陶などに始まり、紀元前15世紀頃の商時代にはいち早く灰釉陶器が生み出されました。その後、前漢時代(紀元前3~紀元後1世紀)には鉛釉陶器が盛んに作られ、後漢時代(1~3世紀)には青磁が誕生しました。唐時代(7~10世紀)になると東西交易が盛んになり、唐三彩のような国際性豊かなスタイルが生み出されました。
 宋時代(10~13世紀)になると、青磁・白磁は完成度を増し、北部の金では掻き落としや上絵付による器面装飾が始まりました。元時代(13~14世紀)には青花磁器が生み出され、明時代(14~17世紀)には色鮮やかな五彩磁器が花開きました。さらに清時代(17~20世紀)には、より鮮やかな色彩の粉彩磁器が開発されました。
 本展覧会では、日中国交正常化40周年を記念し、日本有数の中国陶磁コレクションである東京富士美術館所蔵品から125点を厳選し、中国陶磁の悠久の歴史を紹介します。>


兵庫陶芸美術館は10時開場ですから、12時まで見ていたことになります。スケッチしながら見ていたのですから。我ながら熱心なものだ。余裕があったら、この展示会に関して後でまた議論しましょう。  

案内の方に、丹波焼の展示はないのですかと聞くと、<今回は少ししか展示していません。美術館の周囲に色々展示されていると思います。> この情報ではまったくこころもとない。 どこにいったら丹波焼の全体像がわかるのか? またもや途方に暮れる。とにかく 5~10分ほど歩いて、場所的には隣り合わせの陶の里に向かいます。






新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その3

新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その3

陶の里(スエノサト)、窯元横町で買い物してから昼ごはんとおもって、横町に入ると30件近くならんでいるので、どれを買ったらいいか、うろうろ迷いまくる。1.5時間くらい迷ったあげくに幾つか買いました。 

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リコーGXR+マウントA12+ペンタックス18-135mm 以下同様

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左の棚にある、梅干し入れみたいな壺は典型的丹波焼の縮小版みたいで買いたかったが、結局他の物を買ってしまった。

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ここで二つも購入。 後でお見せします。 棚の右下の湯飲みと梅干し入れ壺。

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やっと昼飯にありついたのは2時。 釜めしを食べる。

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陶の里、施設の上の方に、伝統工芸士作品展示室があり、続いて、伝産会館があって、丹波焼の全貌が展示してありました。 在るじゃないちゃんと。兵庫陶芸美術館ではちっとも教えてくれなかった。伝統工芸士作品展示室は撮影禁止と書いてなかった(のはずですが、違ったらすみません)ので、撮影。 伝産会館は撮影禁止、模写禁止。 とうとう出てきましたよ、<模写禁止>というのが。ここには丹波焼の歴史とそれを示す、伝統的作品がならんでいました 。なんで模写禁止なのかわからない。

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緑釉葡萄大皿 伝統剛芸士 市野 勝

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左から:窯変甘口徳利 伝統工芸士 市野信行 
水差 伝統工芸士 清水俊彦 
窯変ラッキョウ  伝統工芸士 今西公忠

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こういうのが、典型的丹波焼と理解しています。

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これも丹波焼特有の傘徳利

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上彩釉 六角壺 伝統工芸士 清水俊彦 

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自然釉 花瓶

ネットからの丹波焼の説明を載せておきます。<丹波立杭焼(たんばたちくいやき)は兵庫県篠山市今田町付近で焼かれる陶器、炻器。主に生活雑器を焼いてきた。丹波焼、または立杭焼ともいう。起源は平安時代にまで遡るといわれ、信楽焼、備前焼、瀬戸焼、常滑焼、越前焼と並び六古窯の一つに数えられる。
平安時代末期から鎌倉時代が発祥といわれ、登り窯により最高温度約1300度で50~70時間も焼かれるため器の上に降りかかった松の薪の灰が、釉薬と化合して窯変、「灰被り」と呼ばれる独特な模様と色が現出し、また炎の当たり方によって一品ずつ異なった表情を生み出すのが丹波立杭焼の最大の特徴である。ただし、高級品は登り窯によって作られるが、廉価の多くの陶器はたいていはガス窯で焼かれたものであり、見た目も品質も全く別物である。中世には轆轤を用いない紐作りという手法で形を整え、窖窯と呼ばれる独特の窯で釉薬を用いず、焼き締めて作られた。初期には壺や甕、すり鉢などを主に作っていた。江戸時代に入ると登り窯が用いられるようになり、大量生産品としてのすり鉢が堅牢であったため、17世紀には、中部、関東以北に急速に普及し、堺産のすり鉢が18世紀中盤以降に普及するまでは東日本で瀬戸と二分するシェアを誇った。一方で、小堀政一(遠州)等の影響により、茶碗、茶入、水指といった茶器の分野においても数多くの銘器を生み、京都や美濃焼に影響され、釉薬を用いた陶器が誕生した。江戸時代後期には篠山藩の保護育成などもあり、直作、一房、花遊、一此、市作など世に名を轟かせる陶芸家を輩出した。窖窯時代には小野原焼と呼ばれていたが、登り窯時代に至って、現在の呼び名である丹波焼あるいは立杭焼の呼称が確立し、1978年(昭和53年)には丹波立杭焼の名称で国の伝統的工芸品指定を受けた。現在、今田町上立杭、下立杭、釜屋地区の窯元は約60軒あり、今田以外にも丹波立杭焼を名乗る窯元が多数ある。>

もう、3時だ、4時半には陶芸美術館で荷物を回収して、バスに乗らなくてはならない。大変だ窯元をたずねる時間が無い。あきらめようとも思ったが、一軒だけでもいいから窯元をのぞこうと、陶の里を出て、窯元地帯に向かいます。

新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その4 (最終回)

新幹線途中下車の旅  ~丹波焼~  その4 (最終回)

富士フィルムX-E1の話は終わりにして、丹波焼の旅に戻りましょう。前回、陶の里を出て、窯元地帯に向かったところで、富士フィルムX-E1の話になってしまいました。 今日の写真は全て、リコーGXR+マウントA12 +ペンタックスDA 18-135mm、旅の友スタイルです。

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陶の里を出ですぐのところに、丹波焼地域にしては立派なお店があります。千代市陶房  <清水千代市氏>の作品のお店のようです。ここのご主人と色々お話をしました。 窯元横町よりいいものがいっぱい置いてありますね。そりゃそうです、あちらは観光客用ですから。 こちらはほとんどおなじみさんがおとずれて買ってゆきます。窯元横町で気に入った窯元さんを見つけてから、そこの本家を訪ねるようにすると効率的ですよ。 値段というのは作品に見合ったように付けているので、高いというのは間違いです。いいものは、生活を豊かにしますよ。 ((わかっていますよ、そんなこと。高くてもいいものを買えとおしゃっているのでしょう。いま自分で作っているのだから、いいものは自分で作ります。))

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道端のディスプレイ

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兵庫陶芸美術館や陶の里の前には四斗谷川という川が流れており、まったくの田園風景です。

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道々のお店のウインドウには、有名な方の作品でしょうか、魅力的丹波焼が飾ってあります。

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窯元が点々とある<窯元路地歩き>なるものを歩きます。

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右手の小道のわきに<窯元路地歩き>の立て札が立っています。こんな路地なのです。

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点々と窯元はあれども、なかなか人に出会いません。


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このお店は、窯元横町で2つも買った窯元さんだ。また出くわして、さらに一つ買ってしまいました。 どうやら相当気が合う窯元さんだ。それが、すみません名前が定かでありません。

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外には丹波焼らしいカメが置いてあります。 誰でも丹波焼を名乗れるのではなく、ある水準を満たさないと名乗らせてもらえないと陶芸教室の先生がおしゃっていました。

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若い作家さんが、一心に作品を作っていました。なにか丹波焼はいいですね。 若い作家さんが、オリジナリティーを求めながら、それでも丹波焼の伝統をどこかに入れ込みながら、日常品の中にも心をこめています。 もともと丹波焼は、普段使いの焼き物で、変にプライドが高い所が無く、素朴にいいものを求めている焼き物と理解しています。<瀬戸>は大量生産で世界を制覇して、しかし、中国、韓国にとって代わられると、今度は何をしたらいいかわからずに、方向転換が出来ない窯元がぞろぞろある。丹波焼はそういうこともなく、若い作家さんが次の世代を受け継いで、それぞれ、自分の道を探しながら、素朴に、一心に焼き物を追いかけている。30件以上もある窯元さんがどうやって食べているのか解りませんが、(陶芸教室の先生は、全国規模で注文があるのでしょうとおしゃっていました)このまま、素朴に存続、発展していってほしいと思いました。

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それぞれの窯元の玄関にはこのような丹波焼の代表みたいなカメが置いてあって、とてもいい。

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もう時間がありません。 兵庫陶芸美術館に戻らなくては。ほんのちょっとしか窯元を見られなくて残念。時間の配分を間違えました。

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ほんとに、田んぼ道です。丹波焼がなければ、農業一色の地域になっていたでしょう。

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山は夕暮れです。

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兵庫陶芸美術館の前から16時30分の最終バスにのって、相野駅に戻り、大阪、新大阪を経由して、東京に帰ったのです。今度、破損仏探検に来る機会があったら、窯元さん中心に回ってみましょう。

以下、丹波焼で買った焼き物。

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梅干し入れに使っています。

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ここまで3つは同じ作家さんです。 湯飲みは1000円、 梅干し入れは1500円だったか2000円だったかわすれました。

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これは何の変哲もないぐい飲みのつもりで買った器。 500円だったか700円だったかわすれました。

以上で丹波焼の旅はおしまい。
プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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