韓国、クラフトな旅 その1

韓国、クラフトな旅 その1

当方の通っている白金陶芸教室の企画する<韓国陶芸の旅>に出かけました。 白金陶芸教室は出来てからまだ2年半しか経っていませんが、海外の方、建築家、デザイナー、もろもろのアーティスティックな職業の方も含めてバラエティーに富んだ方が集まってきています。口コミでここのうわさが広がって、体験陶芸に訪れて、入会する方もいっぱいいらっしゃいます。先生は、角谷(カドヤ)先生とサブーリ先生(イラン生まれ)のお二人で、芸大仕込みの幅広い技術と高度な芸術性を持っていらっしゃいます。ここの特徴は、まず第一に、多様な生徒さんの要望やセンスに合わせてその方向をサポートしてもらえることです。 生徒さんが自由な発想で進みたければ、そのように、きちんと手本通りに一歩一歩進みたければそのように、そのキャパシティーの広さと、自由の尊重にあります。それが出来るのは、お二人の先生の高度な幅広い技術とセンスによるものです。第二に、色々なイベントが企画されて、パーティーだのお花見だの、今度のような旅行だのが2、3カ月に一回くらい行われます。集まってくる方も、相当、個性豊かで、なにやらそれなりの一物をもつ、色濃い方々に見受けられます。 さて、陶芸教室の話は、また後でぼちぼちすることにして、旅の話にいたしましょう。 今回は、先生方の陶芸仲間である韓国の方(キムさん夫婦)が韓国の陶芸を中心に旅の企画と案内をしていただきました。 普通のツアーにはないちょっとディープな旅です。とはいっても韓国は初めての方もいらっしゃいますから、定番コースも織り交ぜてあり、キムさんの苦心の企画でした。

今回のカメラは、ペンタックスK5、ペンタックス18-135mmズームレンズというシンプル旅仕様。サブとしてリコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mmlimitedまたはフォクトレンダー35mm カラースコパーIIの二台です。写真に表記のない場合はペンタックスK5、ペンタックス18-135mmです。
  最初はソウル定番コース、昌徳宮(チャンドックン)からスタートです。その前に朝食。食事が地元の方でないとわからないコストパフォーマンスのよいお店であるところが、この旅のミソです。 今回のベースホテル、HOTEL LAKEの隣にある、ソルロンタンのお店。

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HOTEL LAKE

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HOTELの目の前にLAKEがあって、ミニ・ディズニーランドみたいなものがあります。

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ソルロンタン専門店

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真ん中のお二人がキムさん夫婦。こちらでは何でもハサミで切ります。出だしは、皆さんすごい勢いでキムチを食べますが、日に日にその消費量が落ちてゆくところが面白い。 初日に辛い物をワーッと食べると、当方もそうでしたが、人によってはお腹の調子が狂いますから、くれぐれも最初から飛ばさないように。

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ソルロンタン(牛の骨、肉、舌、内臓を大きな鍋で10時間以上煮立てて出来がったスープにスライスした肉や筋をいれて、ここでは薬味として刻みネギを好みによって、通常は多量にいれる。塩を好みの量入れて、白飯とともに食す。 大根のキムチ(カクトウギ)が付け合わせとしてばっちりである。スープに白飯や麺を入れて食べてもいい。肉多めの注文だったので、朝から食べきれないほどの肉の量でした。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

大量の刻みネギをいれたところ。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

角谷先生とカクトウギ、刻みネギ

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

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通常メニューで5~6百円です。

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8時ころになると人がいっぱい集まってきます。

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ここから、すでに韓国のパターンの収集です。

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これがスープをとる大なべ。

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大なべは外から見えるようになっています。

昌徳宮(チャンドックン)では、徹底的に韓国パターンの収集です。 ここのパターンが韓国民芸品の根底にあるだろうと予測するからです。 観光旅行的説明写真を意図していないので、それは期待しないでください。

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この地図の通りにガイドに連れられて歩きました。結構な距離がありますよ。活動量計は1万歩を記録しています、すなわち4kmはくだらないということです。
1、敦化門(トンファムン)
2.錦川橋(クムチョンギョ)
3.仁政門(インジョンムン)と仁政殿(インジョンジョン)
4.宣政殿(ソンジョンジョン)
5.御車庫(オチャゴ)
6.熙政堂(ヒジョンダン)
7.大造殿(デジョジョン)
8.楽善斎(ナクソンジェ)
9.誠正閣(ソンジョンカク)または内医院(ネウィウォン)
10.芙蓉池(プヨンジ)と芙蓉亭(プヨンジョン)
11.宙合楼(チュハンヌ)
12.英花堂(ヨンファダン)
13.不老門(プルロムン)
14.寄倣軒(キオホン)と倚斗ハム(ウィドゥハム)
15.愛蓮池(エリョンジ)と愛蓮亭(エリョンジョン)
16.演慶堂(ヨンギョンダン)と善香齋(ソンヒャンジェ)
17.尊徳亭(ソンドクジョン)と貶愚謝(ピョムウサ)
18.玉流川(オンニュチョン)

Wikipediaの説明を書いておきます。 1400年は室町時代で、これから戦国時代が始まるという時期です。 豊臣秀吉がこの城の消失に、さらに李氏王朝の滅亡に日本が直接関与していることは目をそむけることが出来ない事実です。 この短い説明はとても奥深い意味があるのです。 今回の旅の根底に流れている意味がこの最初に訪れた宮殿にあります。  <1405年に正宮である景福宮に対する離宮として創建された。李氏朝鮮第9代成宗が正宮として使用している。文禄の役(1592年)では、日本の軍勢が首都に迫る中、国王の宣祖一行が漢城から逃亡すると、治安が乱れて豊臣秀吉軍の入城を前に朝鮮の民衆によって略奪と放火の対象となり景福宮や昌慶宮、付属する庭園(秘苑)などと共に焼失した。王朝末期の1868年に景福宮が再建されると、昌徳宮は再び離宮として使用された。1907年に純宗が大韓帝国の皇帝に即位すると宮殿として使用され、1910年の日韓併合後も李王となった純宗の住まいとなった。その後朝鮮総督府により改築されている。昌徳宮の建造物群は、1997年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。現在の韓国国内の宮殿の内、最も創建時の面影を残している宮殿であり、日本の梨本宮家から嫁ぎ、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子(まさこ)もこの宮殿で暮らした。正門にあたる敦化門は大韓民国最古の門といわれる。また、敦化門をくぐった先にある錦川橋は大韓民国最古の橋とされる。儀式の執り行われた正殿の仁政殿、国王が執務をしていた宣政殿、王と王妃の寝殿だった大造殿など13棟の木造建築が現存している。宮殿の北に広がる李朝時代の王朝庭園である後苑は秘苑とも呼ばれ、園内には多くのあずまやや人工池などがあり、韓国造園技術の極致といわれる。現在のものは1623年に再建された景観である。> 

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited 敦化門(トンファムン)

昌徳宮入口の大きな門。太宗12年(1412年)、昌徳宮の正門として創建され、その翌年、太宗(テジョン)の高徳を刻んだ15,000斥の銅鐘をかけたところです。この門はソウルに残っている木造の二層門としては最古のもの。
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韓国、クラフトな旅 その2

韓国、クラフトな旅 その2

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敦化門(トンファムン)

昌徳宮(チャンドックン)の入口です。

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敦化門(トンファムン)

屋根に西遊記の登場人物が並んでいると書いてあります。中国の屋根にも似たような飾りがありますが、特に西遊記と関係があるとは聞いたことがありません。何種類もの神獣がお守りとして飾られていると記憶しています。古い建物を壊したときに出てくるこのこの置物が道端で売られていたので、とても安い値段で買って、家まで持って帰りました。北京の空港で、これはいくらするのだとか税関にからまれて苦労してもってかえったのですが、子供たちに嫌われて玄関の片隅にころがっています。

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錦川橋(クムチョンギョ)

約600年前に造られた橋。

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仁政殿(インジョンジョン)

昌徳宮の正殿。こちらで王の即位式、臣下の朝礼式、韓国使臣の接見など、国の重要行事が行われました。朝鮮末期の建築様式。

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仁政門(インジョンムン)

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited
仁政殿(インジョンジョン)


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仁政殿(インジョンジョン)

写真の説明に気を取られないように。あくまで韓国パターンの収集ですので、そのように見てください。

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仁政殿(インジョンジョン)

キムさんとサブーリ先生。互いに話す言葉は日本語。インターナショナルですね。

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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仁政殿(インジョンジョン)

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited
仁政殿(インジョンジョン)

リコーの色調が違うのは、CTEモードで撮っているからです。Color temperature expansion 記憶色の強調モードです。

韓国。クラフトな旅 その3

韓国。クラフトな旅 その3

昌徳宮(チャンドックン)の正殿、仁政殿(インジョンジョン)を後にして宣政殿(ソンジョンジョン)に向かいます。

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宣政殿( ジョンジョン)一帯

王が臣下と国政を議論する場所として使っていた所で、現在韓国に残っている唯一の青い瓦の宮殿。瓦の屋根の端に見える小さな石像はお宮を守る守護神として置かれた物で、西遊記の登場人物が並んでいます。

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宣政殿( ジョンジョン)一帯

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宣政殿( ジョンジョン)一帯

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宣政殿( ジョンジョン)一帯

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宣政殿( ジョンジョン)一帯

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大造殿(デジョジョン)

こちらは王と王妃の寝殿であり、王とその家族が生活していた中宮殿でもあります。この建物の特徴は屋根に棟瓦がないこと。韓国ではこの瓦を「龍棟」と呼び、国王は龍に例えられたので、国王の寝殿であるこの大造殿の瓦を省いたということ。内部の寝室周辺には、王と王妃を守る女官が使っていた小さな部屋があります。

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王様のいすでしょうか、螺鈿(ラデン)がびっしりです。Wikipediaによると螺鈿は奈良時代に唐より日本に伝わったとされています。発祥の地は中国でしょう。しかし、おそらく作成技術は渡来人によりもたらされたのでしょう。渡来人というのは朝鮮人(これもいろいろ人種があって、当時の人種は現在の人種と違うといわれています。)また中国から韓国へ逃げてきた人々も含まれます。 現在、韓国では螺鈿を伝統工芸品として前面に出そうとしています。 韓国のお店にいっぱい並んでいます。現在、日本で売っている螺鈿工芸品は大半韓国で作られているのでしょうから、 韓国で螺鈿を買えば、現地購入割安ということになります。 韓国で、螺鈿を自国で生まれた伝統工芸品だといって売り出そうとしているのはけしからんという日本人ブログの書き込みが気になります。韓国を目の敵にする日本の方と、日本を目の敵にする韓国の方がネット上で言いあうことはいつものことですが、また後で議論しましょう。

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日本の瓦とはだいぶ違いますが、瓦パターンの織りなす面白さは共通のものがあります。

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これが青い瓦の屋根。写真はそうでもないですが、現物は青緑に輝いています。今回写真の枚数が多くて、まじめに修正していなくてすみません。

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後でも述べますが、韓国の模様はとてもパターン化しており、元の花だの葉っぱだのつるだのの原型がなにか想像できません。 それに動物系の模様が非常に少ない。建物の間から覗く、遠景の建物、瓦の混合パターンは当方がいつも狙う絵です。日本は明らかにこの複合パターンを意図して建物が設計されています。韓国は意図しているのでしょか?

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楽善斎(ナクソンジェ)

1847年に建築。その後も後宮や女官が余生を送る空間として使用されました。王朝末期の皇族たちが暮らした場所としても知られており、英王(ヨンワン)とその后である李方子女史、そして徳恵翁主(トケオンジュ)が日本から帰国した後過ごした場所でもあり。最後の皇太子である李垠(イウン)に、日本の梨本宮家から嫁いだ方子(まさこ)も晩年を過ごしました。壁は、長寿を意味するカメの甲羅模様になっています。

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楽善斎(ナクソンジェ)

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楽善斎(ナクソンジェ)

ここで、とても気になることを感じます。楽善斎(ナクソンジェ)は後宮や女官が余生を送る空間とうことなので、質素でもおかしくはありませんが、このまっ白さは何なのでしょう。楽善斎(ナクソンジェ)だけではありません、行く先々の宮殿の部屋で、オルドンの床がシンプルであることは当然ですが、どこにも絵や彫刻がありません。 韓流ドラマの風景とは大違いです。どちらが本当なのかいなと家内と議論しました。 解放して見せているから、絵を飾ると壊されるから飾っていないのだろうという説と、ドラマは見栄を張って後付けで絵を飾っているのだろうという説です。壊されるなら、コピーを貼ればいい、韓国の人は絵に関心が薄いのでは?それなら<ソンヨ>が書いていた絵は何だ? どうも韓国では絵画が芸術品として育たなかったと思えるのです。現在見られるアーティスティックな品物は、みな実用品から育った民芸品であり、芸術品としてのステータスが昔からあったのではないと思われるのです。これも後で議論しましょう。 

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楽善斎(ナクソンジェ)

側室の館と尼さんの組み合わせが面白いので撮ったというと怒られるかな? むしろ、楽善斎(ナクソンジェ)は日本の尼寺に近いのかなという気もします。

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楽善斎(ナクソンジェ)

疲れて井戸に座っている陶芸仲間。韓国に到着した昨日の晩はみなさん夜2時過ぎまで飲んで騒いでいたようです。当方は病人だったので早く寝ました。病人というのは、韓国旅行の出発当日、突然右目の視野のなかにヒョロヒョロした黒線が何本も泳ぎだし、だんだん視野全体に広がって行き、さらにバックに小さなツブツブが泳いでいるという状態になったのです。兆候は昨日の晩からあったのですが、朝にメチャクチャになりました。もう旅行はドタキャンかと思ったのですが、眼科に行くと、硝子体剥離という病名をいただきました。網膜本体は傷ついていないので旅行に行ってもよろしい、治療はただ収まるのを待つだけということでした。写真の撮りすぎですかといったら、関係ありません。それなら何が原因ですかときいたら、年取るとそうなるのですというつれない答え。結局、一週間たったいまでも変わらずに、視野をゴミが泳いでいる状態が続いています。飛蚊症というらしく、当分蚊とお付き合いです。

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後苑に向かう道

秘苑(ピウォン)として人々に広く親しまれているこのお庭は、もともと後苑(フウォン)といい、朝鮮第3代王、太宗5年(1405年)昌徳宮の創建時に宮殿の庭園として造られました。ここで王や王妃が余暇を楽しんだり、勉強をしたりしていました。1592年、文禄・慶長の役で大半の庭亭が焼失しましたが、1623年に改修増築され、今の姿を維持しています。この庭園は、韓国伝統の造園技術による自然をそのまま生かした造りになっていて、ソウルにいるとは思えないような美しい豊かな自然に魅せられ、一年中たくさんの観光客が訪れます。

韓国、クラフトな旅 その4

韓国、クラフトな旅 その4

昌徳宮、後苑に入ります。

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宙合楼(チュハンヌ)

ここは国の将来を担う人材を育てるために学問を研究し、本を出版していた2階建ての楼閣です。下の階は宮中図書館の役割を果たし、上の階は読書や議論、瞑想と思索の場としても利用されました。ここはところどころ典型的な朝鮮時代の楼閣建築が施されていて、特に丸い柱と四角い柱をちょうどよく組み合わせた建築構造は、天と空の調和を成した理を象徴しているといわれています。

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魚水門の装飾から。赤は天、青は地、黄色は人の陰陽道の色彩は随所に現れます。

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魚水門の装飾から。

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宙合楼(チュハンヌ)の入り口、魚水門。

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宙合楼(チュハンヌ)

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英花堂(ヨンファダン)のパターン

英花堂、宙合楼はいずれも芙蓉池の周囲に建てられています。池を見ながらお勉強というところ。

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不老門(プルロムン)

この門は王の長寿を願って建てられたもので、今でもこの門をくぐった人は、長生きするといわれています。三回くらいくぐってしまいました。

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舎廊棟(サランチェ)と母屋(アンチェ)は塀で隔離されているが、小さな木戸があり、ここから女性がサランチェを訪ねる。

昔はいくら結婚をしても男と女が1つの部屋で寝てはいけないということで、男女別々に部屋が準備されていました。主人が生活するところが舎廊棟(サランチェ)、そして女性が生活するところがここ、母屋(アンチェ)となります。中は、妻の部屋である内房(アンパン)と大きな板の間、嫁の部屋である向房(コンノンバン)、台所、おかずを作るところで構成されています。

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母屋(アンチェ)部分。

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ところが、舎廊棟(サランチェ)と母屋(アンチェ)の表は塀で隔離されているが、裏はつながっているというお
話。ここは、結構受けていました。主人のところに男性の客が訪ねてくると、頃合いを見計らって、表の木戸から女性が現れるところが粋というわけか?

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となりに、子供がいっぱい出来るように、子供部屋をいっぱい作ったということです。全部うまったことはないそうです。

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舎廊棟(サランチェ)と母屋(アンチェ)の部屋も殺風景でしょう。どうも納得できません。

尊徳亭(ソンドクジョン)と貶愚謝(ピョムウサ)
さらに150mほど進むと、尊徳亭(ソンドクジョン)エリアに到着します。こちらは尊徳亭、貶愚謝、観覧亭、勝在亭の4つの東屋が2つの池の周りに建てられ、特に秋の紅葉時には美しい景色が楽しめるところ。中でも尊徳亭は1番古く、仁祖22年(1644年)に建てられたもの。屋根の軒が2重になっていて、天井には清竜と黄竜が描かれ、その下には正祖が書いた文書が掛かっています。

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尊徳亭(ソンドクジョン)

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勝在亭

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翠寒亭(チハンジョン)

ここは夏でも涼しいので、涼みながら本を読む所と言っていました。

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これは屋根の軒が2重だから尊徳亭(ソンドクジョン)でしょう。

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わきにこれまた小さい滝があります。 日本も自然をスモールスケールにして庭をつくりますが、韓国はここまでスモールスケールにするとは。

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この川を玉流川(オンニュチョン)といいます。
玉流川とは昌徳宮の後苑北部の奥深いところにあり、入口の敦化門からは一番遠い約1.250m離れています。李氏朝鮮16代王の仁祖14年(1636年)に岩を削って作られた泉。歴代の王・王妃はここで井戸の水を飲んだり、風流遊びに興じていたとか。特に岩のU字型の堀に流れる水に杯を浮かべ、その杯が自分の前に流れて来るまでに詩を詠むという曲水宴を楽しんだそう。京都の上賀茂神社でも4月に賀茂曲水宴という同じような行事が行われます。いずれにせよ中国の真似でしょう。


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ガイドさんは、同じように見えるでしょうが、建物の作りはみな違うのだと言っていましたが、パターン収集といっても、皆同じパターンに見えます。さすがにどうでもよくなってきました。

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ここが昌徳宮のコースの最も奥のエリア。 みなさん相当バテでいます。王様が民を思って稲作をしたところだそうです。日本の天皇陛下も稲作をされています。

十五夜のころに月灯り紀行というイベントがあるそうです。昌徳宮で月灯り(+ライトアップ)のもとに古典芸能のおどりや歌を聴いて、宮殿内を散策する、けっこういいかもしれない。 

最後に、日本の桃山時代の京都、西本願寺、唐門の写真をのせます。昌徳宮とかぶっている時代ですが、日本のパターンと韓国のパターンの違いはとても大きいと思ってしまいます。絵画、彫刻、動物パターンなど。

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京都、西本願寺、唐門

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京都、西本願寺、唐門

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京都、西本願寺、唐門

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京都、西本願寺


さて、昌徳宮はもう十分をいう声が聞こえるので、お昼にしましょう。 我々はお昼から焼き肉をドカッと食べて、ビールを飲んで元気をつけます。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

なんやかんやいっても、韓国料理は焼き肉が一番。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

焼き肉屋の隣の店。このあたりは米軍基地があって、めずらしく英語があふれています。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

酔っぱらうと焼き肉の看板もアーティスティックに見えてしまいます。

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リコーGRX+マウントA12+ペンタックス15mm limited

お腹一杯になったところで、国立博物館に向かいます。

韓国、クラフトな旅 その5

韓国、クラフトな旅 その5

国立中央博物館では、主に陶磁器を見ます。 主にといいますが、韓国の芸術において陶磁器は大きな比重を占めるように見えます。欧米の芸術とはずいぶんと違う。韓国は<日本に陶磁器を教えたのは韓国である>という自負があることは間違いありません。確かに、日本は韓国の技術を学んで、中国の陶器を手本として陶磁器を作り、韓国の陶磁器自体も日本に大きな影響を与えています。 にわか勉強で、間違っているかもしれませんが、ざっくりと韓国の陶磁器の話をしましょう。時代の流れから3つに分類できます。1)青磁:高麗時代の焼き物の中心で、9世紀後半から10世紀前半が全盛期。特に象眼青磁は韓国のおはこである。青磁の生地に模様を彫って、白や黒の土で埋めて焼く象眼技法を発達させ12世紀中ごろから流行した。青磁ベースの焼き物には辰砂彩(シンシャサイ)、白堆花(ハクツイカ)、絞胎(コウタイ)というバリエーション技法があるらしい。

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2)高麗が滅んで朝鮮王朝(李朝)に代わると、青磁が衰退して粉青沙器(フンセイサキ)に代わる。日本では三島とよばれる、青磁にくらべるとずっとバリエーションが多く、この時代の焼き物をひっくるめて言うらしい。釉薬の下に白化粧する場合が多く、象眼、印花(インカ)、刷毛目(ハケメ)、粉引(コヒキ)、線刻、掻き落とし、鉄絵などがある。 日本の茶人が好んだので、よく見聞きするから、当方、素人にもなんとなくどんな焼き物かわかる気がする。 しかし、それぞれにおいて、中国でもなく、日本でもなく韓国らしい雰囲気は何かといわれると整理して見たことがないので心もとない。

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3)李朝時代に白磁も始まり、次第に白磁が中心となって行く。ここからが、朝鮮の方向がユニークである。中国や日本は白磁技法を手に入れると、色彩を追求する方向に走ったのだが、朝鮮はどんどん色を制限していったのである。青花の青、鉄絵の褐色、そして辰砂の赤が時々使われる程度で、それらが同時に使われることはまれである。

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たまたま最近、瀬戸の旅で伊万里焼の展覧会を見たので、双方の流れが記憶にある。呉須(ゴス)というコバルトで白地に青の絵付けをする<染付>は伊万里でも瀬戸でも流行したが、これはまさに朝鮮の青花にあたり、その技術を日本が引き継いだことになる。日本では徹底的白とその上に書く色彩を追及して、結局世界を制覇してしまうことになる。16世紀末に豊臣秀吉の朝鮮出兵により戦乱で窯場が荒廃して、本家、朝鮮の焼き物は衰退してしまう。その時連れ帰った陶工により、伊万里焼をはじめとする日本西国の諸窯が興隆したのである。

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日本、伊万里、染付

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日本、伊万里、柿右衛門

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日本、瀬戸、染付

ソウル近郊には李朝時代から白磁を中心とする窯が多く、現代の韓国でも白磁が中心を占めている。朝鮮の焼き物は日本に移り、韓国の方で日本で焼き物を学ぶ人も多く、再び韓国に帰って焼き物を構築しているわけである。 この旅もそうした流れの中にズッポリ浸かっているわけだ。さらにご先祖の中国の話もしておかないと片手落ちになります。中国もまずは青磁が基調となります。こうなると青磁は紀元前1500年ころにすでに作られていたと話はスケールが違ってきます。今言う青磁らしい形になるのは1世紀後漢時代で、最盛期は宋時代、10~13世紀で朝鮮とそうかわりない。白磁は青磁から白磁への移行期間を経て、6世紀中頃から後期にかけて白磁らしい白磁が出来上がり、唐から宋時代、7~13世紀に絶頂期を迎える。朝鮮の白磁は14世紀からはじまり、日本では17世紀、ヨーロッパマイセンがやっと作れるようになったのが18世紀である。やはり中国がとんでもなくお父さんなのである。ですから、いくら喧嘩しても、中国はお父さん、韓国はお兄さんとして礼をつくさねばと思っているのです。

今日は時間がないので少しだけ写真をのせます。 また明日にでも載せましょう。

韓国、クラフトな旅 その6

韓国、クラフトな旅 その6

博物館の焼き物の整理は時間がなくて結構大変。ネットをみたら中央博物館の蔵品目録があって、全て写真が載っていました。 やれやれ、苦労していっぱい写真を撮っても意味なかった。しかし、気を引いたものだけ写真を撮って、その中から気に入った写真をブログに載せる。しかも様式で分類するという操作によって、ちょっとは焼き物に目が慣れるにちがいありません。頑張ってやってみましょう。


青磁:釉薬の中に含まれる鉄分が還元炎焼成によって青く発色した焼物。ときに黄色になったり,灰青色になったりする場合もあるが総じて青磁と呼ぶ。

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青磁象嵌(象眼と書いてもいいようです)。
象嵌:鋭い道具で切り込みを入れ、白土や 紫土を埋め込んだ後、釉を塗って窯で焼いたもの。

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粉青沙器象嵌印花
印花:陶器の表面に木や陶器の判を押し、そこに 白土などを埋め込んだ後、釉を塗って窯で焼いた もの。

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青磁堆花(ついか)
堆花(ついか):土をしぼりだしながら、表面に直接文様を描く方法。黒・白などの有色土を器物の表面に高く盛り上げ、筆または篦(へら) で絵や文様を表す。白泥を用いる場合は特に白堆ともいう。

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これは、単なる青磁でなくて堆花(ついか)というのでしょうね?

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これはもっとわからない。とにかくきれいな青磁?白磁?である。ものすごく控えめな模様があります。

粉青沙器掻落し(かきおとし)
掻落し(かきおとし):生乾きの器表に素地とは色の異なる化粧土をかけ、文様を残して周辺部を削り落とし、 素地の色を出す方法。素地と化粧土との色の対比によって文様が効果的に表されます。

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粉青沙器線刻

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白磁鉄絵
やきものの素地に,鉄を含有する顔料〈鉄絵具〉で,釉下に絵文様を描く技法。またはその作品。鉄絵は黒~茶褐色に呈色する。釉(うわぐすり)は透明釉であるのが一般的。鉄絵はとても多い。シンプルで味があるから、面白い。一回鉄絵を作ってみよう。

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辰砂(シンシャ)
辰砂釉は銅赤釉ともいわれ、銅によって赤く発色させる釉薬です。 同じように釉薬をかけてもひとつひとつ個性的な赤色に仕上がる。

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これは辰砂かな?鉄絵かな?

ふつうは次のようにちょろっと赤が入っているのが多いのですが。青磁象嵌辰砂。

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白磁青花(染付) 日本では染付、コバルトの呉須(ゴス)で青を出す。

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白磁:白い素地と無色透明の釉の組合せからなる白色の磁器。とってもシンプルな説明ですね。

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どうも、いろいろ間違っている可能性が高いです。まず、これらの写真には中国の陶磁器が混じっているようだ。青磁と白磁の中間的なものはどちらに区別していいかよくわからない。 辰砂は珍しいので、鉄絵と間違っているかもしれない。 絞胎(コウタイ)、刷毛目(ハケメ)、粉引(コヒキ)、が見つからない。粉引の白は液状の白化粧土に作品全体を付けたり、 柄杓でかける。きっと白磁と書いたやつの一部がコヒキなのだろう、よくわからない。  絞胎(コウタイ)というのは、異なる色の土の板を、重ねて叩き伸ばしたもので形を作り、表面に縞模様を表す方法。 ちょっと変わった感じの焼き物。

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こんな感じですが、撮った写真の中にはなかった。
などなど。写真の説明がまちがっていたらお知らせください。訂正します。中央博物館の目録と照らし合わせれば正確なところがわかるのですが、それはまたいずれということにしましょう。
粉青沙器(フンセイサキ)というのは、李朝が高麗の青磁窯を維持できなくて、陶工が四散して食いつなぐうちに、青磁の質が低下、それを隠すために白化粧をして、そこから粉青沙器(フンセイサキ)が生まれた。 とネットで韓国の方の陶芸の専門家がコメントしている。 素朴で、自由であったために、当時の日本の美意識がこの庶民の焼き物を拾いあげ、日本でどんどん発展していったという経緯らしい。 李朝に入って青磁が衰退し、粉青沙器がとってかわったと書かれるより、このコメントはとっても納得する。青磁はなんといっても魅力的で衰退する理由がわからなかった。 ピリッとした白磁がなくて、どれが白磁かいなと思っていたのは、どうもピリッとした白磁が作れなくなって、コヒキなどでごまかすようになったと考えるとすごく納得してしまう。ピリッとしたやつは中国産かもしれない。韓国ではとても彩色に向かう余裕がなかったに違いない。この微妙なお兄さんと弟の関係は、この後もずっと頭を離れません。また後ほど議論しましょう。

韓国、クラフトな旅 その7

韓国、クラフトな旅 その7

中央博物館の続きです。
今回の旅で、意外な発見は、韓国のタンスや机などの木工調度品がなにやら魅力的に見えるということです。なんで、でしょうね。 日本でも古い調度品は魅力的なのですが、韓国の品はなんとなく日本と違ったパターンということで新鮮に見えるのでしょうか。この旅に参加している一人のご婦人はとっても韓国の調度品を買いたくて、あとで木工調度品のお店が登場しますが、そこで、いろいろ情報をしいれて、あとで買い付けに韓国を再度訪れると言っていました。 当方は2つのことを考えました。日本の人が韓国に魅力を感じるのは、みなさんの故郷を見ている気がするからと思います。日本は、日本文化が西洋文化に覆い尽くされて、ほんの何十年か前に見ていた世界が消滅してしまい、故郷は心の映像として残っている。それが、一味違った雰囲気と故郷の映像とがミックスした韓国の品物やドラマやタレントに反応しているのです。 韓国の若者は昔の日本にように礼儀正しく、目上を大切にします。おばさんたちはそこに故郷を見るのです。もうひとつは、この木工調度品も焼き物もみな芸術品というより民芸品です。まさに柳宗悦の民芸運動の対象となるような品々ばかりです。それがかえって魅力的に写る。さらに、日本では西洋文化と日本文化が上手く融合せずに、日本文化は伝統がしばりつけ、過去に回帰し、西洋文化とは一線を画そうとして潜行する。一方では西洋文化が日本文化にお構いなくはびこる。 韓国では、伝統がしばりつける度合いが少なく、自分たちの伝統に、自由に西洋文化を融合させてゆく。 この方向がある意味日本人に魅力的に写っている。また後で議論しましょう。 とにかく、コメントなして木工品を載せます。

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これなかなかいいですよ。 直ぐみたい書類を分類して、ちょっと入れておく分類ラックです。

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韓国も中国と同じように、筆文化です。筆周りの品々は魅力的です。北京では焼き物の筆立てを買いましたが、実用品ですから、観光用と違ってとっても割安のなのです。 このような筆立てもきっと安く売っているはずです。角谷先生にそういったら、水滴(硯の水差し)を一杯買っていました。 とっても安くて魅力的形をしています。当方も水滴を買いましたが、これは観光客向けの店で買ったので、安くはありませんでした。あとでお見せします。

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タンスがいいでしょ。金具もおもしろい。

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この横長家具がまた魅力的なのです。

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フォルムにリズムがあるでしょ。

さて、いい加減に博物館をあとにして、夕食です。 南山公園のソウルタワーで夜景を見ながら食事です。

その前に道端で、金さんがサナギのゆでたのを買ってみんなにふるまいました。これが曲者で、食べてみましたが、その後長い間このサナギのにおいに悩まされました。おいしいと言って食べていた方もいますので、興味ある方は試してみてはいかかでしょうか。とっても薦めませんが。

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バスでタワーの下まで上がるのですが、終点のバス停からタワーまで急な坂を少々歩く必要があります。バスにのらずに下から歩いて登る方も少なくありません。 韓国の人は元気だ。

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もうちょっと早く行って、夕暮れの変化をみるともっと素晴らしいと思います。ただ、韓国の若い方のデートスポットで、ものすごく混んでいますので、その点は心してください。


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これはたらの鍋、私のアナゴ鍋は食べてしまって写真なし。一品メインを頼んで、あとはバイキング形式で、おかずを食べ放題です。

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自分でソフトクリームをとるので、クラフト的になってしまいました。この日の活動量計は2万歩を超えました。さすがに疲れて、本日は打ち止めです。 実は次の日も2万歩をこえたのです。

韓国、クラフトの旅  その8

韓国、クラフトの旅  その8

9月16日

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おはようござまいす。2日目、16日。再び2万歩の旅にでます。まずは朝飯。

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朝鮮ニンジンを漬けたお酒が出ます。朝からぐびぐびお酒を飲みます。これおいしい。飲みすぎて後で大変な目にあった方がいますが、触れないでおきましょう。

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鳥一匹はいった、サムゲタンが朝食。

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店の名前はこの写真から読み取ってください。


民俗村の入り口に着きました。

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入口にあるおみくじ張り付けの場

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入口

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入口近くにある焼き物製造所

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大カメは全くの必需品だったのだ。今でも使っているのでしょう。

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これはお人形さんではりあません。大カメを作る実演です。 おそらく30分くらいで作ってしまいます。

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実際、登り窯で焼いているようです。

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登り窯の前で記念撮影。これ、今回の旅のみんなです。おそらく金さんが撮影しています。
(もろに写真を掲載しています。問題ある方はご連絡ください。この写真をカットします。)

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韓国、クラフトな旅 その10

韓国、クラフトな旅 その10

民俗村の続き。

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これは何でしょう。
あとで、これは婚礼のお祝いのしるしであることがわかりました。陰と陽とその中間の人を表す黄色です。

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ここが昔の結婚式場です。

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実際に一般の方の本当の結婚式が始まりました。

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結婚式の当人たちより周りで見ている人の方が面白い。

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ちゃんとコシに乗ってお祝いの会場まで行くようです。

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新郎は馬に乗らねばなりません。なかなか大変です。出演料を差っ引いてもらっているのだろうか?

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民俗村の真ん中を川が流れています。

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のどかと言えばのどかですが、なんとも超、田舎風であります。

少しパターンを撮ります。

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タンスを作っている所がありました。 お休みで内容はよくわかりませんでしたが、受注生産で日本まで送ってくれるかもしれません。


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この村にある唯一の絵らしいものです。家の門や入口に貼ってある、魔よけ札のようなものでしょう。町で買って帰りたかったのですが、時間がありませんでした。

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相変わらず、タンスは魅力的。

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当方としては珍しく、パホーマンス記念撮影して、民俗村を後にします。これで活動量計は一万歩を記録。

昼食は韓定食。石鍋で丁重に炊いたご飯(ナツメだのクリだのが入っている)に選り取り見取りのおかずが食べ放題です。お焦げを残して水をそそぐと、石鍋に余熱でちょうどよいおこげ雑炊となるのです。 まさかサンマの干物が出てくるとは思いませんでした。 和食っぽいので結構うれしくて、サンマを一杯食べました。イシモチみたいな小魚もおいしかった。唐辛子のはいっていないおかずはうれし。 韓国料理はなんでもかんでも唐辛子すぎますよ。

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それでは、イチョン陶芸村に向かいます。とうとう雨が降り始めました。大型台風が韓国に向かってきているのです。明日帰れるか、微妙な状況です。




韓国、クラフトな旅 その11

韓国、クラフトな旅 その11

イチョン陶芸村に着きました。yk1_convert_20121002202102.jpg

いっぱい、焼き物の工房とお店が集まっています。工房が300と言っていた記憶があります。そうだとするとすごいことですね。 韓国でそんなに陶磁器をつかうのだろうか? いつも石鍋と金属のお椀のような気がするのですが。

村に入ってすぐの左手に、現代的センスの白磁中心のお店があります。当方はそこで、韓国の現代的白磁の代表として一つ買いました。 2500円くらいだったかな?

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奥の小さなお魚取っ手のコーヒーカップです。

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若い人にはうける店とおもうのですが、当方以外の方はあまり興味をひかなかったようです。 小さな飾りをちょこっと付けるところが韓国風です。このニュアンスと土瓶のホルムが参考になる気がします。

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このお店は、我々一行の一人がとっても気に入って、買うのではなくて、<これを作りたい、帰ったら教えてください>と角谷先生にたのむと、先生は全然OKですよ。ということで、当方が写真係という筋立てになりました。ここが陶芸教室のいいところです。

わたしは、現在のところ、何か見本があって、それを目標に焼き物を作るという欲望がどうしても起きないのです。どうしても自分のイメージが先にあって、それ以外の物に興味がいかないのです (もちろん他人の作品を見たり、使ったりするのは全然OKです。感激して見たり、使ったりしています)。そのイメージを達成するために、見本の技法を取り入れるということはあるかもしれませんが。こういうのが作りたいというのはどうしてもだめです。 老い先短いのだから、そっちの方が、技術は早く習得できるし、見られる作品が手っとり早く出来ることは百も承知なのですが。ほんと頑固で困ってます。

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ここでは、典型的、古典的青磁の小ぶりの器を買いました。とても薄いやつで、これでお酒を飲んだらどうなるかを試してみたかったのです。 2700円くらいでした。

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窯があると、勝手に入り込んで、直ぐ見学です。

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どんどん使っている感じがしますね。 年間1回しか使わないという感じではありません。

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ここにタヌキがいると信楽です。 お店はいっぱいあるのですが、時間がありません。 また次の場所に移動です。

韓国、クラフトな旅 その12 

韓国、クラフトな旅 その12 

イチョン陶芸村の続きです。

雨の夕方、我々は次にどこに向かったのか、実はよくわからない。 おそらく、利川(イチョン)市雪峯(ソルボン)公園内にある焼き物の展示場を幾つか見て回ったのだろう。大きな公園が焼き物だらけであることは驚きだ。 おそらく海剛(ヘガン)陶磁美術館というところ、ここは高麗青磁の再現と収集に尽力した陶芸家、柳海剛(ユ・ヘガン)こと本名柳根瀅(ユ・グンヒョン)氏が設立した美術館です。青磁を徹底的に見られる美術館と、利川セラピアという所ではないかと思います。 ここではおそらく毎年利川陶磁器フェスティバルが行われ、時々、世界陶器ビエンナールとか世界陶器コンペティションとか銘打って、世界中の陶芸家が作品を競うようです。このコンペティティションの置き土産が飾ってあります。じつはこれが今回の旅で一番面白かった。これだけ世界中の陶芸家の作品が一堂に会して見られるところは、とても日本には無いでしょう。 日本では陶芸は日本の伝統的芸術であるという固定概念に支配されていて、世界陶器コンペティションという発想が生まれない。なぜ、韓国で、伝統的陶芸に欧米の感覚が融合してゆくか、日本でなぜそれが発展しないか、わかった気がしました。 ここだけで有に80枚の写真を用意しました。 撮影はもっとしています。 それだけ面白い。自分でこんなもの作りたいと思っているアイデアに似た作品がこのなかにごろごろしています。やってみで、いいか悪いか初めてわかるより、この写真を見て、こん風になると予測できるわけで、とても参考になります。作品の良しあし、好き嫌いは別にして、とても参考になるのです。陶芸に興味ない人はまったく退屈でしょうが、みんな載せようと思っています。 ここに載せておかないと、仕舞い込んでわすれてしまうからもったいない。 コメントはほとんど書きません。 世界陶器コンペティションですから、作家さんは韓国から日本、欧米、オーストラリアまでおよびます。 いちいち説明文をのせません。どうしても情報がほしい方は、写真で説明を撮ってありますから、その英語部分を解読してみますのでご連絡ください。写真をコピーしたい方は、後ほどgoo ブログのホトチャネルにのせますから、こちらからコピーした方がきれいです。

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入口の薪のディスプレイ

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美術館入口のタイルの装飾、おそらく海剛(ヘガン)陶磁美術館

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この3枚で韓国陶器のいろいろな形を知ることができます。

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どこから利川セラピアの写真かわからない、このあたりからかな。

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このあたりは2011年の世界陶器コンペティションのポスター

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韓国、クラフトな旅 その13

韓国、クラフトな旅 その13

さらに、イチョン陶芸村の利川セラピア(?)、世界陶器コンペティションの置き土産(?)を見ましょう。  どんどんいきます。

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韓国、クラフトな旅 その14

韓国、クラフトな旅 その14

さらに、イチョン陶芸村の利川セラピア(?)、世界陶器コンペティションの置き土産(?)を見ましょう。

まだまだいきますよ。

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実はこの焼き物にいちばん興味を持ちました。 とにかく色がきれいなのが好きです。

韓国、クラフトな旅 その15

韓国、クラフトな旅 その15


イチョン陶芸村の利川セラピア(?)、世界陶器コンペティションの置き土産(?)の続きです。 いよいよ終わりに近づいてきました。

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当方は蓮の花が一つのテーマですから、この立体蓮はヒントになります。真ん中の鳥はいりません。法金剛院のタマ子の蓮が苦戦しており、まだまだとても、人に見せられる段階に達していません。

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石と陶器の組み合わせもどこかでやってみたい。

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フォンタナのキャンパスの切れ目のような陶器でこの展示場は打ち止めです。 もう閉館時間を過ぎていて、係員が早く出ろという顔をしています。

イチョン陶芸村の施設は,丘陵地帯にありますから、登ったり降りたりで、つかれます。帰るころには、とうとう2万歩を超えました。
今晩は、先生方はお友達と会食、その他メンバー2名がそれぞれの理由で抜けて、残りが、メンバーの一人のリクエストで海鮮鍋となりました。

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てんこ盛りの魚介類が鍋でくねくね暴れています。 またもや唐辛子味のオンパレードで少々もてあましています。 韓国でもホヤの類を食べることをしりました。噛みつくとホヤの口からお汁がとびだすから気をつけてといっている先から隣のご婦人がもろに汁を周囲に噴出しておりました。とても小さなホヤの仲間で、味はしっかりホヤです。 。 

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生タコの刺身とか出てきますが、醤油とワサビと日本酒がほしいところです。 ということで、日本酒の話で盛り上がりました。韓国にもビールと焼酎のあいだにマッコリ以外に日本酒的なお酒があるそうですが、今回はいただきませんでした。銘柄も限られているようです。 もっぱらビールと焼酎。マッコリ居酒屋に行きたいと所望する方々がたまたまいらっしゃいませんで、みなさんハイソなご婦人たちですから、当方も居酒屋に行きましょうともいえず。なんとなく1日の〆が物足りない旅です。やっぱり、おじさんはおじさんとあるいはおじさん風女性をまぜて居酒屋が一番落ち着きます。

韓国、クラフトな旅 その16

韓国、クラフトな旅 その16

9月17日(最終日)
いよいよ、韓国に大型台風がやってきます。上手くゆくと、飛行機出発の時間には通り過ぎている予定。しかし、観光は大雨の中ということになりました。 本日は昌徳宮(チャンドックン)に近い古い街並みが保たれている地域、北村(ブクチョン)から、民芸品のお店が多い仁寺洞(インサドン)を散策します。まあ、言ってみれば、帰国前のお買いものタイムです。

ますは朝食。ふぐ汁。 ふぐ一匹がモヤシといっしょにスープになっています。 フグの身はワサビをつけてお醤油で食べます。 やっと、和食っぽい料理にありつきました。

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日本みたいに調理人の免状みたいなものが無いようです。 お味は結構です。お値段も高くないそうです。 まあ、大阪でふぐは学生さんがコンパで気楽に食べるお魚でしたから、そうびっくりする話ではありません。

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水槽にはカワハギ、ホヤ、アワビ等々見なれた魚介類がいらっしゃいました。

すみません、店の名前は忘れました。ソウルにでふぐ汁を食べられる店はそう多くないでしょうから調べればすぐわかるでしょう。


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北村につくとすぐしゃれたディスプレイが目に入ります。 韓国では石をすっぱり切るのが好きみたいですよ。

最初に、韓国伝統家具のお店に寄りました。これがすきなメンバーのたっての願いで、金さん案内していただいたわけです。この店、IONGINAMOO GALLARYと書いてありました。古道具ではなく、伝統家具を再現した製品だそうです。 家具ばかりでなく、総合的インテリアとしてなかなかいいセンスのお店です。 北村はかつての高級官僚の住処が集まっていた所ということで、今でも、このあたりのお金持ちがこのような家具を買うのでしょうか。 少なくとも日本人相手の商売ではなさそうです。なんとなく、アメリカ的インテリアセンスを感じるので、アメリカさんも相手にしているのかもしれません。

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は布を合わせたボジャギをうまくインテリアに使っています。ボジャギカーテンは日本に無い雰囲気をかもしだすので注目です。

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ピンボケですみません。これはサブーリ先生が、初めて買いたいものに出会ったといって、幾つかお買い上げになった、木目お皿です。結構高いですよ。

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前々から韓国家具の金具は面白いと思っていましたが、なかなかいいですよ。

韓国、クラフトな旅 その17

韓国、クラフトな旅 その17

北村の続きです。 伝統家具の店を出て、向かいの焼き物の店に入ります。このあたりの写真はリコーGXR+マウントA12+フォクトレンダー・カラスコパー35mm PIIです。マニュアルフォーカスで雨の中ですから、ピンボケが多いのはご勘弁ください。

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小じゃれた陶磁器が置いてあります。 しかし、特に買いたいと思うものはありませんでした。

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古い街並みに入ります。 韓国の方の観光客も結構いるようで、ニコン一眼やオリンパスミラーレスをもった韓国のおじさんの群れが雨の中を撮影していました。日本のおじさんとほとんど変わらない雰囲気です。

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古い街並みを電線が邪魔します。これも日本と同じ。

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色々、扉のパターンを収集したのですが、ピンボケが多くて、これならAFのコンデジの方がずっとましだったと後悔しています。撮影は大雨の中は想定していませんから。

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晴れていれば、北村は眺めの良いところだそうです。

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仲間のうちの一人方が、行く先々で逆さクラゲのマークがあるがこれは何だと叫んでいるので、ここで決着をつけましょう。 ラブホテルのマークであるという説があります。金さんはお風呂のある泊まる所の意味であるといっています。それが郊外で結局、ラブホテルとなることはあるかもしれないが、本質的にはお風呂ホテルである。 高級住宅街にラブホテルは似合いませんから、おそらくお風呂のある宿泊所が正しいのでしょう。 この煙突は銭湯のような気もしますが、結局よくわかりません。

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古い町の、ふるい屋台のような食堂。金さんはこれが残っているのはとってもめずらしいといっていました。 女学生が帰りに立ち寄って、食べて帰るのだと懐かしそうに言っていました。何か思い出があるのでしょうか。 自分たちの寝泊りの場所、ガレージ、調理場、食卓全てが、同じ空間にある、屋台に屋根がついたような食堂です。 トッポギ、スンデ、サラミのような腸詰め、などなどよくわからないもの。 スンデは豚の腸に、もち米や春雨、豚の血、野菜などを詰めてゆでた韓国式の腸詰め。蒸して調理したもので、ソウルタワーでもたべました。サブーリ先生が大変気に入って、買って帰ると言っています。当方もおいしいと思って、後でスパーマーケットで買って帰ったはいいが、日本で食べたら、これはさすがにいけません。 ネットにはおいしくてハマったという方と、これだけはダメだという方と相方が混在していて、だいたいのものは食べられると思っていたのですが、ゆでてから、一日たったスンデは豚の血のにおいが強烈になって、とても食べられたものではありませんでした。韓国では食べたのですが。食べ方によるのでしょうか。 サナギと同じように、スンデも君子危うきに近寄らずという方が無難です。

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さて、屋台食堂を出て、北村から、仁寺洞(インサドン)に向かいます。雨はますます台風の様相を帯びてきました。

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韓国、クラフトな旅  その18

韓国、クラフトな旅  その18

仁寺洞(インサドン)の商店街。 珍しく絵画のお店。台風の中、入る雰囲気で無いのと、この時は先生方と一緒だったのでパス。

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撮影したはいいが、これはなんだか分からない。はんこ屋さんか????

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これは、当方が目をつけていた、墨絵なのか版画なのか、とにかく絵らしきもの。帰りに入ろうと思って時間がなくて、実行できず。

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お土産グッズのお店がまとまっているところ。大雨なのでここはありがたい。

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これもなんだか分からない。アロマ系か??

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これはなんで撮ったかわからない???

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ここはお土産陶磁器屋。 

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陶磁器ランプが流行っているようだ。


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これは螺鈿のカラー版。 どうやら韓国は螺鈿の面白さに目覚めたようだ。これは結構おもしろい。

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我々一行は、お買いのもタイムでバラバラに行動していますが、この時は先生方と金さんの案内で焼き物の骨董品屋に向かっています。

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骨董品屋が集まっている一画です。

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ちょっと奥まったところの骨董品屋に到着。こういうとこころは、一人ではとっても入りにくいところです。

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およそ10万円前後を考えてください。 もっと高いものは、別の部屋に置いてあり、特に所望するする人に見せるのだそうで、この辺の10万円の品は安物だそうです。

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無論、買うつもりはなく、ただの見学です。 とくに10万円だして買いたいと思う物もありません。その昔、財閥、安宅(あたか)さんはこういう所で、その奥の高い物が置いてある所を物色して、とんでもない高価な骨董品を買い集めたのでしょう。安宅コレクションの韓国陶磁器については後ほど議論いたしましょう。

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骨董屋を出て、また街を歩きます。 薬草のお店。

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なんだか分からない、飲み屋街。

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韓国、土産屋。

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韓国、クラフト土産屋。入口近くには焼き物が展示。

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奥には布製品が展示。

このあと、クラフトお土産屋のまとまっているちょっとしゃれたビルの一画で、青磁の焼き物を買う。面白い形の青磁象嵌があったので、手に取ると、お酒入れでもない、花瓶でもない、水滴という説明であった。 好きなように使えとお店のおばさんはいいます。形に魅かれてお買い上げ。後で写真をお見せします。

みんなスターバックコーヒー店に集合、空港に向かって、台風はうまい具合に通過して、それでもかなり遅れて成田に到着、家に帰り着いたのは午前0時であった。

韓国、クラフトな旅 その19

韓国、クラフトな旅 その19

それでは、今回の旅の戦利品をお見せしましょう。

イチョン陶芸村で買った、2つのぐい飲み。 

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左のはぐい飲みではなくお茶をのむ器でしょうが、当方はぐい飲みのつもりで買いました。とても薄い青磁で飲むとどうなるかを試してみたかったのです。左が30000ウオンで右は忘れましたが15000ウオンくらいでしょう。 0.7かけで計算すると2700円と1050円になります。


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この左は、以前子供が買ってくれたぐい飲みですが、これだけ厚身ですと、日本酒に合いません。そこで薄手の青磁を買ってみたのです。これで飲んでいますが、いい感じですよ。

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こちらは相当薄手です。透かせば向こう側が見えそうです。常用するにはちょっと怖い。でも、試しにこれで飲みましたが、結構いい感じです。

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これもイチョンでかった、お魚取っ手のコーヒーカップ。 韓国のモダンを試してみたかったのです。このちょこんとくっつけるかわいい飾りの手法は使えます。

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これは民俗村でかったマッコリ柄杓と螺鈿名刺入れ。両方とも10000ウオンだったかな? 700円です。

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後ろの籠はスーパーマーケットで買って、焼き物を入れてきたものです。12000ウオン、1000円です。

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これが、仁寺洞(イサドン)のしゃれたクラフトビルでかった水滴(硯に水をさす道具)。
50000ウオン、3500円です。

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お酒入れではちょっと小さいか?

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花を生けてみました。 どんなものでしょうか。 水滴の大きなのを壁掛けにして、花を飾るという使い方は、旅のお店で見たことがあります。 

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コーヒーカップにも花を生けてみました。

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このカップ、ローゼンタールと並べても、違和感がありません。韓国は、博物館の家具で見たような、独特の立て横のフォルムがあって、微妙に日本と違います。

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安宅コレクション、朝鮮陶磁器に関しては次に最終章として書きます。そうそう、このコスモスは高麗川(コマ川)のほとりのコスモス畑で採ったものです。 高麗とはその昔、高句麗から来た渡来人をまとめて住まわせた埼玉県の一画なのです。 高句麗の青磁と渡来人のコスモスがであったのです。この話は次回のブログで書きましょう。お楽しみに。

韓国、クラフトな旅  その20(最終回)

韓国、クラフトな旅  その20(最終回)

安宅英一(あたか えいいち)さんは安宅財閥(安宅産業株式会社)を作り上げました。 戦後、個人あるいは企業として美術品の収集に大きなエネルギーを投じたのです。 安宅英一の眼という本から、彼が集めた美術品の中から、中国、韓国の焼き物の一部をご紹介しましょう。 これは大部分、大阪市東洋陶磁美術館に安宅さんから寄贈された物(実際は住友グループ経由の寄贈)です。 ご覧になればわかるでしょうが、東洋陶磁美術館は是非訪ねる価値のある美術館なのです。 当方が訪ねたような、韓国の骨董品やで、奥の奥にしまってある、非売品を拝み倒して買ってくる、その過程が展示されていました(この美術館を訪ねた時は、なにか安宅さんの記念展示会で、安宅さんの偉業がくわしく述べられていました)。 結局、この巨大な買い物のためか、世の流れのためか安宅財閥は1975年傾いて、終末を迎えてしまうのです。そして、その収集品は美術館に寄贈されることになったのです。しかし、彼がこれらを収集しておかなかったら、これら名品は四散し、世界から消滅していたでしょう。これらが秘めた美に世界は気づかずに葬り去られ、また、これらに影響を受けて、その後輩出した著明な作家たちも存在しなかったでしょう。財閥の消滅は、大きな雇用の消失というダメージを世に与えましたが、一方で彼のコレクションが残ったことは、掛け替えの無い功績を残したのです(この買い物が企業を傾けたとは安宅コレクションファンは決して言いません)。

韓国の陶磁器の中で特にお見せしたい陶磁器(世に名品といわれるものを選らんではいません、あくまで当方の好み)をコピー撮影したのですが、韓国陶磁器ばかりでなく中国の陶磁器もコピーしてしまいました。 ランダムに乗せますので、どれが韓国で、どれが中国かわかりますか? その気になって見ればわかるはずです。  写真の下には番号だけ書きますので、後で正解をみてください。 また作製様式により陶磁器の名前が付けられますが、このブログの前半で述べた、作製様式を当てて見てください。 これも後で正解を書いておきます。 もう一つ、途中から、京都、上賀茂神社の近くある高麗美術館の展覧会で買った<李朝染付>という本からコピーした韓国青花白磁の陶磁器に切り替わります。どこで切り替わったかわかりますか? これも後で正解をみてください。 高麗美術館は小さいころ日本に渡った韓国の方が商売に成功し、収集した韓国陶磁器を、美術館を作って公開したという経緯があり、韓国と日本の関係を知るに興味ある美術館なのです。 高麗美術館にまつわる話は次回の高麗(こま)川物語でお話しましょう。当人も認識しているように、超高価な陶磁器が収集されているわけではありません。 高麗美術館の全ての蔵品を集めても、そのインパクトは安宅コレクションの一品に太刀打ちできないでしょう。 安宅コレクションは、一見、なんてことない陶磁器ですが、まるで催眠術にかかったように吸い寄せられてゆくのです。選んで撮影しようと思っても、これもあれもすばらしいという具合で、手が止められなくなるのです。ちょうど楽茶碗の撮影の時と同じです。

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浜田庄司 青彩紋押十字掛角皿

この催眠術からさめた作家もいます。 河合寛次郎は初期のころ韓国、中国の延長線の陶磁器を作って比類ない才能を認められていました。このときに、浜田庄司と出会って、いつまで朝鮮焼き物と付き合っているのだ、作品とはバイタリティーだという浜田の行き方に触発され、当時の柳宗悦の民芸運動に賛同して、エネルギーのある作品作りに大変貌していったのです。このあたりの動きは、京都と大阪の中間、山崎にある、アサヒビール山崎山荘美術館の蔵品のなかに、あるいは京都、河合寛次郎記念館に見て取れます。

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河合寛次郎 (木彫、河合寛次郎記念館)
(河合寛次郎については当方のブログ、京都の道 その1 花見小路をご覧ください)

結局、韓国のクラフトの旅の感想はというと相当微妙です。 安宅コレクションや、京都に残した渡来人の足跡に呼び起された、韓国に対する憧憬の念が現在の韓国の旅で助長されたかというと、そうではありません。安宅さんが韓国のいい物は全部買い占めてしまったかと思われるほど、今回見て回った陶磁器の中には安宅コレクションを超えるものは無かったといえるでしょう(もっと奥にしまってあるのかもしれません)。 李朝の宮殿には絵や彫刻が皆無であったことは、その理由は定かではありませんがショックでした。常に周囲の敵にさらされていた韓国は、大きな富を中央に集める余裕がなかったのでしょう。 李朝の陶磁器の美を見出したのはむしろ日本であり、それを引き継いだのも日本であり、全国に散らばっている陶磁器の文化は幅が広く、奥が深い。 絵画、彫刻、建築、蒔絵、どれをとっても、日本の幅の広さと、奥の深さを思い知らされるのです。韓国5000万人の25%はソウルに集中している。一時は人口の半分近くがソウルに集中した時もある。 ちなみに日本は1億2800万人、その10%が東京に集中している。 渡来人のもたらした影響を考えれば、中国がお父さん、韓国がお兄さん、日本は弟という位置で中国、韓国に敬意を払う気持ちは変わらないが、お兄さんの過去の実体はあまりにも貧しかった。 しかし、現在は中国も韓国もはるかに世界を見据えたグローバル展開と国を上げての計画的産業振興を着々と進行させている。 日本の既得権にしがみついた年寄りと、未来に雄飛する気力を失った若者のなれ合いの世界はなんとも情けない。 ホットパンツで闊歩する韓国の女性の群れからはなれて、成田に降りたつ日本の若者の躍動感の無さはみじめを通り越して、真っ暗になる。日本は思っていたよりすごい国だった。それがお兄さんの国を訪ねた感想である。 そして今の日本は思っていたより、なんとも情けない国である。高麗川物語に出てくるシーンで、電車の中の中年のご婦人が、<最近、韓国に行って来た、目的はお買いものオンリーよ、なんたって安い。韓国の文化なぞなんにも興味ない>としゃべっていた。もっと目を開けてください。日本は何とすごい国だったか。今の日本はいったいどうしてしまったのか。まだぜんぜん遅くは無い。日本はすごい国なのだ。
プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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