湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その1

湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その1

12月11日 
少し、過去にさかのぼります。紫式部/源氏物語へ入り込んだきっかけのお話をします。
石山寺は湖西というより湖南ですが、湖西の旅の終点という位置づけです。京都の拠点を撤退することが決まっているので、湖西の旅シリーズもこれで最後と思い、終点の石山寺を訪ねました。

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ペンタックスK7 Zeiss 50mm

東山から地下鉄に乗って、浜大津で京阪石山坂本線に乗り換え、石山寺に向かいました。京阪石山坂本線の源氏物語ディスプレイにはびっくりです。この電車のショットが今日一番面白かった。この電車のおかげで、映画、源氏物語を見て、さらに京都で紫式部の面影を追うことになったのです。

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ペンタックスK7 ペンタックス35mm limited macro

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

京阪石山寺から石山寺までの参道から瀬田川でボートの練習をしているところを撮影。京都の大学のボート部がこのあたりに練習所を構えています。京大とか、同志社大とか。朝の練習時間にはボートだらけ、ひとしきりすると全部さっと消えます。

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK7 ペンタックス35mm limited macro
東大門(重文)

ネットの説明は<石山寺(いしやまでら)は、滋賀県大津市にある東寺真言宗の寺。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁(ろうべん)である。当寺は京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっている。また当寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。>

<平安時代には、宮廷の女人たちのあいだで、観音堂に参籠し読経しながら一夜を過ごすのが流行りました。紫式部はここに参籠して「源氏物語」の想を練り、また、清少納言、和泉式部、『蜻蛉日記』の藤原道綱の母、『更級日記』の菅原孝標の女なども石山寺のことを日記や随筆に記しています。石山寺は、芸術家や文人たちに深い感応を引き起こし、女流文学の開花の舞台となりました。その後も、松尾芭蕉や島崎藤村をはじめ、石山寺を慕う文人たちを多く集めています。>

映画、源氏物語の冒頭に石山寺が出てきて、<わー、石山寺だ!>と感激。今思うと、石山寺のどこが出てきたのか思い出すことができません。

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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珪灰石 (国の天然記念物)

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro
本堂 (国宝)

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ペンタックスK7 ペンタックス35mm limited macro

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ペンタックスK7 ペンタックス35mm limited macro
珪灰石

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ペンタックスK7 ペンタックス35mm limited macro
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湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その2

湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その2

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ペンタックスK5 ペンタックス15mm limited
珪灰石と御影堂

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この辺で、石山寺の全景を示します。

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

御影堂と鐘楼を見下ろします。

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ペンタックスK5 ペンタックス35mm limited

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多宝塔

建久5年(1194年)に源頼朝の寄進で建てられ、その後、慶長年間(1596~1615年)に修理が行われたようで、日本最古の多宝塔といわれている。快慶の作とされている「大日如来坐像」が安置されている。多宝塔をちゃんと見たかったのですが、改修工事中でした。残念。

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ペンタックスK7 ペンタックス 15mm limited

多宝塔の東側は石山秋月として有名な、名月鑑賞の高台で、月見亭があります。

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

ここから瀬田川が良く見えます。ボートはみな引き上げたようです。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

心経堂の周囲にはまだ紅葉が残っていました。もう結論を言ってしまいますが、石山寺はすごい所ですよ。これが紅葉のシーズンだったら、すごいと思いますよ。紅葉に限らずすごいお寺なのです。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5 ペンタックス 35mm limited macro

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited
豊清殿

この建物は新しいようですが、立派な建築です。心経堂からここに来る途中に丘陵いっぱいにボタン園が作られていて、5月には素晴らしい眺めになることでしょう。石山寺は資金が豊富なようです。その資金を使って、もてなしの心を感じます。もてなしといってはいけないのかもしれません。仏の慈悲の心です。いつも、心をいやしてくれる空間を演出しようという意図が強く感じられます。それがまた資金を集めて、良い方向に回転してゆくとてもいいお寺です。さすが紫式部がこもったお寺です。滋賀県にこんなお寺があるとはびっくりです。
豊清殿から少し下がったところに紫式部の像があります。まあ、観光的ではありますが、いいではありませんか。

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ペンタックスK7  ペンタックス15mm limited

ここから本堂まで下る道筋が、何とも自然の山肌で、石山寺が広大な自然の中に存在していることがわかります。自然の中に、仏の空間を演出する。自然は神であり、自然=神の中へ人が入り込む入り口として、お寺や神社がある。これこそが、自然とともに生きてゆく日本人のあり方の原点です。SF映画の<スターゲート>のような異次元空間へのゲートがここにあるような気がするのです。上賀茂神社、春日大社、伊勢神宮、そして石山寺はスターゲートでつながっているのだ。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

丘陵を下ると、無憂園というお庭が見えてきます。花ショウブがきれいだそうで、もういたれりつくせりです。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その3

湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その3

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

一回りして本堂にもどってきました。結構な道のりがあります。このお寺は半日くらいかけてゆっくり味わうことが良いかもしれません。

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

本堂は長い柱を多数立てて床を支える懸造(かけづくり)となっていて、手が込んでいます。新しい豊清殿もそうでした、たいしたものです。清水の舞台が懸造作りの親玉です。

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ペンタックスK5 ペンタックス 35mm limited macro

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

東大門を出てすぐのところで、琵琶湖名物、シジミの釜めしをたべました。釜めしもそうですが、湯葉のお刺身がおいしかった。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

石山寺から15分くらい、瀬田川にそって歩きます。ボート部の宿舎がならんでいます。

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ペンタックスK7 ペンタックス15mm limited

瀬田の唐橋 中州

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ペンタックスK5 Zeiss 100mm macro

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ペンタックスK5 ペンタックス 35mm limited macro

瀬田の唐橋に着いたのですが、日本三名橋も工事中で、なんとも残念。欄干の塗り替えです。

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ペンタックスK5 ペンタックス 35mm limited macro

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ペンタックスK7 ペンタックス 15mm limited
瀬田の唐橋中州

琵琶湖から流れ出る川は瀬田川しかないというのも、とても不思議ですが、その川にかかる橋が瀬田の唐橋で、大昔から、戦いが繰り返されてきた橋です。都を守る軍と攻める軍がこの橋で決着をつけることになるのです。なんといっても、壬申の乱(じんしんのらん)、天武天皇元年(672年)に起きた日本古代最大の内乱が興味深い。天智天皇がなくなってから、後を継いだ太子、大友皇子(おおとものみこ)に対し追い出された皇弟・大海人皇子(おおあまのみこ、後の天武天皇)が地方豪族を味方に付けて反旗をひるがえし、反乱者である大海人皇子が勝利する。大友皇子は自決する。大海人皇子は吉野に逃れており、その後、美濃から兵を起こす。天智天皇は百済を救援して、白村江(はくすきのえ/ハクソンコウ)の戦いで、新羅・唐連合に敗れ、百済難民を受け入れた。天智天皇は近江宮遷都を行い、百済人は琵琶湖周辺にその影響を多く残すことになる。現在よりはるかに大陸からの恐怖をひしひしと感じていた時代、天智天皇の激動の時代から、その息子のクーデターと続くわけである。白洲正子の琵琶湖周辺の物語にはそのあたりの事情が続々と登場する。静かな琵琶湖にしては、血なまぐさい瀬田の唐橋である。


京阪線の石山寺駅に向かう途中に、面白い瓦屋さんがありました。東本願寺の瓦も作っているようです。なかなか歴史を感じる街並みです。石山寺から京阪線で、浜大津の一つ先、別所に向かいます。大津市歴史博物館に大津絵が展示されているとガイドブックに書いてあったからです。大津絵探検です。

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湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その4

湖西の旅 ~石山寺から大津絵を追って~ その4

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大津市歴史博物館はちょっとした高台の上にあります。眺望はいいのですが、歩いて上るには疲れます。
瀬田の唐橋における壬申の乱の絵や、湖族の話など、勉強させていただきました。ところで大津絵はどこにあるのでしょうか? 分からないうちに出口になりました。出たところに大津絵展覧会という立札があります。どうやら、大津絵教室の発表会の様です。入り口のおばさんに、この博物館にあるという大津絵はどこに展示されているのですかと聞いたら、全く話が通じません。おじさんを呼んできますが、大津絵は、<大津絵の店>に行くのが一番いいですよと言うばかり。博物館に大津絵があるというのは嘘なのか? どうやら大津の人は博物館で大津絵を見たことが無いらしい。大津絵の展覧会をやっている人すら知らないとは何事か? 入り口の案内嬢に聞くと、1,2枚ありますよと言う。再び入館して、大津絵を探す。ありました、1,2枚の大津絵が、いい絵ですが、これがガイドブックにかいてあった大津絵の展示でしたか。大津の博物館で大津絵はちゃんと取り上げられていないのか。大津絵探検の出だしがこれでは、本当に大津に大津絵があるのだろうかと不安になります。あわてて、博物館を出て、次の目標に向かいます。もう夕方です。いそいで大津絵美術館をさがします。圓満院境内に大津絵美術館あるとガイドブックにはかいてあるのですが、そのような看板が見当たりません。庭の手入れをしていた職人さんに聞いて、やっと入り口を見つけました。圓満院の供養の大きな看板に陰に小さく大津絵美術館という看板があったのです。まったく美術館というイメージではありません。大津市歴史博物館の件といい、いったい大津の人は大津絵を大切にしていないのではないかと思ってしまうのです。

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圓満院は1000年以上前に創立され、水子供養のお寺としてしられていましたが、後で、宗教法人が10億円で圓満院の重要文化財を含む建物、庭園を買い取ったことが問題になっているというネット情報を見ました。予想していたイメージと違う原因はここにあったのかもしれません。なにやら宗教法人の活動が盛んにおこなわれているようで、宿坊、精進料理、坐禅、写経、写 佛、投扇興、不動護摩供、僧・尼僧体験等各種体験ができますなどと書いてあります。儲からない大津絵美術館は浮いてしまっているようです。

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この庭園や建物と隣接して、大津絵美術館があります。美術館というより、普通の建屋に、ただ絵が展示してあるだけで、空調もなく、我々以外に訪れる人も一人くらい。寒々しい博物館でした。よく大津絵を知っている人には楽しい所なのでしょうが、初めての我々にはよくわからないことばかり。説明をよんでも、やはりよくわからない。ブログを書くために、大津絵をネットで勉強して、やっと少し理解しました。

大津絵とは、今からおよそ340年昔(江戸初期)、東海道五十三次の大津の宿場(大津の追分、大谷)で軒を並べ、街道を行き交う旅人等に縁起物として神仏画を描き売ったのが、その始まり。やがて世俗画へと転じ、加えて18世紀ごろより教訓的・風刺的な道歌を伴うようになった。神仏や人物、動物がユーモラスなタッチで描かれ、道歌が添えられている。多くの絵画・道歌には、人間関係や社会に関する教訓が風刺を込めて表されている。名も無き画工たちが書いており、作者は記載されていない。大津絵には「大津絵十種」と呼ばれる代表的な画題があり、その護符にはさまざまな意味が込められています。  
民芸運動の創始者である、柳宗悦(むねよし)が大津絵を絶賛し、世に広めたそうです。大津絵には作者の名前が記されていない、いかにも柳宗悦が好みそうな民芸品です。後述する<大津絵の店>には柳宗悦のコレクションが集まっているそうです。寒々しい博物館には、よほど大津絵に詳しい人でないと、展示物の意味がよくわからない。ただただ、よくわからんが、鬼の念仏、藤娘、鷹匠、座頭、槍持奴とか書いてある説明をよんで、そうかいなと思いつつ、やはりなにやらわからずに一まわり。撮影禁止とかいてあるのに、記念にちょっと撮影。

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ネットから絵を集めました(出所が解らなくなってしまい書きません。ネットの著者さんすみません。大津絵の宣伝とおもって許してください)。だんだんわかってきました。ようはお土産屋さんの絵みたいなところから発展して、お守り札にみたいに買うばあいや、風刺絵として面白いからちょっと買ってみたとか、歌や俳句と連動している絵という意味で買うとか。 庶民的に、ちょっと粋な気分で楽しもうという意味合い。今でいえば、1コマ漫画(アニメ)のイラスト図を飾るという気分かな。

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これは大津絵ではなく、円山応挙の下書き(と思う)。面白いので撮影。

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大津絵を知るに、大津というところは何と不親切なところであろうか、とブツブツいいながら、次の目的地、<大津絵の店>に向かいます。もう薄暗くなって、店に入れるか心配しながら、よくからない道を大津の地図もよくわからんとブツブツいいながら歩きます。

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三井寺(園城寺)の大門(仁王門)から残る紅葉を覗き見る。

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三井寺から浜大津方面へ<大津絵の店>を探して歩きます。また、琵琶湖疏水の出発点を通り過ぎて、やっと<大津絵の店>に着きました。

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写真をとってもいいですかというと、いいですよと気軽な返事をいただきました。やっと、心の通った大津絵を見られる場所に出会ったという、ほっとした気分になります。絵葉書と小さなお大津絵のぐい飲みを買いました。

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<長等神社参道>
長等神社から浜大津へ向かう参道沿いに<大津絵の店>があります。大津で大津絵を専門に売っているお店は、どうやらここだけのようです。逆にいうと、大津絵を知りたかったら、<大津絵の店>を訪ねるのが一番の気がします。大津絵教室も開いているようで、そういえば大津博物館で催されていた大津絵展覧会はここの教室の生徒さんの発表会だったのかもしれません。<大津絵の店>が一人で頑張っているという感じです。

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浜大津に向かう道の長等(ナガラ)商店街は休日でほとんどのお店がお休みで、たまたまあいていたお店で小エビと大豆の煮もの(エビ煮)、わかさぎの飴たきを夕食のおかずに買いました。
長等商店街の本屋さんで大津絵に関する本はありますかと聞いたら、大津絵の書き方という本はありますが、それ以外はありませんという返事でした。どうやら、大津の大半人は大津絵にほとんど関心が無くて、大津絵はごく一部の理解者の間で存続している状況のような気がしてきました。

浜大津から一路、東山へ帰ります。

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雷様の大津絵、ぐい飲みは、この撮影の後、机から落ちてコナゴナに割れてしまいました。当方はどうやら大津絵とは縁が薄いのかもしれません。でも、考えようによっては、また大津絵を見に来いと言っているのかもしれません。今度は、少し勉強しましたから、もっと親しく大津絵を見ることができるかもしれません。

これで、大津の旅はおしまいです。 
東京へ戻って、京都から送った段ボール30箱が待っていました。これを、どうやって、我が家に収納するか。家中の大変革が必要です。何を捨てて、何を残すか、何を表に出して、何を奥にしまうか。これから当方はどうするのか、整理とは生き方そのものですから、肉体的、精神的格闘を一週間続けてきました。今日は大みそか、ほとんどの整理が終わりました。来年はどういう年になるのでしょうか。 当方はどこへ向かうのでしょう。 このブログはどうなるのでしょうか?
 明日の新年会の為に、黒豆、ごまめと干し柿のお菓子を作りながら、これまでのことを考え、これからのことを考え、年を越します。皆様もよいお年をお迎えください。


プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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