熊野古道、世界遺産の旅 その1

熊野古道、世界遺産の旅 その1

紀伊半島の秘境縦断 2011年7月28日~30日

熊野古道とはどんなものだろう。なぜ人は熊野に向かったのだろうか。
この紀伊半島の山々に凝縮している信仰の本質とは何のだろうか。
そんな、なんとなく頭にある問いかけを解いてみようとおもったのです。いずれも京都で過ごしていると、この問いかけが湧いてくることは避けられないことなのです。
撮影的には、この問いかけのバックグラウンドを理解する為の風景を捉えるという目的と、当方の本来の目的である、パターンの収集です。後者は神社仏閣にある古い木々とその建物、特に屋根の持つ曲線の2点にしぼられます。
前者はペンタックスK20D-ペンタックス15mm limitedが担当し、後者はペンタックスK5-ペンタックス100mm macroが担当します。 ペンタックス15mm limitedはその場の雰囲気を捉えるには天才的レンズであり、ペンタックス100mm macroは、対象をパターンとしてとらえることしか許してもらえない、強制的に逃げ場のない状況を作り上げるレンズなのです。時々、しんどくなると、ペンタックス43mm limited とペンタックス35mm limited macroが助け舟を務めます。おまけに、今回はペンタックスK20DとペンタックスK5の比較ができるかもしれません。
バスツアーというのは、撮影には最悪の環境である一方で、問いかけに対するバックグラウンドを捉えるには、最も効率的方法です。最悪の環境というのは、時間が無い、自由が無い、集団で動くので、大勢の人が画面に入り込む、移動中のバスからの撮影は至難の業、さらに、大事な場所は撮影禁止という制限が追い打ちをします。 写真を整理してみて、最悪の環境でも、それなりのものを拾ってこられるようになった、自分の根性を、少々誉めてあげようかとおもいます。取材したいなら最初からバスツアーなぞ使うなというご意見はごもっとも。まだ、少しの間社長業を廃業出来ないので、ご勘弁を。廃業したら、ゆっくり取材します。五木寛之のマネをして、龍谷大学に入って、まずは、仏教の勉強から始めようかとまじめに考えています。

7月28日
東京からはこだまのグリーン車で名古屋へ、そこからバスです。
まずは、伊勢神宮(神宮が正式名)へ、外宮と内宮の両方にゆきます。
外宮(豊受大神宮)、豊受大御神(とようけおおみかみ)を祭っています。衣食住の神さまです。 内宮 (皇大神宮)は天照大御神を祭っています。太陽の神格化です。外宮、内宮双方を伊勢神宮の正宮といいます。それ以外に、別宮、摂社、末社、所管社、合計125の社宮を合わせて、神宮という。皇室の氏神、全国神社の本宗と位置付けられています。いつ、出来て、なぜ、そのような地位にあるのかは、本当のところ当方にはよくわからない。20年ごとの遷宮があるのが有名、すでに遷宮の準備が進んでいました。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

まずは外宮に向かいます。外宮から内宮へ向かうのが正しい参拝です。 鳥居の形に特徴があります。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

御正殿(ゴショウデン)を囲む塀にはしめ飾りが点々とついています。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

御正殿の撮影は禁止です。2重の塀に囲まれて、とても撮影は出来ません。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  外宮、土宮

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro  外宮、風宮

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 外宮、第二鳥居と神楽殿

鳥居にも、小さなしめ飾りがついています。
次は内宮(皇大神宮)です。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  五十鈴川と宇治橋

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  内宮、五十鈴川と宇治橋遷宮の跡

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  内宮、新しい宇治橋

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ペンタックスK20D、ペンタックス100mm macro

内宮にはいってすぐ右の神苑は綺麗に手入れされ、緑が美しい。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 五十鈴川と御手洗場

川で手を清める。観光客の何人かが、バランスをくずして川にドボンと落ちるそうだ。なんとなく落ちてもいいかと思わせる綺麗な川である。全身を清めることになるので、まああいいかということになる。
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熊野古道、世界遺産の旅 その2

熊野古道、世界遺産の旅 その2

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro 五十鈴川

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

古い木々が生命を表現する。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

木の下が竹で覆われているのは、観光客が抱きついて、木が痛むから保護するためだそうだ。人は、本当は、みな、木が好きなのだ。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

みなが抱きつくから、ピカピカになっている。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

御正宮は階段のところから、撮影禁止。

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オリンパスμ830

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 御稲御倉(ミネノミクラ)

正宮は撮影禁止なので、古典的神殿を撮影できるところは喜んで撮影する。朽ちた古い屋根と派手な金属飾りの対比を記録する。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro 神楽殿

遠景でも100mm macroは丁寧に描写する。瓦屋根が生き物の様に迫ってくる。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro 神楽殿

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  内宮神楽殿

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

これらの屋根の曲線パターンの使い道をすでに考えています。今のところマル秘です。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 宇治橋と鳥居

天照大神は女性であるから、女性を祭る神社の鳥居は下のバーが横に突き出ない。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 五十鈴川

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

内宮のすぐそばにおはらい町があり、その中におかげ横丁があります。

熊野古道、世界遺産の旅 その3

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

白鷹の立ち飲みがあったので、さっそく一杯。白鷹は40年前、酒問屋に関係していた祖父のお供で、訪ねたことがある、灘の辰馬酒造のお酒です。なぜおかげ横丁に店があるのですかとたずねたら、伊勢神宮のお神酒として白鷹が使われるからです、という答えでした。なるほど。店のおばさんに撮ってもらった写真です。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

ひもの塾というお店で、伊勢の海産物を焼いて売っていました。これ、これですよ、私の食べたいものは。ウニ焼きを食べました。伊勢の名物、大あさりもたべたかったのですが、時間が無い。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

美味しいウニ焼きに家内もご満悦。当方はこの前に、地ビールと牡蠣フライでいっぱいやっています。みんな美味しい。幸せ。

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オリンパスμ830

地ビールと牡蠣フライ

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

おかげ横丁は、赤福の支援で出来上がった横丁で、その入り口に赤福の本店があります。赤福というのは、この地域では大変な存在なのです。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

この赤福のお店で、かき氷を食べられます。赤福が2個はいっている抹茶かき氷です。大変な人気。実際とても美味しい。これは、順番をいっぱい待っても食べるべき、推薦です。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

またもや、家内はご満悦。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

この橋(新橋)のたもとが赤福の本店。こんな驚異的、お菓子はないですよ。一種類のお菓子が、日本中で、毎日どれくらいの売れていることか、それがどれくらい維持されていることか。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

おかげ横丁の入り口。時間が無くて、ちょっと通過する事しかできなかった。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro 

いよいよ雨が降ってきました。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

この五十鈴川の新橋のたもとが赤福です。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited  的矢湾と的矢湾大橋

真珠養殖の的矢湾に向かいます。伊勢志摩ロイヤルホテルが今日の宿。食事はバイキングでなくて、なにを食べたか忘れてしまいましたが、結構食べられました。よく行き届いたホテルです。

熊野古道、世界遺産の旅 その4


熊野古道、世界遺産の旅 その4

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

7月29日金曜日
真珠のお店で、当然、何も買わないつもりでしたが、思わす、家内に真珠のピアスを薦める。結構、ユニークな色とデザインで2人とも満足。 瀞峡(ドロキョウ)でウオータージャット船に乗る予定でしたが、大雨の影響で、運航中止。直接、熊野速玉大社、熊野古道散策、那智の滝、熊野那智大社とめぐる。今日は少しばかり歩く日です。

伊勢志摩から尾鷲市、熊野市、新宮市まで結構な距離がある。

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

七里御浜を過ぎて、新宮市に入る。

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

新宮市から熊野川にそって少し山に入ると、熊野速玉大社があります。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited 熊野速玉大社(クマノハヤタマタイシャ)

熊野三山の一つで、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録されています。大体西暦1000年くらいに、熊野三山が互いに連動した形で、三山を管理する三山僧綱の下に那智一山の管理組織が設けられました。禰宜(ダンナ:特定の寺院に属してその経営を助ける人)や神主が存在せず全員が社僧という修験者達の霊場であったと書いてあります。平安末期(1100~1200)が熊野三山と熊野古道が霊場や参詣道として絶頂期であったようです。

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ペンタックスK20D、ペンタックス43mm limited

ここは撮影してもよいか悪いかわからないが、とにかく撮影。おとがめなし。

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ペンタックスK20D、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

なかなかいい曲線を収集できました。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited
着るものを常に、行く先に合わせていることを主張しています。


新宮まで戻って、那智から大門坂熊野古道に向かいます。大門坂熊野古道は、熊野那智大社までのコースを皆さん歩きますが、我々はそのほんの一部を歩いて、残りはバスで那智大滝まで行きます。熊野古道といっても世界遺産に指定されているところと指定されていないところがあるそうです。大門坂熊野古道は世界遺産です。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

さて、いよいよ熊野古道を歩きます。いろいろなところに熊野古道のコースがあるようです。12時間コース、6時間コース、3時間コース、いろいろあります。我々は、20分くらいしか歩きませんでした。急な山道をごつごつの石段を上るので、結構大変な歩きであることがわかりました。むかしは石段がコケむしていたので、つるつる滑って、さらに大変だったそうです。山をこえ、また山をこえ、河原の道や崖の道、尋常な道ではありません。関東のトレッキングコースの方がよほど歩きやすい。このツアーの名前の様に、紀伊半島熊野はまさに秘境なのです。むかし多くの人があるいた道だから、大したことないと思っていましたが、紀伊半島の熊野地区はほかの地域とはちがった、とても独特な、まったくの秘境であることが、驚きでした。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

我々は、比較的歩いやすい熊野古道をチョロッと歩いて、上で待っているバスに乗って、那智の滝に向かいます。楽ちん楽ちん。自分で全てを計画して熊野古道を歩くとなると、結構大変ですよ、これは。

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オリンパスμ830

熊野古道、世界遺産の旅 その5

熊野古道、世界遺産の旅 その5

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited
 
那智の滝へは、バス停から階段を130段おります。木陰から那智の滝が見えてきました。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

五木寛之の手記などから、ものすごい幽玄の世界と思いきや、人がいっぱいで、幽玄どころではありません。わっせわっせと階段を下りて、またわっせわっせとバスに戻ります。いそがしいこと。

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

マクロで水のパターンを収集、この使い道はまだ考え付いていません。

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

さらに、熊野那智大社に、またわっせわっせと473段の石段を上ります。

<神武天皇が熊野灘から那智の海岸“にしきうら”に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのをみて、この大瀧をさぐり当てられ、神としておまつりになり、その御守護のもとは、八咫烏(ヤタカラス)の導きによって無事大和へお入りになった>とネットで説明がかいてありました。神武天皇は宮崎県あたりで紀元前711年に生まれた、日本初代天皇とされている。神武天皇は盛んに東に向かって勢力を拡大し、なぜか、紀伊半島で長い壮絶な戦いをする。天照大神(卑弥呼のことだという説がある)に霊剣をもらったり、八咫烏をつかわされたり色々助けられながら、紀伊半島を制圧して、橿原を都とし、橿原宮で天皇に即位する、だから橿原宮は地位が高いのだ。天照大神は皇室の祖神であり、それを祭ったのが伊勢神宮だから、伊勢神宮が特別であるわけだ。八咫烏については後でまた書きましょう。
熊野那智大社は熊野三山の一つ。熊野本宮大社(この後たずねる)と熊野速玉大社(この前にたずねた)の3つの神社が世界遺産に登録されています。熊野三山は神社というが、仏教的要素が大きいようです。平安時代の末期には、阿弥陀信仰が強まり、浄土教がさかんになり、なぜか熊野が浄土とみなされるようになりました。歴代の上皇(皇位を後継者に譲った天皇)が熊野参詣を行い、奈良の東大寺を作った後白河院(1127年生まれ、77代天皇)は34回も熊野詣をおこなったといわれています。熊野古道全盛時代です。


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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

天然記念物の枝垂れ桜(法皇桜)

熊野那智大社で、正式参拝をしました(瀞峡下りがキャンセルになったかわりです)。第6殿まであって、宮司さんがいろいろ説明してくれました。みんな忘れてしまいました。やたら熊野那智大社を自慢していたという記憶しかありません。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

これも使えそうな曲線パターンだ。43mm limitedもやりますね。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

明治の神仏分離令は廃仏毀釈を誘導して、お寺がひどい目にあったところが多かったけれど、ここではお寺が分離され、熊野那智大社のすぐ隣に、那智山青岸渡寺として立派に存続しています。西国三十三所第一番札所です。おもしろいもので、神社で祈る時は、ファルマフロンティアの関係者の全員が幸せになりますよう、なにとぞよろしくお願いしますとか祈るのですが、お寺で祈る時は、これまで、楽しく暮らせました、まことにありがとうございました。これから残された年を静かに、有意義に暮らせますようにとお祈りするのでした。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

神社と違って、こちらは何やらとても古い木材の建物です。

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス43mm limited

青岸渡寺の境内から見る那智の滝は、すこしばかり幽玄な雰囲気を漂わせていました。秘境の中の大滝に最初に出会った人はそれはびっくりしたでしょう。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

那智からまた海に出て、那智勝浦町まですぐ、今日は、勝浦のホテル浦島にお泊りです。舟で渡る島に4つのホテルがあり、全島でホテル浦島が形成されているのです。全島を買い切り、これだけのドデカイ施設を先行投資した人は大変勇気のある人だったのでしょう。失敗したら、とんでもないことになっていたはずです。経営者の端くれ(そこまでも行きませんが)として、その勇気に感服するとともに、その後の苦労もひしひしと感じるのです。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

ここのお風呂を皆巡ると2時間以上かかるそうです。我々は、一番有名な、海の波がよせる洞窟のお風呂、忘帰洞と近くのもう一つのお風呂だけで満足。夜はバイキング。マグロの解体ショウまであります。料理の味はというと、なにも記憶に残らない程度。おはらい町のカキフライ、焼きウニ、赤福氷の味だけがよみがえります。

熊野古道、世界遺産の旅 その6

熊野古道、世界遺産の旅 その6
7月30日(土曜日)
ただただ、この経営者の苦労を感じながら、ホテル浦島を後にします。
バスはいよいよ秘境中の秘境を勝浦から高野山まで縦断してゆくのです。 なんといっても熊野川が印象的。瀞峡下りをしているはずの熊野川ですが、その流れは、見るだけでもものすごく魅力的です。

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

河に沿う熊野古道が点々とあります。お金持ちは船で下り、庶民は歩いて熊野を目指したのです。

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

河の途中の島に熊野本宮大社がありました。洪水で2/3が流されたので、山のうえに移築したのです。その島の入口にある日本一の大鳥居。

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

移築した熊野本宮大社には階段を上がらなければなりません。

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

こちらは、白木作りです。

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ペンタックスK20D、ペンタックス35mm limited

島から移した古い建物が、信仰のものすごい力を感じさせます。

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ペンタックスK20D、ペンタックス100mm macro

この熊野地域の神社のシンボルがヤタカラス。三本足のカラスです。日本サッカーのシンボルとして有名になりました。我々、韓流ドラマ派からいわせれば、朱蒙大将(紀元前、高句麗を建国した)の掲げる、高句麗のシンボルが三足カラスなのです。どう見ても、朱蒙大将の方が先でしょう。日本の熊野のヤタカラスは朝鮮から流れてきたのでしょう。神武天皇は紀元前700年ですから、数字上は朱蒙より前ですが、どうも、この神武天皇の神話はリアリティーがない。
この3本足の意味は諸説あるのですが、<中国では古代より奇数は陽を表すと考えられており、中国神話で太陽に棲むといわれる三足烏は太陽の象徴であった。高句麗国の道教や日本の神道でも古来3は太陽を表す数とされてきた。高句麗国の建国に関わる神話に、太陽の中に棲む三本足の鳥が登場し、これがヤタガラスと同じものとする見方がある。>というネットの説明が比較的わかりやすい。私は、そんなめんどくさい話ではなくて、中国が起源で、朝鮮を経て日本に伝わったと思っています。
韓国も日本も歴史を知らずに、日本が八咫烏のマークをつけて、韓国とサッカーの試合をしている様を思い浮かべると、とんでもなくメチャクチャな感じがします。
一生懸命ヤタカラスの面白いお守りを探したのですが、皆、サッカーファン用のお守りの用で、どれも気に入りません。結局、まずまずのデザインのお札を買って、PCバックに入れています。

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ペンタックスK20D、ペンタックス100mm macro

見てください、この垂れ幕を。神を父に、仏を母にという文言が書いてあります。ここまではっきりと、神仏共存を主張しているところは初めてです。
これから、さらに秘境を高野山まで走るのです。この不思議な地域の信仰は、なんなのでしょうか。ヤタカラスと三足カラスの関係は?

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

熊野本宮大社の階段に並行して、熊野古道が走っています。またほんのわずかの熊野古道の旅です。


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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

道は、ほそいくねくね道で、大型バスがすれ違えません、それどころではありません、普通小型車とバスがすれ違うこともままなりません。すこし広い所まで、どちらかがバックするか、待機しているかしてすれ違うのです。やたらダンプカーが走っていて、無線で連絡しながら、すれ違いの場所を探すのです。


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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK20D、ペンタックス43mm limited

相変わらず、熊野川の源流が続きます。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

私が、この熊野川の地域を、独特の秘境と感じている意味は、その山にあります。それほど高くない山ですが、常緑針葉樹であるヒノキがびっしりと山を覆い、どこまでも、どこまでも山が続きます。関東の落葉樹の山々から見ると、なんともうっとおしい。

熊野古道、世界遺産の旅  その7 (最終回)

熊野古道、世界遺産の旅  その7 (最終回)

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

日本最大の村、十津川村にかかる、最大のつり橋が本旅行の売り物の一つです。このツアーはなんとバス3台、130人の参加者なのです。こんなツアーは初めてです。つまり大変人気があるということです。20人以上いっぺんに乗ってはいけないというつり橋ですが、130人がどっとわたり始めると、尋常でない揺れが起きて、高所恐怖症の当方にはとても渡りきる気力がありません。特に意地をはっても意味ないので、さっさと撮影にまわります。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

面白いですね、てっきり15mmが迫力がでると思っていましたが、100mmマクロの方が迫力が出ました。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

川沿いや山肌のところどころに、集落があります。何で、こんなところに住むのだろうかと思うのですが、住んでいる人はよけいなおせわだと言うでしょう。谷を渡る野猿(一人乗り人力ロープウェイ)だけが、対岸の集落をつなぐ唯一の手段であったりするわけです。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

熊野はヒノキです。林業が盛んでした。集落は、林業で生まれた集落でしょうか、熊野古道の宿場として生まれた集落でしょうか、平家の落人や戦国時代の落人が密かに隠れて大きくした集落でしょうか。とにかく、なんでこんな秘境に、こんな不便なところに集落が点々とあるのでしょう。 台風で大雨が降るとすぐ陸の孤島になる集落がいっぱいあるのです。4時間ほど、くねくね山道を高野山へ向かって走ります。食事の時間もなく、バス内で<めはりずし弁当>をたべます。さすがにこのくねくね道にはうんざりです。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

そうこうしているうちに、高野山が近付いてきました。いまにも雨が降りそうな天気です。

<「高野山」とは、八葉(蓮の花)の峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)と呼ばれる峰々に囲まれた盆地状の平地の地域を指す。平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗、ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地である。現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺をはじめ117か寺におよぶ。>とネットに説明があった。我々は高野山の壇上伽藍と共に二大聖地の一つである奥の院(世界遺産)にだけ参拝します。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

高野山は専門のガイドさんが奥の院を案内してくれました。しゃべることしゃべること、 興味深い話ばかりでしたが、ほとんど忘れてしまいました。

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

色々な企業のお墓、偉い方のお墓、歴史上の大人物、皇室、公家、大名などのお墓、色々なお墓の説明を受けました。弘法大師の御廟と灯籠堂があります。

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK5、ペンタックス100mm macro

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ペンタックスK20D、ペンタックス15mm limited

この門の上に貼ってるのは、切り紙で、しめ縄の代わりだそうです。この地域では一年中しめ縄が飾ってある家がいっぱいあり、通常のスタイルだそうです。

うまく説明できませんが、とにかく高野山はすごいエネルギーを感じる、他に例をみない空間です。宗教都市というよりは宗教独立国家のようであります。もう一度ゆっくり行くべきところと思いました。

神社だ、お寺だいろいろ回って、頭はグチャグチャになっています。でも高野山はなにかすごく迫ってきます。お土産は、当然ゴマ豆腐。3年間連続モンドセレクション金賞受賞とかいてあります。世界が認めた味ということで、本当に美味しい。一緒に買ったゴマせんべいもおいしかった。

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ペンタックスK20D、ペンタックス43mm limited

最後に大門(高野山全体の総門)を通って、大阪に向かって帰路につきました。新大阪までひた走り、ひかりに乗って東京に戻りました。

最後に紀伊半島、信仰の地をまとめてみましょう。ズバリ、ここが信仰の中心地となったのは、紀伊半島が朝鮮半島に似ているからと思います。京都や比叡山も含めて、渡来人は朝鮮の母国を似た風景を意識的に、あるいは無意識に探していたのです。朝鮮半島の南、海に面した山々の奥深く寺院が点在しています。韓国の宗教はアミニズム、日本でいえば神道と儒教が混合し、さらに仏教が入り込んできて、日本とよく似ています。しめ縄や鳥居も渡来人が持ち込んだのでしょう。そのルーツは当然中国雲南省・ビルマなどの奥地ということになります。三足カラスも中国を起源に、渡来人が持ち込んだのでしょう。すべて紀元前の宗教形態です。日本が国家として形を成してきたのは、紀元後のことですから、そのころの天皇は、天皇の起源をありがたいものとする為に、渡来人の母国の思い出を元に神話を作り、母国から持ち込んだと思わせないために、紀元前700年くらいまでさかのぼらせたのでしょう。この渡来人の潜在的DNAが神秘的秘境の高野山、熊野一帯に、聖地を形成していったのでしょう。浄土思想の元に、熊野地域の寺から海の彼方の浄土へ旅立った僧たちの行動は、きっと朝鮮でも似たようなことがあったのかもしれません。(海の彼方というと、なにか起源は南方系で、当方の御先祖がルーツのような気もするのですが?????)
ここでいう渡来人は現在の韓国人とは必ずしも同じでないかもしれません。朱蒙に出てくる百済・高句麗などの夫余・濊系民族は、現在の朝鮮人、満族、新羅系の人種とは違うのです。夫余系はむしろ日本に移動しているのです。そして日本で縄文系と弥生系(渡来人)の抗争と、渡来人の中での新羅系と百済系の抗争がいりみだれて続くのです。
  ふと、当方は韓流ドラマに引きずられすぎているのではないか、韓国が意図的に、韓国が日本のルーツであることをドラマの中にすべり込ませているとしたら。そうかもしれない。直接ドラマでは朱蒙が日本のルーツとは一言も言っていないのですが、朱蒙が日本のルーツであるという説が元々あるわけで、朱蒙のファンを日本に作ることは、その説が日本に受け入れやすくするわけです。それに対して、日本はなにもしない。日本のルーツに関してなんの興味もしめさない。お笑いバカテレビをみて毎日をすごしている。バカテレビを見ない人は見る物もない。
韓国をクソミソに言う日本のコメントと日本をクソミソに言う韓国のコメントがネットで目立つばかりです。他人の喧嘩よりたちの悪い兄弟喧嘩みたいで、悲しいことです。日本も混合民族であり、韓国も混合民族です。そんな白黒はっきりした結論は出ないに違いありません。しかし、世界での日本の位置づけを理解し、これからの日本のありかたを考えるには、日本の歴史を出来るだけ理解しようとするのが当然でしょう。
ルーツの理解は重要ですが、その後の日本は確実に日本独特の文化を創り上げてきました。その過程とこれからの進展がさらに重要なのです。分断されているその流れをいかに日本の中心軸に戻すかが問いかけなのです。陶芸教室のイラン人の先生は、日本の方がずっとましだ、イランはもっとズタズタだといっていました。中東は政権がかわると、仏像がみんな爆破されたりする世界です。日本では京都も熊野も頑張っている。バラバラに存在している日本を、そのルーツからきちんと配列してみようではないでしょうか。そうすれば、その先が見えてきます。

話はぜんぜん変わりますが、ペンタックスK5とペンタックスK20Dの比較はどうなったのでしょうか。ペンタックスK20Dはすでに店頭から消えた商品ですが、2万円くらいで買える一眼レフとして中古市場でマニア向けに商品価値を持っているカメラです。当方の一眼レフの設定は焦点エリアを中心点一本として、露出検出エリアを中心点より少しばかり広くとります。露出を中心点一本にしますとさすがに全体像とずれが大きくなりすぎますが、なるべく狙った場所、中心点に焦点も露出もフォーカスするのです。 説明写真を撮っているのではないので、当然の結果です。このやりかたですと、ペンタックスK20Dはかなり暗めにとれることが多く、撮影後、ほとんど中間の明るさを補正して明るくしています。時間がある時は、カメラの露出設定をプラスにしたりマイナスにしたり動かしたりしますが、今回のようなツアーではいろいろ設定を動かしている時間がありません。ペンタックスK20Dが暗めにとれるということは有名な話ですが、当方にはそれが具合いいのです。暗めの画像を修正した画像はとても当方の好みに合う色になるのです。彫の深い濃厚な色です。ペンタックスK5は同じ設定でもちょうどいい感じの絵が撮れます。しかし、時々ポンと明るすぎる画面になることがわかりました。高野山の杉の木をみてください。全体が暗い杉林にはいると、それに合わせて露出がオーバーになりすぎるのです。露出オーバーになった画像の明るさを修正してブログにのせています(当然現場で修正して撮り直すべきなのですが)。ペンタックスK5の露出オーバーの修正は何とか使える絵になります。しかし、暗めの画僧から修正した絵のほうが圧倒的に好みです。そんなわけで、どんな時でもペンタックスK5はある程度の絵をつくりますが、全体としてはペンタックスK20Dの絵の方が当方の好みなのです。以前ブログに書いた、画質(画像の好み)、K20D>K5>K7、信頼性K5>K20D>K7という印象は今回の旅でも同じ印象を持ったということです。さすがに、連写や高速AFに関してメカ的にK20Dを推薦できませんが、自然の写真を撮ることが目的のほとんどならば、高いから一眼レフに手が出なくてもんもんとしている人は、思い切って中古K20Dを買ってください。K20Dはしっかりしています。古典的ペンタックス技術者入魂の一品と思っています。 エントリー機とは手ごたえが全く違うのです。当方は今でも、K5とK20Dを全く同等の信頼を持って扱っています。K20Dから初めて、コツコツと中古limited レンズを買い込んで、最後にK5なり、その次の商品なりを買うのです。高倍率ズームはタムロンの中古(新品はペンタックス用マウントがない種類が結構あるので注意)から始めてもいいですが、それで満足することは無理でしょう。今度の旅はlimited レンズ一本でゆきましたが、問題となる画像はありませんでした。やはりK5といっしょに購入したペンタックス18-135mm高倍率ズームは無理です、問題が多すぎます、使えません。

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朱蒙に出てくる三足烏の図はかなり模様化されています。熊野の八咫烏よりなにやら歴史を感じます。どこかにルーツがあって、色々な変遷を経てこの形になっていったにちがいないという意味です。熊野の八咫烏は、話が先にあって、あとから形ができた。いかにも三足の烏はこんなであろうと作った形に見えます(神社によってそれぞれ少しずつ形が違う)。

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日本が八咫烏をサッカーに使っても、韓国人がとんでもなく怒り狂わないのは、このシンボルが今の韓国人のシンボルではなくて、高句麗・夫余・百済系の民族のシンボルだからかもしれません。新羅系と夫余・百済系は混血しているでしょうが、圧倒的に新羅系DNAですから。日本人のほうが夫余・百済系DNAの混じりが多いかもしれません。そういう意味では八咫烏を日本でシンボルとして使うことは自然なのかもしれません。朱蒙に刺激されて、同じような文をネットにかいている方いっぱいいます。朱蒙を見ていない方はだまされたと思って是非みてください。
日本のテレビに韓流ドラマが多すぎるという文句がありますが、韓流ドラマのほうが一生懸命作っているからしょうがない(決して全部まともというわけじゃないですよ)。文句があるなら、日本のドラマも一生懸命作ればいいのです。一生懸命やることをバカにして、だらだらいい加減に生きている人間の視聴率を中心に作っている日本のテレビでいいわけないでしょう。(<仁>はひさびさに面白かった、やればできるのですよ。)
  そうそう、朱蒙は中国の韓国侵略行動を阻止することが目的で作られたという説がありますが、これは大いに納得できます。かれらは圧倒的に真剣です。
古代日本の建国の英雄のドラマをつくっても誰も見ないし、周囲の国からたたかれるだけだから、誰も作らない。当方が残された人生で脚本を作ってやろうかな。

今回の旅の戦利品はわずか、真珠のピアスと、那智黒でつくった八咫烏(相当変わった形。熊野那智大社への参道石段の途中の石細工屋さんでやっと見つけた)だけ。シンプルなこと。

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ペンタックスK5 ペンタックス43mm limited

家内用お土産:真珠のピアス(1万円)

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当方用お土産:那智黒石、八咫烏キーホルダー(名前彫込500円)

本題の、熊野古道について対して、これまでちっとも書いていませんでした。少し調べます(いろいろなブログから情報を頂戴していますので、ブログの作者さん、すみません使わせてください)。
京都からは片道320km, 15日間の旅とあります。往復一か月、人生を振り返るには、あるいは人生の再生を願うには丁度良い距離だったのかもしれません。

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熊野古道らしい、コースは大雲鳥/熊野那智大社(那智勝浦町)から小口(熊野川町)/和歌山県 14.5km 7時間のコース 標高800m前後の尾根コースです。以下の説明がついていました。帰り道のような説明になっていますね。海岸周りで来て、本宮へ行くことを兼ねた帰り道として多く使われたのでしょうか。

<熊野三山詣でを終えた旅人は、背後に聳える那智・妙法の山を登り、雲の中を行くがごとき、大雲取・小雲取を越えて本宮へと戻ります。青岸渡寺の裏手から、那智高原を越え、その名の通り、熊野灘を一望できる「舟見峠」へと登った後、死者が赴くといわれる標高約 800~1000mの熊野の山塊を進みます。人跡稀な石倉峠、越前峠、胴切坂等の険しいルートの途中には旅籠跡・茶屋跡が点在し、今も旅人の心を和ませてくれます。熊野三山の神々が集まって談笑した場所といわれる「円座石」を過ぎれば、程なくでゴールの小口に到着。清流「赤木川」沿いに開けたこの集落は、大雲取と小雲取の中継点として賑わった所です。>

我々は、上図の左端のごく一部、大門坂のまた一部を歩いたにすぎません。大門坂熊野古道の途中から(下図600mの1/3も歩いていないでしょう)。バスで那智の滝へいって、さらにバスで神社前バス停に行き、熊野那智大社の参道石段を上がったのです。

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熊野古道の全体図です。我々は伊勢神宮から熊野三山をお参りして、高野山へ向かったのです。

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すごい図面がネットに出ていましたので、ご参考までに。王子とは参詣途上で儀礼を行う場所とされています。主たる儀礼は奉幣と経供養(般若心経などを読経する)であり、正に、神仏混淆的です。単に物品の補給をおこなった場所とは考えられていません。中世熊野詣において先達をつとめた熊野の修験者によりまず形成され、それが発展して、参詣者の庇護の祈りの場になったようです。これで、秘境の集落の由来の一部がすこしわかった気がします。

<大雲鳥/熊野那智大社(那智勝浦町)から小口(熊野川町)コース>というのは右下の熊野三山から中央下の熊野本宮大社へのコースにあたります。熊野古道はいろいろあって、いやいや面白そうですね。今度は本格的に挑戦してみましょう。
プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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