京都の道その2、東大路ー1

南イタリアの旅から帰りました。無事といえば無事なのですが、ここのところかかえている身体的トラブルがあり、あまり頑張ってブログを書けません。この問題に関してはあとで書きます。すぐに南イタリアの話を書こうと思ったのですが、そういう事情でしばらくはとても無理です。京都の道その2でつなぎます。かなり季節はずれの写真から始まりますが、頭を切り代えて見ていただければ、京都の案内として結構面白いとおもいますよ。南イタリアの旅のアップまで1か月はかかるでしょう、それまで京都の道シリーズをぜひよろしくお願いします。

京都の道その2 東大路-1

東大路は京都市の北の端から南の端まで続く非常に長い大きな道です。京都の有名なお寺の殆どが東大路と関連しているといっても過言ではありません。それらの参道は東大路と連結しています。その全てを御紹介することは大変すぎます。気に入っているお寺を5つ御紹介して、東大路のお話とします。北の端にある修学院離宮は切に行きたい所ですが、申し込んで許可を得る必要があり、まだ残念ながらそのチャンスに巡りあっていません。3回の別々の日に取材しています。日付順にご紹介しましょう。



2009年6月27日(土曜日)
真言宗智山派 総本山智積院(チシャクイン)は外見が新しいそうだったので、これまで特に興味を引くお寺ではありませんでした。東大路のかなり南、七条通りとの交差点にあります。 桔梗(キキョウ)の花が見ごろであるという情報があったので出かけました。入口からキキョウが出迎えます。

hh2.jpg

hh3.jpg

hh4.jpg

金堂への参道です。初めて訪ねてみましたが、本当に京都のお寺はしっかりと出来上がっていますね。感心するばかりです

hh5.jpg

静かな境内は、訪れた人をたちまち、別の世界へ引き込みます。

hh6.jpg

キキョウの花言葉は清楚、気品だそうです。武士も好んで家紋としています。なにかいさぎよさと、静かな愛情を感じます。

hh7.jpg

hh8.jpg

このお寺にも紫陽花がかなりの数、咲いていました。

hh9.jpg

hh10.jpg

hh11.jpg

この門の前にある展示部屋(収蔵庫)に驚いたことに、長谷川等伯一派の絵が展示されていました。実は知らなかったのです。何でお寺はこういういいものを持っているのでしょう。
スポンサーサイト

京都の道 その2、東大路ー2



国宝の等伯の楓はすばらしい。自然の描き方のヒントが満ち溢れています。

hh112.jpg

松に立葵図もいい。

hh13.jpg

利休好みのお庭といわれているそうです。いいお庭です。

hh14.jpg

この絵の作者は忘れました。近代の作家ですがいい絵と思います。

hh15.jpg

青モミジの中にある赤は思わず記録してしまいます。

hh16.jpg

こういう屋根の美しいパターンやいろいろなパターンがシンホニーのように、頭脳の中に特別な空間を作ってゆくのです。

hh17.jpg

hh18.jpg

実は、若いころ、当方を花にたとえるとキキョウであると言われたことがあるのです。キキョウとはなんとなくさびしげで頼りなくひっそりと咲く花という印象で、あまりうれしくなかったのです。言われてみれば、当時はそんな感じだったのかもしれません。家内にいわせると、今でもそういう感じであるといっています。でも花言葉が清楚と気品であるなら、いいかもしれません。五芒星(ごぼうせい、ペンタグラム)はキキョウのパターン化であるとか、即ち魔除けの印とか、キキョウサポニンが害虫を寄せ付けないとか、結構しっかりしているではないでしょうか。

hh19.jpg

hh20.jpg

花が開く前に袋状になることが特徴だそうです。

hh21.jpg

hh22.jpg

hh23.jpg

苔の上で咲くキキョウ

hh24.jpg

キキョウの葉っぱはなかなかいいリズムパターンを持っていることに気づきました。花が咲く状態になると、この葉っぱも広がってしまい、このパターンと咲いた花は決して同居しないことも分かりました。

hh25.jpg

まじまじとキキョウを見た印象と等伯の印象をきざんで、智積院を後にします。

京都の道その2 東大路ー3

ふたたび京都の道にもどります。

京都の道その2 東大路ー3

2010年4月25日京都国立博物館で開催された、長谷川等伯展(没400年)から、ちょっと等伯の作品をみてみましょう。結構混んでましたよ、30分は並んだでしょうか。以下の等伯の絵は、展覧会のカタログのコピーです。

hh26.jpg

松に鴉・柳に白鷺図屏風(一部)
この図は鴉の部分ですが、真っ黒いカラスがパターン的表現で当方の好みです。

hh27_convert_20101210211954.jpg

枯木猿猴図(一部)
この年代になるとやわらかい筆使いと鋭い筆使いをまったく自由に使い分けています。

hh28_convert_20101210212058.jpg

禅宗祖師図襖(一部)

hh29_convert_20101210212145.jpg

山水図襖(一部)

hh30_convert_20101210212240.jpg

仏涅槃図(一部)

hh31_convert_20101210212322.jpg

仏涅槃図(全体)
驚くべき大きな図です。

hh32.jpg

波濤図(一部)
時々見せる、鋭い筆使いは、晩年の霧にかすんだ風景とは違った魅力があります。

hh33.jpg

萩芒図屏風(一部)

hh35.jpg

萩芒図屏風(一部)
このあたりの画風は見やすい。当方は好きです。

hh36.jpg

楓図壁貼付(一部)
この時代だけ、金地で派手やかな雰囲気で、やはり印象的です。

hh44.jpg

柳橋水車図屏風(一部)
派手な時代の名画。


等伯はその時その時で異なるテクニックを習得して、晩年はテクニック的にはなんでもできてしまう状況に至っていると思われます。

hh40.jpg

大徳寺三門壁画、(一部)

  hh45.jpg

松林図屏風

hh46.jpg

松林図屏風(拡大)

晩年の等伯の作風は、もっともみなさんのお気に入りと思います。彼にとっては、これまでの技術の一端に過ぎないように思います。晩年になると彼はやろうと思えば何でも出来てしまう。たまたま、この絵が最後になったに過ぎないのでしょう。


京都の道 その2 東大路ー4

京都の道 その2 東大路ー4

hh47.jpg

智積院の斜め向かいの東大路沿いに、よさげな陶器屋さんがありました。森陶商さんです。本格的清水焼、京焼がきちんと飾られていました。皆、当然高価です。よって、見切り品の京焼風ガラス食器(カップ)を2つ買いました。一つ1000円です。ビールを飲むのにつかっていますが、いい感じですよ。第6感として、ここはいいお店です。伝統と時代の流れの双方をきちんと理解しているお店と見ました。

hh48.jpg

<1つ1000円の見切り品> 

hh49.jpg

森陶商のさらに南へ、塩小路に入ってみました。西の正面に京都タワーが見えます。少し行くと三十三間堂の門に出会います。さらに、塩小路を取材しようと思いましたが、いけどもいけども面白そうなところにであいません。あきらめて東大路にもどります。その前にちょっと三十三間堂によりましょう。

hh50.jpg

三十三間堂は京都かから近い素晴らしいお寺のベスト3に入ると思っています。すこしご紹介しましょう。京都に来たお客さんに、ちょっとだけ時間があるのですが、京都のどこへいいったらいいのでしょうかと聞かれたら、1.5時間あったら、東本願寺と渉成園にいったらどうですかと言い。2時間あったら三十三間堂にいったらどうですかと言い。3時間あったら三十三間堂と東寺にいったらどうですかといいます。海外の方に一か所、京都を見せるなら三十三間堂でしょう。

hh53.jpg


hh52.jpg

手前にある国宝の像達は、みごとな世界に誇れる仏像と思います。後ろに控える千手観音の壮観さは、仏像の良し悪しが解らない人でも、素直に感激できるでしょう。芸術性からいえば、手前の仏像が後ろの仏像と比較にならないくらいの価値があると思っています。手前の仏像は一つ一つ丁寧に見て行くと、来るたびに新しい発見があります。撮影出来ないことが、とても残念です。撮影することは、じっと見つめることになり、さらに新しい発見ができるのですが。ここは祈るところで撮影するところでないという考えは狭いと思います。感動を与えることは、人を動かすことであり、その媒体が祈りでも撮影でも同じことと思うのです。ただ、最近のカメラファンは、マナーを心得ていない人が多いので、やはり撮影禁止ということになるでしょう。三脚筋禁止とかフラッシュ禁止とかいっても守らないし、どこへでも入りこんで、人を押し分けて撮影する人が少なくないのです。静かに、祈るように撮影したいものです。
 国宝、風神、雷神像と二十八部衆像のごく一部を、全て三十三間堂本坊発行の国宝三十三間堂という本からのコピーで載せます。仏像に興味無い方は退屈でしょうが、この仏像達は特別です。鎌倉時代、大仏師湛慶ひきいる慶派仏師の作といわれている。かれらのルーツはわかりませんが、こそ日本的仏像芸術の一つの極致だろうと思います。これだけの仏像が脈々と受け継がれていることのありがたさを感じない方はよもやいらっしゃらないと思いますが。以前も書きましたが、浮世絵と同時にこの仏像達がヨーロッパに渡ったら、世界の彫刻は今とは違った状態になったであろうと思うのです。

hh54_convert_20101211221637.jpg

<風神>

hh55_convert_20101211221714.jpg

<雷神>
この風神、雷神のど迫力はどうしようもなく素晴らしい。

hh56_convert_20101211221744.jpg

<大弁功徳天像 ダイベンクドクテンゾウ>

hh57_convert_20101211221840.jpg

<昆楼博叉像 ビルバクシャゾウ>

hh58_convert_20101211221904.jpg

<密遮金剛像 ミッシャコンゴウゾウ>

hh59_convert_20101211221929.jpg

<婆籔仙人像 バスセンニンゾウ>

この仙人はいろいろなところで出会います。中国にも出没しますが、詳細不明。この迫力はすさまじい。

まだまだ、国宝がぞろぞろあります。どの仏像もすばらしい。どうかみなさん実物をじっくり見てください。
さて、外に出ましょう。

hh60.jpg

三十三間堂の表は通し矢の話をすれば、外人は喜ぶでしょう。我々は慣れてしまっていますが、異様に細長いお堂であることは間違いありません。

hh61.jpg

もう、閉門の時間が迫っています。お堂の扉がつぎつぎに閉じられて行きます。

hh62_convert_20101211221958.jpg

hh64.jpg

hh65.jpg

何度もいいますが、この瓦のパターンは最も日本人のDNAと共振するのです。この木と瓦の織りなすパターンは、同じようでありながら、中国とも朝鮮とも琉球とも違うのです。どうしてもこのパターンでないと日本人は落ち着かないのです。





京都の道 その2 東大路ー5

京都の道 その2 東大路ー5

2009年 7月20日(日曜日)
青蓮院です。我が家から最も近いお寺であるのに行ったことがありませんでした。当方の同級生が時々外人を案内して青蓮院に行くといっていましたが、本当に、外人を連れて行くにぴったりのところでした。とくに目玉というものは無いのですが、典型的お寺の風景というか、お寺の意味をきちんと率直に、わかりやすく見せています。



緑の季節もいいですが、紅葉の季節もいいと思います。このお寺は知的な調和を感じます。

hh67.jpg

hh68.jpg

特に、迫るものは無いお庭ですが、それがいつまで居てもいいような、静かな、あるがままの自然、仏の母体の中のような。 

hh69_convert_20101212213918.jpg

この、人が作ったパターンの織りなす自然。ただの自然よりもっと自然なのです。

hh70.jpg

心憎い、作為のない作為。自然を使って自然を超える。


hh71_convert_20101212213953.jpg

緑の織りなす、この何気ないアングルもきっと計算されているに違いない。

hh72_convert_20101212214025.jpg

ほら、この石灯籠の存在が、驚くべき世界を作っています。しかも何気なく。

hh73.jpg

綺麗な瓦です。全てが調和しています。

hh74.jpg

能舞台が見えます。なんと知的な空間でしょうか。しかし、知的と思わせない。どこまでもあたりまえのように。もともとそうであるべきように。

hh75.jpg

この瓦のおりなすパターンもどうということも無いにも関わらず、記録してしまうのは何故でしょう。その存在が美しいとおもえるのです。

京都の道 その2 東大路ー6

京都の道 その2 東大路ー6

hh76.jpg

この苔の空間は何の作為もない四角い空間ですが、<解脱の世界>がそこはかとなく表現されています。

hh77.jpg

本当に能舞台なのでしょうか、ここで能が演じられるのでしょうか。薪能が演じられたら、それはこの世とは思えない空間を作り上げるでしょう。

hh78.jpg

入口にある2本の大きな楠の木は、このお寺が並々ならぬ、解脱したお寺であることを物語っています。

hh79.jpg

hh80.jpg

ほんの少し、青蓮院の春を御紹介しましょう(2010-4-10)。

hh81.jpg

hh82.jpg

hh83.jpg

さて時をもどしましょう。

hh84.jpg

青蓮院の斜め向かいにある、古美術品、民芸品、焼き物のお店、<かくれんぼ>です。ここのおかみさんといろいろお話をしました。非売品と書いてある、古そうな陶器が魅力的で、ひびが入っているので、当方にも買える値段かも知れないと、売ってくださいとお願いしましたが、どうしてもこれはだめですと断られました。割れた陶器はいっぱいありますから、ただで持って行ってくださいといいます。五条坂では割れた陶器を1000円くらいで売っていますよといったら、割れたものを売るのは、意に反するといいます。それでは何か買ってついでに割れた陶器をいただきましょうといって、1000円のぐい飲み(本当は茶器)を買いました。これは、本当は500円位の価値しかありませんが、500円儲けさせてくださいといいます。正直なおかみさんです。たしかに物は古いが、よくある、昔の普及品です。結局1000円で、ぐい飲み一つと割れた鉢と小皿を一個ずついただきました。かなり雑にボンドで貼ってあるので、見た目はすこぶる悪いですが、また骨とう品のコレクションがふえました。損したのか、得したのか、わずか1000円の話で、細かくてすみません。でも、<かくれんぼ>のおかみさんがどんな方かわかって、きっとまたここを訪ねるに違いないと確信しました。

hh85.jpg

<全部で1000円のお買いもの>


京都の道 その2  東大路ー7

京都の道 その2 東大路ー7


青蓮院から少し歩くと、有名な知恩院です。よく年末の除夜の鐘にここの大鐘楼がでてきます。

hh86.jpg

この知恩院の国宝、三門は文句なく立派です。時々、この上段の回廊を一般公開します。是非、上ってみてください。京都市が一望できて、爽快です。昔も今も変わらず京都を見下ろしていると思うと考え無量です。さらに、門上段の部屋にある仏像群を見たいのですが、一般公開することはありません。残念です。

hh87.jpg

この大きな三門をくぐってから石段を登る、この行動が当方にはこの寺の最も魅力あるポイントです。

hh88_convert_20101214220021.jpg

その前に、三門の柱の木目パターンを記録します。この古き木材の織りなす、パターンは何度も記録しています。冬の智恩院ライトアップのときもこのパターンを記録しました。

hh89_convert_20101214220100.jpg

hh90_convert_20101214220133.jpg

そのままでも、このようにデフォルメしても、この木がここに立つ前の100年の年輪と、立ってからの100年の年輪が、木の持つ神々しいエネルギーを静かに語りかけています。

hh91_convert_20101214220203.jpg

hh92.jpg

hh93_convert_20101214220240.jpg

hh94_convert_20101214220309.jpg

さあ、石段を上がりましょう。結構きついですよ。

hh95_convert_20101214220342.jpg

石段の下からは何も見えない、この壮大な風景が、階段を登り終えると同時に目の前にどっと展開される、この驚きが、知恩院の最も魅力的な情景です。決して上のお堂に直接バスで訪ねてはいけません。どうしても三門をくぐって、石段を上って、本堂にお参りしなければいけません。

hh96.jpg

京都の道 その2 東大路ー8

京都の道 その2 東大路ー8

2009年 8月15日(土曜日)
東大路の南のエンドは八条通りへ直角に曲がります。その角の山際に東福寺と泉涌寺があります。
東福寺に続く道の入口にある家に咲いていた花が人目を引きます。




hh98.jpg

女性好みの陶器を売っている<とうあん>にすぐ出あいます。このときは時間が早くてまだ空いていませんでした。展示品をご紹介できなくて残念。

hh99.jpg

東福寺への道はなぜか大きく、くの字に曲がります。

hh100.jpg

この一帯に、東福寺関連の25の小院が点在し、東福寺は広大な地域を占めています。

hh101.jpg

東福寺の入口の臥雲橋は、このお寺が作る特別な空間のプレリュードです。

hh102.jpg

臥雲橋からみる、通天橋。ここが紅葉すると、美しくかつ恐ろしい空間に変化するのです。昨年の秋のブログをご覧ください。洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷がありその上に2つの橋がかかっているのです。その周囲の庭にはモミジや緑が美しく配置され、秋には京都紅葉の名所となるのです。

東福寺を一言で言うと、この本堂(仏殿)につきると思うのです。直観的に感じる本堂のオーラから古い建物かとおもっていましたが、驚いたことにこの本堂は昭和9年に再建されたものだそうです。近代木造建築の粋を集めた建物という気がします。

hh103.jpg

この力強いフォルムが東福寺全体を支配しています。

hh104.jpg

今日は、東福寺の本堂とその魅力の一つである瓦屋根のフォルムにフォーカスして撮影しました。

hh105.jpg

hh106.jpg

ダイナミックな瓦屋根の織りなすパターンは何気なく通り過ぎたとしても、みなさんの脳裏に浸透してゆくのです。

hh107.jpg

京都の道 その2 東大路ー9

京都の道 その2 東大路ー9



hh109.jpg

この瓦屋根のフォルムのモザイクがどれほどすごい空間を作り上げていることか。
この禅寺の持つ、とことんストイックな空気が魅力であると共に、ほっとすることが出来ない怖さを与えます。

hh110.jpg

東福寺の庭(方丈八相庭園)は近代の作(重森三玲氏作、昭和13年完成)ですが、近代作では随一の傑作ではないかと思います。方丈の四方に庭が配置されています。方丈自体、明治33年完成の近代建築だそうです。どこまでが旧建築の再現か、新たな設計かは当方には解りませんが、東福寺全体のデザインは近代のお寺の最高傑作ではないでしょうか。伝統の中に程よくモダンが挿入され、当方のパターン感覚をうまいぐあいに刺激してくれるのです。

ahh112.jpg
方丈南庭

hh113_convert_20101216225256.jpg

hh114_convert_20101216225330.jpg

hh115.jpg

結局、このお庭も本堂の持つ空間の一部であることが感じられます。みなさん富士山のまわりをドライブしたことがありますか。いけども、いけども、ふと振り返ると富士山がある。富士山が遠くに小さくなってもやはり富士山の裾野にいるという感じをぬぐうことができない。東京ですら、晴れた空に富士山がみえると、その裾野にいると思えるのです。本堂は東福寺の富士山にあたるのです。

hh116.jpg
方丈東庭

hh117.jpg
方丈北庭

近代の作だけあってモダンなフォルムが随所にちりばめられています。とてもうまく、伝統とモダンを融合させています。本堂の裾野にある、伝統とモダンが融合する空間。それを自然に受け入れている東福寺の僧と禅。東福寺は並みの空間ではありません。


京都の道 その2 東大路ー10

京都の道 その2 東大路ー10

hh118.jpg

通天橋。紅葉のシーズンにはこんな誰もいない通天橋の写真はとても撮れません。

hh119.jpg

ここも本堂の裾野にあることが感じられます。

hh120.jpg

少しずつ色付くモミジが美しさと恐怖の時期の到来を予感させます。恐怖、恐怖と書いてなんだか分からない方もいるでしょう、紅葉の季節は1日で何万の人がここの紅葉を見に集まるのです。今の静けさから考えると恐怖に思えるのです。


hh121.jpg

hh123.jpg

経堂(経蔵)とモミジ

hh124_convert_20101216225403.jpg

hh125_convert_20101216225435.jpg

通天橋を渡って開山堂への道が続きます。

hh126.jpg

開山堂は文政6年(126年前)に一条忠良により再建されたとあります。

hh127.jpg

開山堂の前の庭もモダンです。

さて、この時期はめずらしく三門が公開されていました。この三門は日本最古(約600年前に再建)最大の門で、国宝です。JRの広告に今年は東福寺が取り上げられています。通常は見られない三門からの光景が広告に使われているので、ちょっと気になります。広告の写真はどこから撮ったのですかと、記念品売り場のおばさんに聞くと、とてもうれしそうに、あそこの三門の上からこういう方向でとったのです。と教えてくれました

hh128.jpg

三門の楼上に上がって、広告の写真と同じように京都市内の方向を撮ってみました。当方は広告の写真というより、瓦屋根のおもしろいフォルムに引きつけられました。

hh129_convert_20101216225507.jpg

あいかわらず、本堂がオーラを放っています。
この階には如来像を中心に多くの仏像が安置されているすごい空間があるのです。これは撮影禁止で残念です。元は極彩色の空間であることを、薄れゆく彩色が想像させます。このような公開によって、彩色がさらに失われてゆくことを心配しながら、それでも公開していただけることに感謝しなければなりません。

hh130.jpg

<東福寺のHPよりコピー>

hh131_convert_20101216225547.jpg

東福寺の空間は様々な視点に感動を与えてくれるとても奥の深い空間なのです。

京都の道 その2 東大路ー11

京都の道 その2 東大路ー11

さて、次は泉涌寺に向かいます。東福寺から泉涌寺に続く道を東福寺の方に聞くと、丁寧に教えてくれました。しかし、歩いてゆくことをあまり勧めない様子でした。歩いてみて、なるほどと思う道でした。地図で見るとすぐのようですが、暑い日差しの中をなんの変哲もない車が通る坂道を20分ほどてくてく歩きます。さらに、問題なのは道案内がほとんどない。車道から突然、山道に向かって泉涌寺という立て札が立っていました。本当かいなと思っていると、上から下りてくる人達がいます。彼らは東福寺へ、我々は泉涌寺へ、互いに道がわかりました。この山道で泉涌寺の裏に出ました。
泉涌寺は由緒ある寺ですが、当方のこのむパターンが無いことは経験ずみで、申し訳ありませんが、いまのところそれほど興味ある寺ではありません。それならなんで苦労して訪ねたのかとお思いでしょう。実はJRの広告で、東福寺の次に泉涌寺が登場したのですが、その写真をみて、当方が持っていた長い間の疑問が解けたのです。

hh132_convert_20101218215719.jpg

今回撮った泉涌寺の入口からの風景です。このアングルから仏殿を撮った写真がJRの広告に載っていたのです。広告の写真はもう少し前から撮影して、空には満月が出ています。中秋の名月と泉涌寺ということですか。プロの写真家は一枚の写真の為に、多くの時間とエネルギーをかけているに違いありません。そうやすやすと満月がいい位置に、雲もなく撮影できるとは思えません。

hh133.jpg

この写真は、だいぶ以前に撮った、気に入っている写真で、当方は東福寺の本堂を撮ったとばかり信じていたのです。当方のブログの初期のころに書いた東福寺の紹介にこの写真を使っています。ところがその後、東福寺を訪れた時に、この写真のアングルで本堂をとれる場所がどうやっても見つからないのです。おかしい、おかしいとおもっていたら、JRの広告の写真を見て、やっとなぞがとけたのです。なんだ、東福寺と泉涌寺を間違えていたのだ。その確認のためだけに泉涌寺を訪れたのです。入場料をケチって、入口から写真をとって、中には入りませんでした。でもせっかく来たのだから、どこか見ようと、ふと見ると泉涌寺の別院、雲龍院という立て札が立っています。京都のお菓子の雲龍は父がすきで、よくお土産に買っていったものです。別にこのお寺とは関係ないと思いますが、見てみようとおもった理由にはなります。
このお寺は、気に入りました。苦労して歩いた山の中の、小さな、静かなお寺です。大きな、緊張感のある東福寺と対象的な、癒しのお寺です。

hh134_convert_20101218215908.jpg

優しさが感じられる入口です。

hh135.jpg

こまやかなセンスが感じられる脇道です。

hh136.jpg

静かなホッとするお庭です。抹茶をいただきながら、いつまでもボーっとしていられる場所です。

hh137.jpg

素朴な草花が、控え目に咲いています。

hh138.jpg

桔梗も控えめに咲いています。

hh139.jpg

モミジはポツポツと赤い葉を見せ始めています。

hh140_convert_20101218215938.jpg

ただ静かな空間は心地よく。なぜこうまでも心地さを与えることができるのでしょうか。

hh141.jpg

hh142.jpg

こんな山の中で、こんな静かな空間で若い女性が何人も一心に写経をしている風景は、予想もしなかったのですが、何の違和感もなく納得してしまいます。

hh143_convert_20101218220019.jpg

悟りの窓と迷いの窓が並んで存在しています。こちらは悟りの窓。

hh144.jpg

こちらは迷いの窓。

hh145.jpg

hh146.jpg

偶然おとずれた雲龍院ですが、何かよい見つけ物をしたような満足した気分でこのお寺を後にしました。きれいに整えられた、泉涌寺の参道を東大路まで戻ります。最初からこの参道を通って泉涌寺に行くべきでした。

京都の道 その2 東大路ー12

京都の道 その2 東大路ー12

hh147.jpg

道々陶器の店がいくつかあります。そういえばこのあたりに陶工の窯があった記憶があります。いずれのお店も日曜でお休みでした。なにか女性好みの焼き物が多い地区という印象を受けます。焼き物に興味をもつのは若い女性が数的には多いので、柔らかい作品が受けます。着物の柄と同じです。とすると女性の陶芸家の作品が多くお店を飾るようになるのでしょう。将来当方が自然から模様を起こす時があったら、ユーザーの好みを意識するのか、あくまで自分の感覚に従うのか、難しい問題です。買っていただかないと商売にならないわけで。

hh148_convert_20101218220047.jpg

当方は新しいデザインを否定するわけではないし、芸術は常に新しいものを求めてゆかねば芸術ではないと思っているのですが、なかなか、心を動かす新しい作品にはお目にかかりません。

hh149.jpg

東大路にでると、このあたり、七条通りより南の地区は、とってもレトロです。今熊野商店街と書いてあります。中心街からはずれて、変化が止まっているような。お腹がへったので、昼はおばんざいめし屋、夜は居酒屋という、当方のもっとも好みなところでお昼をたべました。好きなおばんざいを3点とって700円というお昼メニューです。サンマの焼いたの、竹の子の煮物、だし巻き卵をとりました。満足です。
 われわれはこのあと京都駅を経由して三千院の万灯会に向かったのです。


 東大路の最後のおまけに、五条、茶碗坂にある陶器の近藤悠三(ゆうぞう)記念館をご紹介して、東大路を終ります。近藤悠三記念館よりむしろ炎の陶工、河合寛次郎記念館の方が東大路に近いところにあるので、こちらの方がご紹介には適切とおもいますが、すでに京都の道シリーズ-1-花見小路で河合寛次郎記念館をたっぷり御紹介していますので、今回は近藤悠三記念館にしておきます。この記念館は訪れる人も多くない静かな記念館です。近藤悠三は人間国宝に選ばれています。清水の陶芸からいったら、当然記念館を作らねばならない人です。清水焼で評価された近代の最高峰の一人です。内部は勿論撮影禁止、たまたま売っていた三代展という本を買って、そこからコピーした写真をのせます。近藤悠三には全く基礎知識がなかったのですが、この本のおかげでいろいろなことがわかりました。まずびっくりしたのは、三代展とは親子三代にわたる陶芸家の作品を一堂に会した展覧会の本ということです。近藤悠三の息子の近藤濶(ひろし)、さらにその息子の近藤高弘(たかひろ)の三代の作品で、見て頂ければわかりますが、それぞれすぐれた陶芸家であることがわかります。技法はいずれも染付、すなわち原則、白地に青を筆で絵を描き、うわぐすりをかけて焼くという手法です。近藤悠三は途中から金や赤を多く使作品を手掛けるようになりました。もう一つ知ったことは、近藤悠三が濱田庄司、河合寛次郎を出発点として、富本憲吉に多くを学んだということです。自身いっているように自然から模様を起こすことを生涯追及した人でした。富本憲吉自体、ウイリアム・モリスの影響を受けて自然から模様を起こすことで、人間国宝となった方です。さて、前置きはこれくらいにして、作品を見ましょう。

hh150_convert_20101219195930.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

hh151_convert_20101219200153.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

晩年、富士山にいどんで、金色、赤を多く使うようになりました。金をつかうとなにか隠れていた富本憲吉の流れが解り易く露出してきたように思えてしまいます。

hh152_convert_20101219200220.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>
本来染付はこういう白青の世界です。筆のタッチを重要視していることは共感が持てます。


hh153_convert_20101219200255.jpg

<近藤悠三:三代展よりコピー>

hh154_convert_20101219200329.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>
さて、その息子さんの濶(ひろし)は全く率直な自然からの模様起しで、当方には大変共感するものがあります。陶器の商売を行いながらの創作活動というハンデを乗り越えて、現在大変評価されているそうです。

hh155_convert_20101219200401.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>

hh156_convert_20101219200439.jpg


当方にとっては、近藤修三が底辺で富本憲吉の影響を受けていたのに、濶になって、その影響が消えて、自然からの贈り物を純粋に表現しているように思えます。本には悠三の凝縮した模様から、濶は広がりをもった世界にはいっていったという表現がされています。

hh157.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>

hh158_convert_20101219200537.jpg

<近藤 濶:三代展よりコピー>
とても、共感してしまいます。濶の作品がでていたので、高いのにこの本を買いました。おかげて、近藤三代の意味を理解することができました。

hh159.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>

三代目になると、原点であった自然からの模様起こしを忘れてしまったようです。祖父のいった<模様から模様は作らない>という考えから、模様から模様を作る世界に入ってしまったようです。若い方は高弘に共感するかもしれませんが。若い方の多くは自然を見つめることが少なくなって、作られた人間社会そのものが彼らにとっての自然となっているのでしょう。

hh160_convert_20101219200608.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>

hh161_convert_20101219200641.jpg

<近藤高弘:三代展よりコピー>


人間国宝とは最高の芸術品を作る人という意味なのでしょうか、後世に残すべき高度な技を持った人という意味なのでしょうか。

最高の芸術品とは、作家が自我を超えた解脱の瞬間を持っていなければならないと思っています。当方は京文化に<生臭さ>というのをよく感じます。<生臭さ>即ち、<作品を見る観客の目の意識>、それをすっかり通り越して、何か作家が自身の持つ、純粋な世界、宇宙、自然、と融合する瞬間の作品に到達しなければならないと思うのです。違う言い方をすると、明日は死のうと思っているヒトに、いや、生きていることはいいことなのだと思わせる何者ものかを持っているかということです。お金持ちの道楽で、これは素晴らしいと言わしめる作品がいいか、明日は命を断とうとしているヒトに生きる勇気を与える作品がいいか。当方もぎりぎりのところで毎日をすごしております。この状態で見ると芸術品、民芸品の持つ真の姿が見えてきます。これはぎりぎりの中でこそ得られる贈り物でしょう。

hh162.jpg

hh163_convert_20101219200026.jpg








プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

最新記事
リンク
このブログをリンクに追加する
最新コメント
訪問ありがとうございます。
過去の記事(カテゴリ別)
過去の記事(月別)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ただいまの時刻は??
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
最新トラックバック