伊藤若冲物語-1-



2009年10月17日、18日
<伊藤若冲>物語

当方は小学校1年から6年まで6年間、絵を習っていました。
母方の親類に芸大の学生さんがいて、この方に習っていました。
小学校の友達がこの絵画教室に集まってきて10人くらいが、持ち回りで、自宅を提供して、集まって絵をかいていました。
頻度は、一週間に1回だったでしょうか、よく覚えていません

何かを一日じゅう見つめて、一枚の紙に向かい続けるということは、何を生み出したのでしょうか。
小学校2年生以前の記憶というのはあいまいです。
即ち、このあたりで脳のネットワークが入れ替わる(脳細胞が入れ替わる)のでしょう。
その前後で、毎週、一枚の紙に向かって描いていることは、このネットワークに大きな影響を与えているとしか思えません。

小学校のころは絵を書く時にはただ、ただ、自分の世界です。
無心というのでもありません。
なにかを目指しているのですが、そう、それを見る人のことや、それまでの他の人の芸術作品の比較とか、何にも考えていないのです。

当時の、自分の書いたいくつかの絵を覚えています
それを書いている時の感覚すら覚えています。
好きなように書いていいという自由課題の時、何時間もなにも思いうかばないで、泣きながら線を引いていることも覚えています。

絵の先生は、いろいろな画家の絵を見せてくれました。
マチス、クレー、ミロだのルオー、セザンヌだの覚えています。

しかし、中学生になると、まったく絵が描けなくなりました。
小学校の友達もバラバラになり、絵画教室も無くなり、絵を書く機会もなくなったのですが、それ以上に、どういう風に絵をかいていいのかまったくわからなくなったのです。紙に向かってもどうしていいのかわかりません。
書いても、書いたものがちっとも面白くないし、どの方向へいったらいいのかまったく分からないのです。

一緒に絵を描いていた姉はそのまま美大にすすんで、主婦業をやりながら、今でも絵を書き続け、対外的活動もしています。
その美的感覚は、当方の真似のできない憧れの感覚でした。

当方は、無意識の中にも、なにか考えながら絵をかいていたのでしょう。
周囲が見えてくると<考え>が周囲の情報に埋没して、無意識の自分の<考え>を出せなくなったのでしょう(これは単に皆が通り過ぎる大人への道にすぎませんが)。


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伊藤若冲物語-2-


当方は、大学受験の時に建築家になろうと思っていました。
ふとした気の迷いで、違う道に入ってしまいました。

形が好きなのはその時からずっと変わりないのです。形というより空間です。
違う道に入ってしまって後悔もしました。
大学の大きな教室の大きな空間をみると、頭がドキドキして、丘にあがった魚が瀕死でパクパクしている状態のようでした。
小さい頃できあがった脳のネットワークが使われなくなって、死に絶えるのを怖がってパクパクしていたのでしょう(脳細胞は使われないと、どんどん死に絶えるのです)。 暗い時代のその時の感覚はいまでも変わりなく、ジトーットと押し寄せてきます。

今は<生物>を相手にしています。不思議とこの世界にいることに後悔の気持ち有りません。
<生物>は<空間>であることに気づいたのでしょう。
子供の時につくられた脳のネットワークは<生物>とのかかわりで使われることによって、ある程度の安住の地を見出しているのでしょう。

その時、結局、当方は<芸術>より<サイエンス>にあこがれたということでしょうか。
60歳まで一生懸命<サイエンス>を追いかけたつもりでした。しかし、<企業>と<サイエンス>は違うものでした。
そんな簡単なことに気がつかなかった当方はまったくばかだったのかもしれません。

しかし、その時、いろいろなことを心の中にため込んでいたのかもしれません。
そのあと当方はまだ<サイエンス>を追いかけているのでしょうか、<企業>をやりながら。

今ははっきりしています。目的は<企業>です。<サイエンス>は<お金>になるはずです。
お金にならないのは<サイエンス>の出来がわるいか、<お金>にするやり方が悪いかです。
<企業>の目的は第一に<お金>です。みごとに単純です。

つまり、<サイエンス>から<企業>を考えるのではなく、<企業>から<サイエンス>を考えるように逆転しただけです。
個人の興味として<サイエンス>を考えることを一切しないようにしています。
自分の興味を押し通してお金を稼ぐのは相当な能力が必要です。自分にそんな能力があると思っては間違いだ。
<サイエンス>から決別したつもりです。
<サイエンス>をただ<企業>の手段としてあつかっています。

人がほしいと思うものを与えればお金が得られる。みごとに単純です。
お金が得られれば、それは人がほしいと思っていた物を生み出したことだ。
お客さんが買ってくれる商品がいい商品なのです。商品に付属している<サイエンス>の価値が高いとか低いとかなど関係ないのです。

ところで、逆転してしまった後、当方の脳みそのネットワークはどうなってしまうのだろうか? 出口がなくなってしまったのか? 
このネットワークは決して、逆転できないのです。自分から湧いてくるものを外に出したいという衝動だけで出来上がっているので、逆転など都合のいいことは出来ないのです。
当方のネットワークはどこに向かってなにを吐き出したいのか?

<伊藤若冲>の前ふりに、なんでこんな長い話をしているのでしょうか。
当方のネットワークはどこに向かってなにを吐き出したいのか?<この問に答えを出したいというあがき>と、<企業が生きる為の絶え間ない、激烈なあがき>の中で、滋賀県の山の中に<伊藤若冲>を見に行ったというだけです。
だけど、とてもつながっているはずです。答えをもとめてあがいている時にやることは、<あがき>につながっていないわけはないのです。



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伊藤若冲物語-3-


伊藤若冲は、最近まで全然知らない画家でした。
テレビの新着本の紹介番組で、伊藤若冲の生涯を描いた本を取り上げているのを聞いて、がぜん興味がわいたのです。
その本を読みたくてさがしたのですが、みつかりません。題名もわすれてしまいました。
その後、なかなか若冲の噂をきかないで、時がたちました。

先日の日曜美術館にやっと若冲の展覧会が出てきました。
滋賀県の美術館です。ひとつ滋賀県の探索をしてやろうと思い立ったのです。


若中0
<象と鯨図屏風

若中1
<象と鯨図屏風

いきなり若冲の絵です。
長い屏風にクジラと象が向かい合っています。
なぜ、江戸時代の若冲がクジラと象をおなじ屏風に描くのか。
その時から若冲の世界にはまり込んで行くのです。

仏像で象はなにも珍しくありません。
この時期に本物の象も日本に上陸して注目を集めていたそうです。
海の国、日本にクジラもめずらしいものではありません。
屏風に双方が描かれるのが珍しいだけで、象のデフォルメも、ルノアール晩年の女性像デフォルメ程度でしょう。

当方にとって、なにも若冲は変わっているわけではないのです。
その時の概念にとらわれない、自由な発想をする人であったというだけです。


若中2
<鳥獣花木図屏風>

若中3
<鳥獣花木図屏風>

この絵もあまりに大きいので、本からまともに写し取ることができません。
アメリカ人の所有物で、いかにも外人がはまりそうな絵です。
モザイク絵、タイルのように色紙板を張ってゆくめずらしい手法です。




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伊藤若冲物語-4-


若中4
<白澤図:人間の言葉を理解する中国の霊獣

まあ、これも変わっていますが、変わっている絵を最初に並べただけで、普通の絵が大半です。
ダリのように変わっていることを売り物にしているわけでもなく、ピカソのようにすべてをぶち壊す勢いでもありません。ただ自由なだけです。 
既成概念に囚われずに、自分の考えを自由に描いて、それでいて、世の中が受け入れると、人はこれを変わっているというのです。 
自分を主張したのに、うけいれられなくて、存在すら気づかれない人が無数にいて、みな消えてゆくのです。
そして、しかたなく、周りと同じことをして、その後の人生を生きてゆくのです。

若中5
<百合図>

まず、この絵が入口の暗い照明の下にかざられています。ユリの図と書いてあります。
普通の絵なので、皆さん、すぐ次の絵に行きます。
しかし、この絵が若冲のすべてを表しているといえるかもしれません。

まず、蜘蛛の巣に皆さんは気が付くでしょう。
でも暗い照明のもとで蜘蛛の巣に気がついた人は何人いたでしょうか。
次に虫に気が付くかもしれません。
でもカタツムリに気が付く人はそう多くないと思います。
本当に蜘蛛の巣があっても不思議ではありません。枯れた葉っぱも当然です。

普通は、あっても、美しくないからそれを描きません。
カタツムリは本当にいたかもしれませんが。これを描くことは、演出でしょう。
そうです、若冲は、あり得ることのすべてを動員して、自然を表現しているのです。

ユリを美しいと思うのは人の主観、ユリの美しさを表わす為にユリの周囲を最小限に省くのが普通の書き方。
若冲は自然を使って自然を超える。
ユリは美しいのだから、ユリを見ろという、書き手の主観を否定して、平等に自然を描いて、見る人が結果としてユリを美しいと思うようにする。
自然を平等に扱っているように見せて、結局、人をユリに誘導しているトリックかもしれない。
でも、カタツムリに魅かれる人がいても一向にかまわない。
本当は、若冲は見る人にまかせて、どこかに誘導しようとしていないのかもしれない。
その微妙な揺れを楽しむ世界こそ、若冲が引き込もうとしている世界でしょう。

まさに、当方の座右の銘、<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの>

若中6
<雪中遊禽図

もう一つお見せします。オシドリの図です。
皆さんオシドリに注目しますが、それ以外の鳥が何羽いると思いますか 
それにこんな雪がふっているのに、オシドリがおよいだり、鳥がいっぱい集まったり、赤い花がさいたりするものでしょうか?

若中7
<雪中遊禽図>

でも、サザンカなら、そんな瞬間があってもおかしくはありません。
もう一つ、気が付きましたか?

若中8
<雪中遊禽図>

オシドリのメスの顔が水中にみえるのです。
最初はコイの顔かと思いました。でも、そんな情景があっても不思議ではありません。
この展覧会のキャッチフレーズは若冲ワンダーランドです。

ちなみに若冲は1716-1800、京都の錦市場に生まれ、京都で活躍した人です。
その割には京都であまり重要視されていないような気がします。
変わった絵を画くので、皇室関係に足跡がうすいのでしょうか?

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伊藤若冲物語-5-


さて、次に行きましょう

若中9
<隠元豆図の部分

若中10
<葡萄図の部分

この2つの絵はとても好きです。
自然をそのまま書くことが、当方の考えていることにぴったりなのです。

穴のあいた葉っぱ、葉っぱの透明感。驚異的観察眼とテクニック。
完全な写実のようであるが、単なる写実ではない。
現実にあることを、一画面に集約して、現実以上の現実を作り上げる。

自然に対する深い思いがあるのだが、それをけっして匂わせない。
画き手の主観を殺して、見ての主観にゆだねるように思わせて、書き手の主観に引きずり込んで、そしてまた、突き放す。

若中11
<紫陽花白鶏図
これは大変有名な絵のようですが、当方が行ったときは、展示されていなかった(展示物が期間で入れ替わるのです)。

若冲は鶏をよく描くので、若冲の紹介文には<鶏の若冲>と書かれます。
若冲がそう呼ばれることを知ったら、<バカドモメ!>と思うでしょうが、<カッテニシロ!>といって、口には出さないでしょう。
どう思うかは、見手の自由と突っぱねているからです。

若中12
<紫陽花白鶏図>

当方は左の植物に注目してみます。
白い花は紫陽花ということになっています。わざわざ白い紫陽花をもってきています。
青黒い部分は太湖石だそうです。
苔や葉っぱのシミを精密に描くことで、鶏の羽に現実以上のリアリティーを与えています。


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伊藤若冲物語-6-


若中13
<枯木鷲猿図  

若中14
<枯木鷲猿図>
止まっている木の表現が、鷲の羽を引きたてています。
でも、逆でもいいのです。鷲の羽が木の肌を引きたてていますという風に。
題名も枯木を先に持ってきています。

もっと不思議なのは、右下の猿です。
私には猿は必要ないと思うのですが。
若冲はあくまで、鷲が木に止まっているみんなが画く図は画きたくなかったのでしょう。

若中15
<群鶏図押絵貼屏風の一部>
<鶏の若冲>の面目躍如たる作品

若中16
<双鶏図>


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伊藤若冲物語-7-


若中17
<付喪神図:ツクモガミ、長年使ってきた器物にやどる妖怪

また若冲の変な絵に戻って、BOSCHとつなげてみましょう。
若冲の絵はなんとなくBOSCHをおもいださせます。

若中18

単にBOSCHは変な絵だから、これを思い出すというわけではありません。
BOSCHは画面いっぱいにありとあらゆる奇妙な情景を細密に画き連ねて、結局全体像を作りだすのです。
BOSCHの絵は大きいので、全体像を載せても、何が書いてあるか分からなくなってしまいます。
部分だけしか載せられません。興味あるかたはご自分で本をさがしてください。
ヒエロムニス・ボス(1450-1516年、オランダ)です。
こんなユニークな絵を若冲より200年前に画いていたのです

若中19

若中20

若中21
<BOSH: 快楽の薗の3枚の絵の内、右の絵、地獄

若中22
<BOSH: 快楽の薗、中央>

若中23
<BOSH: 快楽の薗、左、エデンの園

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伊藤若冲物語-8-


さて、若冲展覧会をやっているMIHO Museumをご紹介しましょう。

滋賀県大津のとなりの石山駅(石山寺とか瀬田の唐橋とかで有名です)からバスで山の中へ1時間、信楽の近くです。
なんで、突然このようなお金のかかった美術館ができたのか不思議です。

土曜日の石山からの一番バスは満員でした。
一時間立つのはかわいそうということで、臨時バスを増発して、立っているお客さんを収容して2台でMIHO museumへ向かったのです。 
どうやら、若冲は人気のようです。

若中24

若中25
入口からミュージアムまでの道は歩いてもよし、コミューターにのってもよし。

若中26

若中27
パリ・ルーブル美術館のガラス・ピラミッドの設計者、I.M..ペイ氏の設計による。

若中28

若中29
MIHO museumの常設展示も相当金がかかっている物がぞろぞろあります。
一時、世界の盗品を展示しているミュージアムとして物議をかもしたこともあります。
このお金の出所はあとでわかったのですが、ここでは書かないでおきましょう。


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伊藤若冲物語-9-


さて、信楽はすぐ近くなので、立ち寄ることにしました。
とうとう雨がふってきました。

12時20分発、1日に数本しかない信楽へのバスは当方たった一人だけでした。
バスの運ちゃんに、焼き物のお店を見るのはどこにいったらいいでしょうかときいたら、陶芸の森の入口にお店が集まっていますよと教えてくれました。

若中30

若中31
なるほど、タヌキが出迎えます。

若中32
陶芸の森はなにやら立派です。
しかし、この周りのお店には興味がわく焼き物は全くありませんでした。

普段使いの焼き物が中心で、車で来て、たくさん買ってかえるという場所のようでした。
一か所だけ足をとめました。

若中33
どうってことない、普通のお店です。
素人っぽい、自然が好きな人が、素直に作った焼き物が並んでいて、なんとなく楽しいお店です。

若中34
お皿1500円、キノコ200円、しめて1700円のお買いもの。

若中35

以前、京都の五条坂でかった500円のちょっと割れたお皿と、青蓮院前、<かくれんぼ>で買った古い茶器(ぐい飲みにつかっています)1000円、しめて1500円のお買いものと比べてみてください。
安いお買いものでも、それぞれ楽しいでしょ。

この日はどうしても6時まえに東山まで帰らなければならないのです。
クリーニング屋に8月にあずけた浴衣が、置きっぱなしで、土曜しか回収できないのです。

陶芸の森の前から14時36分発のバスで石山へ一時間。
JR琵琶湖線で3駅、山科での地下鉄東西線に乗り換えて東山へ、もう16時すぎには着いてしまいました。

あの不便な信楽へ、自分の家から1.5時間で行けるとは、考えもしなかった。
京都とは不思議なところです。

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伊藤若冲物語-10-


10月17日

昨日、遠くまで出かけたので疲れているし、今日はどこへいったらいいのか思いつかない。

仕事でもしようかと思いましたが、いい天気になりそうです。
こんな時に家に閉じこもっていたら、後あと、いいことないだろう。

これまで行こうとおもっていかれなかったところ<美山>へ民家を見に行こうと思い立ったのが9時。
ネットで調べてガッカリ。
今、出発しても到着は3時過ぎ、帰れなくなります。
<美山>は、こんな半端な意気込みでは行かれないところでした。

それなら若冲をさらに追及しようと石峰寺(セキホウジ)に行くことにしました。ここなら近い
若冲のお墓と、彼が晩年、石工に作らせたという石仏群があるのです。
京阪、伏見稲荷の次の駅、深草(フカクサ)で降りてすぐ。

若中36

若中37

石峰寺は小さな、静かな寺でした。

若中38
<若冲のお墓>

若中39
<裏庭の石仏群>

若中40

石像の写真はどうも苦手です。
だいたい暗いし、風雪にさらされた味というのは感じるけれど、誰が撮っても同じようになりそうです。

16-50mmで撮って、群像として面白くないとはいいませんが、なにかそれまでです。
みんな、シレーっとどうでもいい顔をしています。よそ者が来たとでも言っているような。 

マクロ100mmに変えて、びっくり、石像がみな生き返るのです。
やっと、石像とお話が出来るような気がします。

若中41

若中42


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伊藤若冲物語-11-


若中43

若中44

若中45

単焦点レンズを使わないと、写真はうまくならないというのは本当かもしれない。
もっと単焦点レンズを買おっと。
気を取り直して、広角レンズ(16-50mm)でも絵を作る練習をします。

若中46
<諸羅漢座禅屈>

若中47
<涅槃場>

若中48
<諸羅漢座禅屈>

この小さなお寺は、ゆっくりと自然を撮る気持ちにさせてくれます。

若中49


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伊藤若冲物語-12-


若中50

若中51

若中52

若中53

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せっかくここまできたのですから、隣駅の伏見稲荷へゆきます。


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伊藤若冲物語-13-


若中59

若中60

若中61
ここの鈴の数を見てください。

若中62
2時間をかける、山ひとまわりコースがあるのですが、このような鳥居がずっと続いているそうです。
この写真はその入口です。

若中63
お稲荷さんですから、当然キツネさんがあちこちにいらっしゃいます。

若中64
途中で2手に分かれます。どちらを選択するかで人生が変わるということもなさそうで、同じところに出ます。
これが、どちらを選択するかで、天国と地獄に分かれるなら、横尾忠則が一時こった<分かれ道>の究極の形になります。

若中65
当方は左の道に入ります。

若中66
小さな子にとっては、遊園地みたいなもの。
でも誰もいないどこまでも続く鳥居の道にちょっとは怖がっているようで、<パパ、パパどこにいるの>などと叫びながら走り回っています。


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伊藤若冲物語-14-


若中67
30分は階段を上り続けました。結構なエクササイズです。

若中68
<四つ辻の茶屋>
なぜか白装束の方がいらっしゃいます。

若中69

四つ辻で、もう結構と、引き返しました。
これからさらに先に行く人は相当、凝り性の方でしょう。
でも、どこでやめるか決断するのも結構難しいのです。

同じような石段がずっと続いている、どこでやめても自由だが、やめる決心がつかないで、上り続ける。
商売も同じ。進み時、やめ時の決断の難しさを考えながら石段を上って来たのです。

ここまで上ってくる途中で出会った、降りてくる人の中には、5歳くらいの小さな子供さん、ベビーカーを片手にもつ奥さんと、子供を抱いている旦那さんの御夫婦、男性に手を引かれたハイヒールの女性、全コースをランニングしている人、杖をついた相当なご年配の方、おどろくべき人達がいました。
それも皆さん平気な顔しているのです。

当方には半端でないコースなのですが、よく平気で登ったものだ。
いやはや、皆さんの勢いに、当方は取り残されたような、同じ人種の人間ではないような気分となりました。
家内がいたら、絶対に最初から一段も登らないでしょう。

若中70

もう一つ面白いことがありました。
この看板は四つ辻のもう一つ下の分かれ道、三つ辻にあった看板です。
みんなが指で自分の居場所を確かめた跡がありありと見えます。
でも登ってきてこの看板をみても自分がどこからやってきたのかよく分からない地図なのです。
帰るときも違う道を帰るとどうなるか全然わかりません。

そこでほとんどの人がもと来た道を戻ってゆきました。
当方は降りてきて、右の道、上りとは違った道を選びました。
こちらは階段が少なく、スロープがついていて歩きやすい(裏参道というらしい)。

しかし鳥居はまったくありません。その代わりお店が点々とあります。
こちらに来る人は全くすくないので、お客を引き込むことに必死の工夫をしています。
日本一小さなだるまのキーホルダーはいかがですか、とか。

この道案内の看板をどう画くかによって、これらのお店の運命は大きく違うでしょう。片方の道にびっしりの鳥居のマーク、片方の道にお店のマークを書いたら、どうなるでしょうか?
半分の人はお店の道を選ぶかもしれません。
面白い店がふえたら、ほとんどの人がこちらの道を選ぶでしょう。

道を知っているひとは見てすぐわかるけれど、知らない人にはよくわからない、このそっけない地図がいつの日からかずっとここに置いてあるのです。
これがお店の運命を決めているのです
何気ないことが、しらないうちに運命の分岐点になっているという怖いはなしです。

さあ、あの<別れ道>はほんとうに左でよかったのでしょうか?

若中71



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伊藤若冲物語-15-


10月24日(日曜日)

東京へ戻って、日曜日の朝、ぼーっとテレビを見ていたら、東京国立博物館で<皇室の名宝>という展覧会をやっていて、若冲の動植綵絵(どうしょくさいえ)が展示されているという話をしていました。

この絵が若冲の代表作と言われているのに、どんな絵かさっぱりわかりませんでした。
ここまできたなら、徹底的に若冲を追いこもうと、上野まで出かけることにしました。

動植綵絵というのはネットでしらべても道理でよく分からないわけで、30枚の連作だったのです。
(以下の図はすべて展覧会の目録よりコピーしたものです。写真がいい加減ですみません。本物の色はもっと鮮やかで美しいものです。形も写真が曲がっていたり、ライティングがむらだったり、本物とはだいぶずれています。

若中72
<伊藤若冲、旭日鳳凰図> 江戸時代

この絵は動植綵絵を書く直前に書かれたとされています。
ここにも動植綵絵で用いられている裏色彩という技法が使われています。

裏色彩とは絹の表面キャンバスの裏に、もう1枚の絹面があり、ここに例えば黄土をぬって、表からみると白い羽に黄金色が融合して表現されるのです。
若冲は西洋伝来の憧れの色、プルシアンブルーなど高価な絵の具を使っています。
この絵は、赤やブルーが強烈に使われており、当方はこの色彩と形のリズムが気に入って、今回の若冲の絵の中で、もっとも印象的と思っています。

若中73
<伊藤若冲、旭日鳳凰図の一部>

以下、動植綵絵(どうしょくさいえ)30枚の連作のうち5枚を選びました。

若中74
<群鶏図>
若冲、得意の鶏。
鶏の絵は沢山登場しますが、これでもかという鶏の群れは面白い。群像パターンです。

若中75
<薔薇小禽図>
若冲のびっしり書く特徴的手法が効果的で、本物はもっと赤がきれいです。

若中76
<老松鳳凰図> 
裏色彩が効果的に使われています。鳳凰は想像の産物ですから、デザインが大胆になって、よろしい。

若中77
<菊花流水図>
本物の青ははるかに美しい、それでこの絵を選んだのですが。

若中78
<芙蓉双鶏図>
相当無理なポーズをしている鶏と芙蓉の対比リズムが面白い。


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伊藤若冲物語-16-



若冲以外にも魅力的な絵や品物が沢山ありました。
絵を3つ、品物を3つ持って帰ってもいいといわれたら、という仮定で3つずつ選んでみました。

若中79
<狩野永徳の唐獅子図屏風>安土桃山時代
本全出品の中でダントツの作品。

若中80
<横山大観、御苑春雨>大正15年 
御苑の感じがよく出ていて、癒しの風景です。

若中81
<山口素絢、朝顔狗子図>江戸時代
3番目は横並びで選びようがない。当方は犬年だから犬の絵をもらいます。

若中82
<池田秦真、山路菊蒔絵文台>明治26-29年
立派な蒔絵は当然ほしいですよ。

若中83
<川野邊一朝、菊蒔絵螺鈿棚>明治36年
これは、一番欲しい品物です。なんたってカッコイイ。

若中84
<川野邊一朝、菊蒔絵螺鈿棚の一部>

若中85
<河合寛次郎、紫紅壺>昭和3年
河合寛次郎さんを選んでみました。
河合寛次郎記念館で、彼の作品とはすいぶんと親しくなりましたから。

結構、伊藤若冲は人気でした。現代人のセンスに波長が合うのでしょうか。
当方にとっては、若冲の考え方は大いに参考になりました。
彼の方向はまだまだ発展させる余地があると当方の脳みそネットワークがおっしゃっています。


さて、イントロに書いた、<あがき>と若冲はいかにつながったのでしょうか?

1、考えるときは歩くべし。うごかないと解答はみつかりません。まず歩くこと。

2、<あがき>の継続は心も体も破壊します。これでだいぶ気分転換になったわけです。

3、若冲は当方の写真撮影の意図するところと非常によく似た視点で絵を描いていることがわかりました。
実写的であると同時に模様的なのです。

そして、自然の動植物すべてに霊がいる、さらに自然の中の全ての物には霊がいると若冲は言っています。
自然の中に潜む霊を描いているのです。 当方もその霊を写し出そうとしているのです。

わかりますか。自分が自然をどう見るか、どう思うかでなくて、自然の中にもともと霊がいるのです。
当方の脳みそネットワークの一つの出口が見えてきます。

4、若冲は自分の思いを曲げずに、どこまでも自分に従って絵を追求したと見えます。
どこにも、観客の受けを意識して絵を描いたという痕跡がありません。

見手のレスポンスはあくまで、自分の反映として考えていて、見手の為に絵を書くということがありません。
脳みそネットワークの一方的放出です。
当方はそれでいいと思います。そうあるべきと思います。

当方のビジネスもそうしようと思います。
ビジネスは受取側の意識を考えてうまくやるのが正しいと、どこにも書いてあります。
しかし、当方のビジネスは脳みそネットワークの一方的放出でいい、やれるところまでやってみようと思います。


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プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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