ベルリン・フリー旅行 その1

ベルリン・フリー旅行 その1 プレリュード

2015-5-24
これから、長編旅行記が始まります。文章が長くて読むにカッタルイでしょうから、毎日細切れにアップしてゆきます。結構内容は濃いと思うのですが、なんせ土地柄、絶景写真は皆無ですから、気が向いたら毎日読むか、何日分かまとめて読むかしてください。

何でベルリンなのか? 
これは当方の趣味でなく、家内のリクエストです。本当は昨年末にポルトガルに行く予定だったのですが、冬場は雨期と言われて、写真撮影に雨は厳しいので変更しました。その後、たびたびネットでポルトガルの天気を見て見ましたがほとんど晴れ、結局、変更する必要は無かったのです。なんやかんやで、写真家はどこでもいい写真が撮るのが写真家であると粋がってベルリンの旅になりました。家内の旅の動機は殆ど音楽に関連しています。これは後で説明しましょう。

当方の海外旅行は、いつも家内が行く先の情報を勉強してスタートし、当方は現地に向かう飛行機の中で旅先の勉強をして、詳細な計画を考えるのです。なにしろ、家内は地図オンチですから、完全に任せることは出来ません。家内の英語まずまず、ドイツ語片言、地図全くダメと、かたや地図まずまず、英語片言の当方の組み合わせで、海外フリー旅は、ロンドン、ミュンヘン、ブルッセルに続く、ベルリンの4回目のフリー旅です。この凸凹コンビはとっても疲れるのですが、旅行社のツアー旅行よりは得る物が多いと頑張っています。いつまで続けられるのでしょうかね????

スタートは羽田、羽田の国際空港は綺麗で興味深々。羽田から海外は楽でいいです。
日本のキャラクターショップが集合している。子供のリクエストでフナッシーグッズを購入。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

何故か藤棚のディスプレイがあり、写真を撮る人もいる。藤棚は日本を表わすディスプレイとこの時は思いましたが、意外なことにベルリンは藤があふれていました。藤棚は無論、藤のトンネルまでありました。ちなみに藤は英語でWisteria(ウイスティリア)藤棚はwisteria trellis、花言葉は「優しさ」「歓迎」「決して離れない」「恋に酔う」西洋花言葉は「welcome(歓迎)」「steadfast(確固たる、しっかりした、忠実な)」だそうです。藤色はlight purple; lavender。 ついでに、ドイツ語ではGlyzinie グリツィーニエ、藤色はLila (リーラ)で藤ではなくライラックと関連しているようです。そういえば、ライラック(モクセイ科)もいっぱい咲いていました。

これも不思議なのですが、ドイツの首都ベルリンに直行便がありません。フランクフルトで乗り換え。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

ドイツの車は何で魅力的なのでしょうか? このBMWの塗装はとってもいい。一言でいえば、知的な美しさです。当方も今BMWに乗っていますが、実際のところ当方は殆ど車を使いません。一日一万歩歩くには車は大敵なのです。車は家内の足です。それでもあえて、万一、また車を買うとしたら、アルファロメオでしょう。それは、飛騨高山で出会ったアルファロメオ・ブレイドの泥だらけの一隊が何故か目に焼き付いているからです。脱線しました。今回のブログは全域脱線ばっかりで、あっちに飛んだり、こっちに飛んだりですみません。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

フランクフルトで乗り継ぎ、ルフトハンザのドイツ国内線はこの前パイロットの自殺で落ちたばかり。イスラム国の無差別銃撃事件も加わって、今回の旅行はトラブルなく完遂できるか心配して、子供たちに遺言めいたメモを残してきています。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

今回の旅はHISのスケルトンツアーで飛行機と宿だけが予約の対象ですが、空港からの送り迎えと、3日間のフリー切符が付いています。この付録はとっても役に立ちました。これはこれから5泊すごす宿、ABBA Hotelです。足であるU(地下鉄)、S(電車)の駅も遠くなく、部屋もきれい、朝食も充実で実質的にいいホテルでした。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

近くのスーパーマーケットには寿司も売っていて、ごやっかいになりました。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

白アスパラガスもおいしそう。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

ドイツはイギリス同様犬の国で、電車も大半は犬連れOKです。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

こちらの電車は自転車持ち込みOKの車両が多い。スポーツサイクリングでなくて普通のオバサンが自転車を電車に持ち込みます。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

OKマークがついています。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

家族全員に1台づつの車という訳にはいかないでしょうから、電車と自転車のミックスでくらさないと、森の中の家には帰れません。また脱線しました。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

空港からホテルまでの送迎タクシーの運転手が自慢するのは、緑あふれるベルリンです。街路樹にはすべて番号がふってあって、道路の名前がわからなくても、街路樹の番号を言えば、所在地が即座にわかるそうです。いつも思うのですが、ドイツは緑が多い街ではなく、森のところどころに街や畑がある国だと。ほっておいたら、森が国全体を覆い尽くすであろう、偉大な盆地の森の国なのです。


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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

よくわからない、ホテルの近くのディスプレイ。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

1945年5月8日はヒットラードイツが陥落し、ベルリンが開放された。5月は<ベルリンの春>として、ベルリンでは色々な記念行事が行われていました。
しかしながら同時に、1945年5月8日の第二次世界大戦のドイツの降伏により、ドイツはアメリカ合衆国・イギリス・フランス占領地域に当たり資本主義を名目とした西ドイツと、ソ連占領地域に当たり共産主義を名目とした東ドイツに分断されたのです。ベルリンは、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連によって分割占領されたが、アメリカ・イギリス・フランスの占領地域である西ベルリンは、周囲を全て東ドイツに囲まれた「赤い海に浮かぶ自由の島」となったことで、東ドイツ国民の西ベルリンへの逃亡が相次ました。かかる住民流出に危機感を抱いたソ連共産党とドイツ社会主義統一党(東ドイツ政府)は、住民の流出を防ぐために壁を建設した。壁は両ドイツ国境の直上ではなく、全て東ドイツ領内に建設されていました。自由の国といいながら、ベルリン・西ドイツは飛行機でしか世界と行き来できなかったのです。なにも考えないで、スタートしたベルリン・フリー旅の出だしで、この日本人には理解不可能な、ヒットラーのユダヤ人虐殺と東西分断の極致としてのベルリン壁が今回の旅のテーマであると直感したのです。

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あえて、東西ドイツ分断時代の地図をのせます。今回はベルリンに5日宿泊して、ポツダム、ドレスデン、オラニエンブルグに日帰り旅行しました。いずれも元東ドイツの都市で、東ドイツの匂いがプンプンする旅です。

ベルリンの地図をネットで探すこと1時間、まったくいい地図が見つからない。最近はGoogleの地図がはびこっていて、こいつが格好ばかりで全然使いにくい。
仕方がないから、自分で作る。丸印がこれから登場するであろうベルリンで訪ねたところです。

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市内はSバーン(近郊電車)、Uバーン(地下鉄)、バス、トラムなどがグチャグチャに走っており、さらに旅行期間中の大部分が鉄道のストライキと重なって、Sバーンが止まったり、間引き運転や路線変更等更にグチャグチャの状態で、土地の人に行き方を聞いても、誰も正確に答えることが出来ない状態でした。我々凸凹フリー旅の鉄則は、同じ質問を2人以上の人に、一致するまで聞くことです。今回は平均3人以上に聞きまわっていました。答えが正しくないケースが半分近くあるのです。しかし、ドイツの方は皆驚くほど親切で、その場で答えられない人が、ネットで探して、数分後に回答を持ってくる人も少なからずいました。とにかく、聞いた人は全員、例外なく親切でした。電車の席は必ず譲ってくれるし、このドイツ人の律義さは日本人の比ではありません。
ストライキのおかげで、Uバーンが主たる足となりました。このUバーンがわかりにくい、京都のバスみたいなもので、おそらく慣れるのに一か月はかかるでしょう。渡される地図は小さくて読めない(現地の人も読めない)、駅の表示は隣駅が書いてない、似たような駅名がぞろぞろ続く、路線がぷっつり切れたり、あちこちに分散したり。この交通システムといい、各所でドイツ人は利口なのかバカなのかよくわからなくなるのです。とにかく最低の情報しか書いてない、後は自分で考えろというのか。出来のわるいロボットみたいに局所的整合性・合理性には凝るけれど、全体を見渡した整合性・合理性が見えない。当然誰もが必要とする情報が見つからないのです。舛添さんが東京は諸外国に劣るから、オリンピックまでに改善せよと言うのは真っ赤なウソ、より良くするのは反対しませんが、現状でも東京ほど親切な街は無い。
ロンドンの地下鉄ではこんな苦労はしなかった、イギリス人の方がドイツ人より大局的に物を見られるのだろうか?? 何でだろうかと、考え込む。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

まずは街に点在する興味ある光景のスナップをつづけましょう。いまでは日本でめずらしい三輪車が結構走っています。東ドイツ時代の名残でしょうか?

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

近くの公園では藤の花が丁度見ごろです。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

レトロなラジオは東ドイツの置き土産でしょうか?

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

最近は招き猫が世界に進出しています。

明日からベルリン市内をあるきます。お楽しみに。










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ベルリン・フリー旅行 その2

ベルリン・フリー旅行 その2 シャルロッテンブルグ宮殿+ α

2015-5-25

さて、一日目(2015-5-7)はベルリンの街を観光します。出だしはベルリン北西部のシャルロッテンブルグ宮殿。
<プロイセン王・フリードリヒ1世が1699年に妃ゾフィー・シャルロッテのために建設。最初は「リーツェンブルク宮殿」(Schloss Lietzenburg)および「夏の館」と呼ばれていたが、ゾフィー・シャルロッテの死後に彼女を偲んで改名された。 1943年に空襲で大被害を受けたが、現在は復元されている。世界遺産に登録されている。>

この復元への執念がすごい。 これは見習うべきですよ。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

宮殿前の広場では,開城前を狙って、なにやらレトロな衣装でのコマーシャル撮影が行われていました。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

こういうヨーロッパ宮殿や寺院の内部撮影にはいささか飽食ぎみですが、3ユーロの撮影許可料を払っているので、一生懸命撮ります。みな同じようで、新たなインスピレーションを生まないのです。
一つだけ、ドイツの観光地で、お金を払って撮影許可を得るというシステムは、日本でも真似すべきと思います。日本はやたら<禁止>を連発する、おもてなしの日本が一変して<禁止>に変貌する。この理解しがたい変貌は日本人の多様性に対する無理解から来ていると思うのです。メジャーなAという考えがあると、それ以外が存在することすら頭の中にない。(といって、当方がなにか薄っぺらな革新主義の人間と思われるのはいやだから、言っておきます。たとえば当方は生物の原則に反するマイノリティーは認めません。<同性婚を認めないのは古い>などという考えはバカです。人間は特別な生物とは思いません、単なる生物です。揺らぎの一部として同性婚を否定しませんが、あえて肯定するのはバカです(病気の場合は別ですが)。マイノリティーには悪いけれど、生物として暗黙の抑制は必要なのです。また脱線しました。)

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

街にはベルリンの春週間のディスプレイが溢れています。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

これが藤色の起源のライラックでしょう。我々はベルリン・ドイツ・オペラに向かっています。家内の音楽の旅の一環と今晩の切符を買うためです。ベルリン・ドイツ・オペラは元々あったオペラ・ハウスが東ドイツに隔離されてしまったので、急きょ造った建築で、とってもシンプルな佇まいです。しかし、来日するオペラはこのベルリンオペラがはしりであり、日本ともっとも近しい関係にあります。
家内の人生でオペラの占める位置は大きく、オペラのなかでもワーグナーの占める位置は大きく、さらにワーグナー・オペラの中でもそのテノールである、ルネ・コロの占める位置がとても大きいのです。ミュンヘンの旅はワーグナー巡礼の旅でしたし、ベルリンの旅のメインはルネ・コロの本拠地、ベルリン・ドイツ・オペラを訪ねることなのです。そういえば、ベルリンへの飛行機の中で、家内の隣に座ったベルリンのオバサンはルネ・コロを知っていました。若き頃はポピュラー・シンガーで、その後ワーグナー歌手となり、幅広い活動で、国民的タレントです。日本でルネ・コロに匹敵する人は誰かというと、まったく思い浮かばないのです。 現在、ルネ・コロは77才で、ドイツはもうほとんど引退状態ですが、日本ではルネ・コロのコンサートがつい最近まで実現しています。このオバサンはルネ・コロの日本コンサートを羨ましがっていました。
当方に例えてみると、当方の心の師匠の一人、日本画家、田中一村を訪ねて、奄美大島へ行くようなものです(この比喩は、もし家内が田中一村を知っていたら、おおいに反対でしょう。人生の後半は世捨て人のごとく、奄美大島に渡り、ほっ立て小屋で絵を描いていたのですから)。
<ルネ・コロに匹敵する日本人は誰か>と<西洋クラシック音楽に匹敵する日本古来の音楽はあるのか無いのか>という議論を家内と2日にわたって論争しましたが、意見は分かれたままで、疲れ果てて結論無しで打ち切りとなりました。

ベルリンオペラ駅からポツダム広場駅へ向かいます。家内の音楽の旅第二弾はベルリンフィルの本拠地、フィルハーモニーです。この奇妙な建物はワーグナーとバイロイト・オペラハウスの関係を模したような、カラヤンの強大な影響下で作られたコンサートホールです。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Canon IXY

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm ソニービル

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm ソニービル

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm 

フィルハーモニーの近傍にはソニービルがあり、それを囲んだドームがあります。つぶれそうなソニーですが、海外ではかろうじてまだソニー・ブランドは存続しています。当方の持って行ったSony alpha 7Rおよびalpha7S も飾られていました。ベルリン周辺観光地ではまだ一眼レフがメジャーで、Sony alpha 7のようなミラーレスはほとんど見なかったように思います。ベルリン観光客は意外にカメラが目立つことがありませんでした。当方だけが2台もって目立っていたのかもしれません。一台はリュックにしまって、目立たないように気をつかっているのですが、さかんに日本の話をしかけるいかがわしい人もいて、怖い顔でうるさいとあからさまな不快顔をすることにしています。

そうそう、今回の装備はSony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm とSony alph7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VMです。途中で組み合わせを交換しています。それ以外にcoBORG(330mm/APS-C)を持っていきましたが、使ったのはわずかです。今回は大枚はたいて買った新品Sony/Zeiss 16-35mmが大半を受け持って、とってもシンプルな装備です。この装備の評価は一番最後に書きます。

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Canon IXY

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

ここで、ドイツビール(カールスバーグのお店)とフィッシュ&チップスで昼食。いつも食事一品とケーキ一品で2人分ということが多かった。 今回の旅は食べ物には最初から期待無しで、ドイツビールもほとんど頓着無しという具合に、なぜかそんな結果となりました。


ベルリン・フリー旅行 その3

ベルリン・フリー旅行 その3 ブランデンブルグ門からベルリン大聖堂へ

2015-5-26

このあと、ベルリンの中央公園、ティーア・ガルテンをちょっと歩いて、ブランデンブルグ門に向かいます。この公園の広さははんぱでなく、東西2km南北1kmほどの広さがあり、ほとんどが全くの森です。またまた、ドイツは森だという感を強くするのです。都心真っただ中の森として異彩を放つ自然教育園は約20ヘクタールですが、ティーア・ガルテンは210ヘクタールですから、なんと10倍の違いがあります。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S +coBORG

森の中は鳥の声に溢れていますが、姿を見せるのは、自然教育園と変わらず、スズメ、ムクドリ、ツグミ、ヒヨドリ、カラスです。こちらのカラスは白黒ツートンカラーが結構いっぱいいる、正式名は知りません。ムナジロカラスというのかもしれません。

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Sony alpha7S + coBORG

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Canon IXY

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Sony alpha7S + coBORG

ブランデンブルグ門に向かう途中に、突然戦車が現れました。

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Sony alpha7S + coBORG

記念碑があり、花をたむけて、なにかの記念日のようです。看板を読むと、これはヒットラーからベルリンを開放したロシア軍兵士、戦死者の為の記念碑であり、ベルリンの春の一環として、祈りをささげる人が訪れているのでした。ここで、ベルリンにある、無視できないロシアの影に気づいたのです。東西の壁が崩壊した後にベルリンに残ったロシア人も多くいるのでしょう。ロシア語でしゃべる人達に少なからず出くわすのです。

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

ブランデンブルグ門につきました。パリの凱旋門とは比較にならない、門自体はどうということない門です。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

しかし、その向こう側はベルリンの春のメイン会場らしく、なぜか何体もの馬のディスプレイが設置され、またいくつかの当時の写真のディスプレイが置かれています。いっぱい人が集まっており、ここで記念行事が行われるらしい盛り上がった雰囲気です。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

我々はベルリンの春に付き合う時間的余裕はありません。直ぐ近くのユダヤ人犠牲者記念館に寄ります。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

名前から受ける予想に反して、モダンなオープン建築物でした。ベルリンではユダヤ人の悲劇がモダンアートに昇華して、一見おだやかに、しかしかえってその映像が心に刻まれるのです。アートの持つ意味に改めて気付かされます。

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Sony alpha7S + coBORG

ブランデンブルグ門から東に延びる<菩提樹の下>という意味のウンター・デン・リンデン通り、ベルリン・メイン・ストリートをベルリン大聖堂にむかって歩きます。

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Sony alpha7S + coBORG

アンペルマン歩行者信号ごしのベルリン・テレビ塔

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm アンペルマングッズ専門ショップ

東ドイツは消滅しましたが、その歩行者信号のアンペルマンは、あまりに可愛いので、歩行者信号として部分的に復活し、さらにアンペルマングッズはベルリンのお土産No1になっています。当方もアンペルマングッズを一つ買いました。もっと買うべきであったと、とっても後悔しています。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

途中でベルリン国立歌劇場に出会いますが、もろに工事中。

東ベルリンが西ベルリンと統合後、ベルリン国立歌劇場のオペラは名指揮者ダニエル・バレンボイムによって、飛躍的成長し、名だたるオペラの殿堂に大変身するのです。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

バレンボイムとの2ショットでご満悦の家内。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

いくつものバレンボイム、オペラ名場面ディスプレイが道端に飾ってあります。オペラは当方の得意分野でなく家内の独壇場なのですが、その音楽と舞台演出の作り出す総合芸術の持つ最高度の芸術性は当方にも少なからぬ影響を与えています。

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Canon IXY

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

ウンター・デン・リンデン通りは運河を越えて、ベルリン大聖堂へ続きます。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm ベルリン大聖堂

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

内部はいたってシンプル。バリバリ現役の寺院という感じで、日本の東本願寺みたいなもんです。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

入口に置いてあった、この物体はあまりに日本の古いお寺の入口に転がっている鬼瓦と似ているので、撮影。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

やっとこベルリン大聖堂ですよ。

また明日。

ベルリン・フリー旅行 その4

ベルリン・フリー旅行 その4 ベルガモン博物館からベルリン・ドイツ・オペラへ

本日(2015-5-27)はベルリン市内観光の初日(2015-5-8)後半の話です。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

このシュプレー川のほとりは、なかなかいい景色で、気持ちのいいところです。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

家内はベルリンでブレークしている<カリーヴルスト>を盛んに探しまわっていたのですが、やっとそれを見つけてシュプレー川のほとりで食すことになりました。

ネットの説明は結構おもしろいので、そのままのせましょう。
<焼いたソーセージ(ブリューヴルストまたはブラートヴルスト)の上にケチャップとカレー粉をまぶしただけの単純な料理だが、根強い人気のあるメニューである。レストランよりは街中の軽食スタンドなどで売られていることが多く、注文するとほとんどの場合ブレートヒェン(小さなパン)が1つ(ブレートヒェンに挟む店も多い)か、フライドポテトが付いてくる。一時期は庶民の味、ファストフードとして圧倒的な人気を博した。近年はピザやケバブの人気に押されているものの、ドイツのどこでも食べることのできる大衆食としての地位は不変である。カリーヴルストは第二次世界大戦後のドイツで普及したが、いつどこで発明されたかについては異論が多く定かでない。ベルリンでの定説では、カリーヴルストのソースはヘルタ・ホイヴァー(Herta Heuwer、1913年6月30日ケーニヒスベルク生まれ、1999年7月3日ベルリンで没)という女性が発明したとされている。彼女は西ベルリンのシャルロッテンブルクでソーセージ屋台を経営しており、ケチャップ、ウスターシャーソース、カレー粉といった材料をイギリス軍兵士から仕入れていた。1949年9月4日、雨で客が来ないため退屈しのぎに材料を混ぜた結果、カリーヴルストができたという。以後、ベルリン市街を再建する建設労働者の間で人気を博するようになった。全盛期には週に1万本を売ったという屋台をもとに彼女はレストランを開き1974年まで経営したという。ベルリンには2009年に、カリーヴルストの発売60周年を記念してカリーヴルスト博物館(カレーソーセージ博物館)が開館している[2]。ルール地方の言い伝えでは、エッセンのソーセージ屋台で、店主がカレー粉の入った缶をケチャップの中に落とした偶然から発明されたとされている。>

2回たべましたが、柔らか目のソーセージでカレーの味はそれほど強くありません。正直、何度でも食べられる、わるくない食べ物です。ソニービル広場で家内がカリーヴルストを探して、若い学生風の一団にありかを尋ねたら、<この辺では知らない>と答えた若者が、ゲタゲタ笑った、その笑いの意味は何であろうかと、その後2人で議論したのです。その解答は、なんで日本からきた観光客が、よりにもよってこんなB級グルメを探し回っているのだろうという、あきれた笑いだろうということになりました。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm カリーヴルスト

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

カリーヴルストを購入したお店です。ここのお兄さんは東欧(アルメニア)から出稼ぎに来ている若者で、日本にとっても興味をもっていました。東ヨーロッパの人がドイツに流れ込んで一生懸命働いている様が、ベルリンの壁崩壊の及ぼしたドイツへの影響を想像させます。ベルリンにはいまだ東西分断とその後の融合の影が満ち溢れている気がします。南北の韓国の壁が崩壊したらいったいどうなるのだろうか?

シュプレー川の中州には博物館が集合していて、博物館の島といわれています。このなかでもベルガモン博物館は膨大な内容を持っており、これ自体が世界遺産、全部みると何日もかかると言われています。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

我々は時間もないので、ベルガモン博物館で記念撮影しただけ。博物館はその土地を理解するにとっても役立つことは分かっているのですが、なぜかフリー旅では毎回パス状態になっています。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

ベルガモン博物館の庭の一部と思われる、ベルガモン博物館とベルリン大聖堂の中間にある、なにやら意味ありげな石作りの回廊。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm     

世界遺産ベルガモン博物館もいっぱい工事中

ベルガモン博物館から一番近いUバーン駅FriedrichStr.から今夜のベルリン・ドイツ・オペラを見る為にDeutsche Operへ向かいます。


今日の出し物は、<ベルリオーズ、ファウストの劫罰>です。マイナーなオペラで、実をいうと、いままでコンサートに行った経験のなかで、最もチンプンカンプンの音楽でした。字幕を読んでも、舞台を見ても、音楽を聞いても、ストーリーがまったく想像できません。なにやらくだらないことをグダグダやっていると思っていました。だいたいオペラの題名を良く聞いていなかったのが間違いのもとで、さらに家内は通常前もってオペラのストーリーを説明してくれるのですが、なぜか今回はそれをはしょってしまったのでした。ベルリオーズは無論名前もしっているし、音楽も聞いているはずなのですが、あまり記憶にありません。ましてやオペラとなるとまったく想像できません。リヒャルトシュトラウスとかシェーンベルクとかのちょっと手前、ロマン派後期で現代音楽に走りのような音楽であろうと思い込んでいたのです。現代音楽だったら、題名だのストーリーだの聞いてもほとんど役に立たない、新しい世界へ向かう息吹を感じれば十分とたかをくくっていたのですが、とんでもなく間違いでした。ベルリオーズは現代音楽の走りではなく、むしろロマン派の走りで、宗教色の強い職人芸音楽をぶち壊して、新しい自由な音楽を作りだしたとして、通のあいだでは高く評価されているそうなのです。 フランス人が自分達の生んだベルリオーズを評価しなかったという大きな間違いが、フランス音楽の劣勢を生んだといわれています。 <ファウストの劫罰>という題名を知っていれば、原作ゲーテのファウストからある程度その内容(初老の男が悪魔に魂を売って、若返るが、色々な悲劇がおきる)はわかりますし、さらにオペラの内容の詳細を家内から聞いて、やっと全てがつながりました。そうであるなら、マイナーなオペラでありながら、歌い手、オーケストラ、舞台演出ともにとても力をいれており、なかなかいい演奏だったと思うのです。家内も評価していました。なんと、ドジなことだ、もう一度聞きましょうといいだして、明後日に再びベルリン・ドイツ・オペラに挑戦することになったのです。出し物は当然違います。今度は前もってストーリーを聞いておくことは必須であります。

<ベルリオーズ、ファウストの劫罰>
指揮 ジャック・ラコンブ
舞台監督、演出 クリスチャン・シュプック
舞台デザイン、衣装デザイン Emma Ryott
舞台照明 Reinhard Traub
舞台照明 Ulrich Niepel
合唱指導 William Spaulding
劇団顧問 Dorothea Hartmann
マルグリート: Clémentine Margaine
ファウスト: ヨセフ・カン
メフィストフェレス: Samuel Youn
ブランデル: Marko Mimica
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱団&バレエ団

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突然、軍隊が乱入し、兵隊人形歩きで舞台を一周する。これが有名なベルリオーズのラコッティー行進曲なのですが、この軍隊の乱入自体、このオペラの本筋とはあんまり関係ないのですから、曲は聞きなれていてもストーリーを想像する手がかりとはならないのです。
だいたい、<初老の男が悪魔に魂を売って、若返るが、色々な悲劇がおきる>などという突拍子もない話をまったくの予備知識なしで想像せよといっても無理ですよ。

ネットに現在ベルリン在住の東京芸術大学声楽科卒業ソプラノリストNishiguchi Akikoさんのコメントが出ていましたで、転用させていただきます。そういわれてみればそうかもしれません。
<ファウストの劫罰なんて、めったに演奏されないので、初めてきちんと全幕を観ました。
ベルリオーズの音楽は美しく壮大でしたが、オーケストラがいまいち表現しきれていない感もありました。ちょっと流れてしまっているような。演出は奇妙なもので、舞台は円形で斜めになったもの。それが回転しながらストーリーが展開していきます。始め、幕が開くと、オーケストラが演奏する前に、バレリーナ2人よるダンスが。無音の中、5分位は踊ってたと思います。セットはほとんどなく、バレエダンサーたちの身体表現や、合唱の群衆も動きによって場面が表現されていく。ファウストの劫罰にはフランスオペラらしく、多くのバレエ場面があるのですが、その振付が変わっていて、細かな動きがとても多く、少し眠くなりそうになったのが残念でした。途中、ファウストが馬でマルガリータのところへ向かうシーンで、なぜか舞台にスクリーンが二つ出て、そこに馬の映像が映るという。ちょっと興ざめな演出もありました。チープな映像を見せられるくらいなら、何もない方がよっぽど良いと思うのですよね。歌手ですが、韓国出身のバリトン、Samuel Younは存在感のある張りのある声で素晴らしかったですね。演技力もあり、奇妙な演出の中、自分の役割、自分が何をしなければならないのか、一番理解していた歌手のように思います。
ファウスト役のKlaus Florian Vogtは、なぜこの劇場の歌っているのだろうと思わせてしまう演奏内容でした。フランス的と言えばフランス的な甘い声を持っているのですが、声に存在感がなく、ふわふわとした声で、とにかくパンチが弱いのです。肝心な高音も頭声に逃げるような歌い方。(若干ポップ歌手のような歌い回し。) やっぱり私は、オペラに来るからには、体としっかりつながった、存在感のあるテノールの声を聴きたいですね。
ファウストの劫罰は、なかなか満足のいく内容ではありませんでしたが、曲としては美しい作品だと思いました。>

当方はクリスチャン・シュプックの演出は面白い演出と思います。歌手に対する評価はその通りだと思います。ただし、我々の公演はたまたま前述のようにテノールがヨセフ・カンという東洋人で、上記コメントのKlaus Florian Vogtではありません。Klaus Florian Vogtは結構有名な人ですが、家内もあまり評価していません。ヨセフ・カンさんは悪くなかったですよ。

この晩は、ホテルのバーで、なんと、またもやカリーヴルストとビールで夕食としました。この旅から帰っても、家でカリーヴルストが何度も再現されていますから、結構、癖になる食べ物ということです。



ベルリン・フリー旅行 その5

ベルリン・フリー旅行 その5 ポツダム/サン・スーシ-宮殿/フリードリヒ2世

2015-5-28

ベルリン2日目(2015-5-9)はベルリンからSバーンで40分南に下ったポツダムを訪ねます。
ベルリンからポツダムはいってみれば、東京から鎌倉に行くという感じですか。

ホテル最寄のSバーン駅周辺で聞くと、ストライキでSバーンは動いてないと言われて、絶望的になります。それでもフリー旅の鉄則、何人にも聞けということで、インフォメーションセンターがあるであろう大きめの駅Bf Zoologisher GartenまでUバーンでいって、情報を得ました。要するに市内のSバーンは止まっているけれど、郊外へのSバーンは20分おきに動いている、その接点のRathaus SteglitzまでUバーンで行ってからSバーンにのりかえれば行けることがわかりました。これで1時間は無駄にしました。やっとこポツダムにたどり着き、有名なサン・スーシ-宮殿に向かいます。

当方はここをベルリン旅行の3つのポイント、①ヒットラーのユダヤ人虐殺、②東西ドイツとベルリンの壁崩壊、③プロイセン王国のフリードリッヒ大王の尊敬すべき統治能力というポイントの一つと位置付けていました。

<フリードリヒ2世(Friedrich II., 1712年1月24日 - 1786年8月17日)は、第3代プロイセン王。優れた軍事的才能と合理的な国家経営でプロイセンの強大化に努め、啓蒙専制君主の典型とされる。また、フルート演奏をはじめとする芸術的才能の持ち主でもあり、ロココ的な宮廷人らしい万能ぶりを発揮した。学問と芸術に明るく、哲学者のヴォルテールと親密に交際し、自ら書を著し哲人王とも呼ばれ、功績を称えてフリードリヒ大王(Friedrich der Große)と尊称されている。ドイツにジャガイモ栽培を広めたことでも知られる。>
フリードリヒ2世に関するネット情報はみな興味あるものですが、長くなるので
サンスーシ宮殿に関する情報と新宮殿に関する情報だけ書きます。

<「サンスーシ(Sans Souci)」とは、もともとフランス語で「憂いなし」を意味し、1990年に、宮殿の建物および庭園は「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の1つとしてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。>

<フリードリヒ2世の言葉として有名なのが「朕は国家第一の僕(しもべ)である」です。フリードリヒ2世は二度の戦争でプロイセンをヨーロッパの一流国に押し上げることに成功しました。フリードリヒ2世ははじめから戦争が好きだったのではなく、徹底した戦争バカの父フリードリヒ1世と馬が合わずに、家出をしたり、むしろ芸術へのめり込んでいったのです。しかし、即位してからは、プロイセンの発展に大いに寄与しました。その一つがオーストリア継承戦争(1740~48)です。フリードリッヒ2世はオーストリアで女性、マリア・テレジアが即位しようとしたことにケチをつけて、オーストリアに戦争を吹っかけました。ところが、オーストリアのハプスブルク家、マリア・テレジアは有能な人物で、即位したばかりなのに多民族国家のオーストリアをよくまとめて戦いました。最終的にはシュレジエン地方をプロイセンに割譲というということで決着しましたが、フリードリッヒ2世とマリア・テレジアは犬猿の仲としてずっといがみ合うことになるのです。シュレジエン地方は当時、工業の発達した地域で、人口も100万人いました。それまでのプロイセンの人口が200万をこえる程度ですから、プロイセンの国力は一気に1.5倍になったわけで、大儲けだったのです。当然気に入らない、マリア=テレジアはフランスとロシアと同盟をむすんで、シュレジエン地方奪回にのりだし、再び七年戦争がはじまります。マリア・テレジアの連合軍にプロイセンは大苦戦。ロシア軍がベルリン近くまで攻め込んで、プロイセン絶体絶命となった時に、ロシア皇帝エリザヴェータが突然死んだのです。あとを継いで即位したピョートル3世はプロイセンと争う気は全くなく、ロシア軍を撤退させてしまいました。この偶然で、プロイセンは逆転勝ちとなり、シュレジエン地方はプロイセンの領土として確定し、プロイセンの発展に大いに寄与するのです。>

サンスーシ宮殿はシュレジエン地方取り合いの戦争中に作られ、フリードリヒ2世の「夏の離宮」として建てられましたが、フリードリヒ2世はサンスーシ宮殿に入り浸ることになります。フリードリヒ2世自ら設計に口出しをおおいにやったようで、ロココ調ではあるが、ずんぐりとこじんまりした外見と異様に立派な音楽演奏室とかいろいろアンバランスではありますが、観光地としては絶大な人気を保っています。シュレジエン地方を手に入れ、富がコンスタントに流入するようになって、フリードリッヒ2世はメイン宮殿として新宮殿を建てます。いろいろな一流の職人を集め、その人たちの街まで作って、新宮殿プロジェクトを立ち上げるのです。その目的は、この国家プロジェクトを土台として、色々な産業を興そうとしたのです。自分は結局この新宮殿に住まわずに、サンスーシ宮殿に引き込もって、フルートを吹いたり、芸術家や哲学者をあつめて、この宮殿内では、政治をわすれて<憂いなし>の生活を送ったのです。その芸術を愛しながら、一方で戦い抜き、産業も発展させる、人間味あるふれる人柄が今も人気No1の王様としてあがめられているのです。ヒットラーもフリードリヒ2世を尊敬し、自分の執務室にフリードリヒ2世の肖像画をかかげて、七年戦争の奇跡をもう一度、と願っていたそうです。実際にアメリカ大統領フランクリン・ローズヴェルトが死ぬのですが、ヒトラーには残念ながら、ドイツは負けてヒトラーは自殺することになりました。

さて、この辺で、サンスーシ宮殿にむかいましょう。

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ネットで見るサンスーシ宮殿の全景

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

途中にあった、藤に囲まれた館で撮影。

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

対面にサンスーシ宮殿が見えます。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

サンスーシ宮殿の前の段々は葡萄棚になっています。

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Sony alpha7S + coBORG

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

こちらでは民族衣装を着ることは、日本の着物姿と同じようで、平気でやる人がいるようです。皆が撮影するものですから、この方は手をふって、大いに満足な様子でした。変身好きな家内もきっとやりたがっているにちがいありません。この後のベルリン・ドイツ・オペラでもいい歳のオバサンが、派手な民族衣装でオペラ会場に現れていました。

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Canon IXY

日本人観光客集団に囲まれた当方。内観は時間当たりの人数制限があるので、旅行社ツアーではサンスーシ宮殿の内部に入ることはまずありません。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + coBORG

もはや、キティーちゃんは世界的キャラクターのようです。

前もって予約して、指定された時間に内部にはいります。ここも内部撮影許可に3ユーロ、450円くらいはらいます。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

天井を撮るのは飽きたので、置いてある調度品を撮ります、そのデザインを参考にしようという魂胆です。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

これはフリードリッヒ2世のフルート。ちなみに、当方もフルートを吹きます。べつにフリードリッヒ2世を真似しているわけでは全くありません。ここ一年、フルートは御無沙汰ですが、また再開しようと思っています。<バッハの無伴奏フルートソナタが吹けるようになったら、お墓に入いります>とブログのどこかで書いた記憶があるのですが、このままではお墓に入ることができないので、再開です。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

この辺で、サンスーシ宮殿を出て、近くのオレランジェリー城を経て、新宮殿に向かいます。

また明日

ベルリン・フリー旅行 その6 

ベルリン・フリー旅行 その6  ポツダム/新宮殿、ベルリン/イーストサイドギャラリー

2015-5-29

今日は白金自然写真クラブの展示会セティングの日で、本日より展示会は7月2日まで、自然教育園の展示場で開催されています。ご興味あるかたは見に来てください。
なにやら、縦位置はスペースをとるから無理とかで、当方の写真は半分以上カット、結局横位置の3枚を貼ったままで入れ替え無し、と言うことになってしまいました。よって、当方の展示は先日の展示会ご案内の通りには行きませんで、3枚だけです。万一、来られる方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。 まあ,どうせ、何度も来られる方はいないでしょうから、大勢に影響はないでしょう。

2015-5-9の続き
オランジェリー城の写真は飽きたのでカット。もうヨーロッパ宮殿や城はカット、カットです。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

なにやら広いサンスーシ公園を新宮殿に向かって歩いているのですが、道案内は無いは休憩所やレストランは無いや、森ばかりというのも困ったもんだ。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm
オランジェリー城から迷って、40分ほど森の中を歩いてやっと、新宮殿が見えてきました。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

さすがに外見は立派です。

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Sony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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これはネットからの転用写真です。この貝の間の斬新なデザインを見て新宮殿におおいに興味をもったのですが、貝の間は床が抜けそうと言うことで改修中。当分(2,3年?)見られないようです、訪ねる方は気を付けてください。貝の間以外の新宮殿の室内は期待に反して、大して面白くもない地味っぽい宮殿でした。サンスーシ宮殿の人気におんぶして、新宮殿の見せ場をつくる努力をはしょっていたところに貝の間の没落で、いいとこない宮殿になってしまったと思うのです。

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm 新宮殿の正面

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Sony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm

ここでポツダムの行動を地図で示そうして、地図をネットで探して1時間。まともな地図が無い。Googleでとりあえず地図を示せるからそれですませてしまう。だけど観光地図としては見にくいし、コピーできない。しかし、誰もまともな観光地図を作らない。地図がない観光案内なんて、まったくどうしようもない。自分がどこにいるかわからないけど観光を楽しんでいる人もいっぱいいるようですけれど、当方には理解不可能です。

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しかたないので、また自分で地図をつくります。こんな感じでしたかね。結構歩いています。今回の旅は大体、毎日25000歩は歩いています。まだまだ見るところは一杯あるようでしたが、新宮殿まででもう疲れて歩くのがいやだし、雨が降ってきたので帰ることにしました。ポツダム大学のイベントが行われていて、学生さんがウロウロしているのですが、このサンスーシ公園はちゃんとした休むところもないし、レストランもない。たよりのバスが全く来ない。バス停に集まった人達はみなイライラ。スマホで一生懸命情報を得ようとしています。ストライキでバスは来ないのじゃないかと待っている人に聞きまわるけれど誰もわからないと言う返事。といってもう歩く気もしないし、だいたい、今いる自分の位置がわからない。間違って歩きはじめたらえらいことになる。こういう時がフリー旅で一番嫌な時。時刻表から30分くらい遅れてやっと来たバスでポツダム駅へ、またもやSバーン、40分でベルリンにまいもどります。
まだ時間があるので、ベルリンの壁を見ようということになりました。ベルリンの壁が見られそうなところは、まずは<イーストサイドギャラリー>だろうと見当をつけて、ポツダムからのSバーンの続きでベルリンの南東地区シュプレー川のほとりWarschauer Str駅へ。ストライキですからSバーンでそのまま行けたのかわすれました。とにかく午後4時頃には到着。ここは結構面白かった。残った壁にアーティストが勝手な絵を描きまくっている所です。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ベルリン壁のかけらで作ったグッズを売っている露天商でベルリンの壁マグネットを買う。本当に壁のかけらは定かでない。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Canon IXY

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

この日は疲れ切ってホテル近くのスーパーマーケットでお寿司とスパークリングワインを買って、ホテルで食べて、そのまま気絶する。





ベルリン・フリー旅行 その7 

ベルリン・フリー旅行 その7 オライエンブルグ・ユダヤ人強制収容所記念館

2015-5-30

今週の日曜、24日でしたか、意を決して1.5年は御無沙汰していたテニスクラブへ顔を出しました。 自然教育園を3周して1日10000歩歩くというやり方では、どうしてもこれ以上は体重が減りません。79kgが72kgに減ったのですから大成功なのですが、目標は70kgを切ることで、72kgから先がちっとも進みません。足の筋肉がついて、基礎代謝量がふえたのが、体重減少の理由ですが、そのかわり筋肉の重量増になりますから、減少増加の双方向が拮抗してしまうのでしょう。食べる/飲むことは一切減らしてないので、1日10000歩ではこれが限界です。自然教育園6周/日などというのはあまりにばからしいので、週一のテニスを加えるとどうなるかを試してみようと思ったのです。本当言うとスポーツは嫌いです。テニスもやるたびに、もうやりたくないと思うのです。1.5年ぶりに訪ねてみると、やっているオジサン、オバサンの顔ぶれは1.5年前とちっとも変らず、陽気な方は相変わらず陽気、負けると機嫌が悪い方は相変わらず機嫌が悪い。このクラブはなにか永遠に時が止まっているかのようです。今日は首をひねって、2ゲームでリタイア。ああいやだ、いやだ、テニスはいやだと当方は1.5年前とちっとも変らない。それでも、汗をかいた後の体重は71kgということで、この試みは望みがないわけではない。
  なにをくだらないことをいっているのでしょう、旅行記をつづけましょう。


第3日目、今日(2015-5-10)はベルリン・フリー旅行の真骨頂です。家内は以前から、ポーランド・アウシュビッツ・ユダヤ人強制収容所に行きたいといっていました。ベルリンを調べているうちに、近くのオライエンブルグにユダヤ人強制収容所記念館があることに気が付きました。こんなところには旅行社ツアーはまず行くまい、もしかしたら、ポーランドへ行かなくて済むかもしれない。当方はどうせ、光のポルトガルから影のベルリンに変更したのだから、徹底的に<ダーク・ツアー>をやろうといってオライエンブルグ行に乗ったのです。

オライエンブルグはベルリンから北へSバーンで40分、有名なポーランド・アウシュビッツ・ユダヤ人強制収容所と同じような収容所跡が記念館として保存されています。日本人でわざわざ訪れる人はすくないでしょうが、ドイツ人やヨーロッパの方は、教育の一環としても、一般の人も数多くの方がおとずれていました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

入口までの道には当時の写真がずらっと並んでいます。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

上は当時、下は現在の入口です。ここに掲げられる言葉<労働は自由をもたらす>はアウシュビッツと全く同じです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

広陵とした敷地は、その曇り空が似合う殺伐とした雰囲気です。昨日は25℃を超して、暑いくらいだったのに、今日は一転して10℃前後、風が冷たく、防寒キルティングをホテルにおいてきてしまった当方には心身ともに寒い旅でした。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

このような小屋が数多く並んでいました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ユダヤ人の収容所、病人の収容所、人体実験の疑いがある診療室。ガス室

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

死体の焼却所

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

焼却前には金歯を全て回収していました。


結局600万人のユダヤ人が虐殺されました。収容所は最初からユダヤ人抹殺所ではなく、危険分子の隔離所だったのです。戦争が進んで、いつのまにかユダヤ人を完全抹殺する場所となりました。この一方通行の後戻りできない、負の行進が現実に起きる。人間の性から予想できることではありますが、本当に起きるのです。おそらく、これが唯一の例ではないのでしょう、人の歴史において、大量虐殺は何度も起きているのでしょう。その結果が当然分かっているのに投下された原子爆弾とこのユダヤ人虐殺と何をもって異なるというのでしょうか。虐殺にかかった時間と方法が違っただけでしょう。ユダヤ人は戦後もこの虐殺にたいして、リベンジを叫ばず、原子爆弾に対して日本人はリベンジを叫びません。あまりの人間の性の悲しさに声も出ない。

このあと、ある方から聞きました。実は第二次世界大戦が終わったあとに、ポーランドや国外にいたドイツ民間人200万人が色々な状況でリベンジ虐殺を受けたといわれているそうです。この数字が信じるにたるかどうかわかりませんが。しかし、ドイツはそのことを一切口にしません。それはこのとんでもない非人間的、ユダヤ人虐殺を全てヒットラーに押し付けて、戦後を切り抜けることに徹しているからであるということなのです。これを、戦争に明け暮れたヨーロッパ人の知恵といったらいいのか、ドイツ人の局所的かしこさといったらいいのか。70年たってもあいかわらず、もめている、韓国、中国との関係と日本の戦後処理の良し悪しはまた後程議論してみましょう。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ベルリン中央駅にもどります。


ベルリン・フリー旅行 その8 

ベルリン・フリー旅行 その8 ベルリンの壁博物館

2015-5-31

第3日目(2015-5-10)の続きです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

オリエンタル料理というレストランでお寿司と中華料理を食べて、元気を回復。
ダーク・ツアーの上乗せで、これでもかと、<ベルリンの壁博物館>に向かいます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ベルリンの壁の名残に当時の写真がずらりと飾られています。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

この写真が今回の旅で一番ショックな絵です。みんながハイルヒットラーと敬礼しないと、ゲシュタポに捕まるのです。この一番右のヒトはきっと捕まっています。ユダヤ人を600万人も虐殺しながら、だれもハイルヒットラーという敬礼を拒否できないのです。
 こんな状態になったら当方はどうするのだろうか? おそらく家族を安全なところに亡命させて、当方はレジスタンス運動に加わり、あっというまに殺されるでしょう。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

近所のトリッキーなディスプレイ。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

東ドイツで生産されていたトラバントが、やけっぱちのような派手な塗装で、この近所に集まっています。珍しがって記念撮影する人もいます。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm
どうやら、トラバントがこの周辺に集まっているのは、トラバントを集めて商売している
トラバントミュージアムが存在しているからと思われます。

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トラバントによるレンタカー屋さんもやっています。

アンペルマンといい、トラバントといい、東ドイツの名残をかえって商売とするセンスは、逆転発想ビジネスとしてアッパレです。

さて、今晩はベルリン・ドイツ・オペラへの再挑戦の日で、Deutsche Operへ向かいます。

ベルリン・フリー旅行 その9

ベルリン・フリー旅行 その9 ベルリン・ドイツ・オペラ再挑戦

2015-06-01

第3日目(2015-5-10)はまだ続きます。 ベルリン・ドイツ・オペラに再挑戦ですが、どうなりますか??

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

寸前でも切符が買えないことはありえないと思っていましたが、結構当日券を求めた人が並んでいました。我々は一昨日も今日も一番安い席をゲット。3日フリー切符の特典、2割引きで3千円ほどで本場のオペラを2回も鑑賞することになりました。3階、最上階ですが、音響効果はいいし、舞台も良く見えるし、なんら問題なく楽しめました。
(ちなみに、HISスケルトンツアーの付録として付いてきた3日フリー切符はよかったですよ。72時間、ベルリンの乗り物 Uバーン、Sバーン、バス等みな乗り放題。ポツダムやオライエンブルグへの旅もただ。いろいろな切符も割引あり。さすが、明日のドレスデンへ2時間の往復にはこのフリー切符は使えませんでしたが。)

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

今日の出し物はチャイコフスキーのエフゲニー・オネーギンです。
指揮:アラン・アルティノグル
演出: ゲッツ・ フリードリヒ
衣装・舞台デザイン: Andreas Reinhardt
合唱指揮: William Spaulding
振り付け: Stefano Giannetti

ラーリナ: Karan Armstrong
タチアーナ: Marina Poplavskaya
オリガ: Katarina Bradic
フィリピエヴナ: Ronnita Miller
エフゲニー・オネーギン: Etienne Dupuis
レンスキー: Georgy Vasiliev
グレーミン: Ante Jerkunica, Albert Pesendorfer (10.05.2015 | 14.05.2015)
隊長: Andrew Harris
ザレーツキー: Thomas Lehman
トリケ: Peter Maus
歌手: N.N.
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団&管弦楽団
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これはロシアオペラで最も有名なオペラです。惚れた男Aに、意を決してラブレターを送ったのに、拒否された女性Bの話です。その後、Aはその女性Bの妹に付きまとう男と決闘して、殺してしまい、居ずらくなって、街を逃げ出し、その後すったもんだのあげく、まい戻って、Bに求愛すれど、女性Bは完全拒否するという筋で、なんだか三島由紀夫の春の雪における女性の恐ろしさを思い出させる筋です。オペラに全く似合わない盛り上がらない筋であるということで有名です。当方には筋だけでなく音楽も一向に盛り上がらない。歌自体は美しく、人気あるそうですが、当方には一本調子の音楽で眠くなる一方でした。付随するバレーがやたら上手くて、チャイコフスキーはオペラなぞ作らず、バレー音楽だけ作っていればよかったのに。このオペラはチャイコフスキー自身の思い出(チャイコフスキーにはこのストーリーに似た状況で女性に完全否定され、自殺未遂した経験があるようです)におぼれて、冷静なエンターテイメントをわすれた、というのが当方の感想です。

ということで、ベルリン・ドイツ・オペラの再挑戦はまた空振りに終わりました。エフゲニー・オネーギンはこちらでは人気のオペラだそうで、終演後のトイレでベルリン子が鼻歌を歌っていたことでもその人気は想像できます。ちなみに家内はとても楽しかったと言っております。カラン・アームストロングというベルリン・ドイツ・オペラの往年の大スターがお母さん役で出ていたが、とても懐かしかったと書いておいてくれといわれました。

そういえば、印象に残っていることとして、この演出です。ベルリン・ドイツ・オペラでは大御所ゲッツ・ フリードリヒの数十年前の演出だそうですが、古ゲではあるが、面白い。薄いベールの向こうに、人々が微動だにせず立っている。こういう場面から始まることが何回かありました。最初はてっきり絵画がとおもいました。美しいのです。そして、バレリーナは慣れているでしょうが、コーラスの人まで、長時間微動だにしないのです。

2回ベルリン・ドイツ・オペラを見ましたが、当方にはもうちょっと知っているオペラだったらよかったのにと思ってしまいます。ここでは魔笛だのトスカだのもっと良く知っているオペラもいっぱいやっているのですが。一演目に関して、人気によって違いますが、年間数回から10回くらい公演して、何年もlong-runのケースもあるようです。 たまたまこのようなことになってしまいました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

終演後はすぐ隣のレストランにいってみました。オペラを見終わった連中が仲間を集めて大いに盛り上がっていました。我々の後ろの席の女性の集団は、ものすごい、笑い転げる騒ぎで、いつもむっつりしているドイツ人がここでは豹変していることに、我々は少なからず驚いたのです。
セルフサービスで、食べ物と飲み物をとってくるスタイルで、ワインもボトルから自分で適当に注いで、カウンターで料金を払うという、気軽に終演後の興奮を皆で共有するにはとってもいい大人の趣向と思いました。

また、いつの日かベルリン・ドイツ・オペラに挑戦しましょう。

ベルリン・フリー旅行 その10

ベルリン・フリー旅行 その10 歴史と復興のモザイク/ドレスデン

さて、4日目(2015-5-11)す。今日の朝にストライキが終了するという情報があり、2時間かかるドレスデンへの旅をこの最終日に持ってきました。切符は昨日買っておいた指定席です。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ボックス席に収まります。眠ってしまって、乗り過ごすとこの列車はプラハまで行ってしまいます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm ドレスデン中央駅

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm ドレスデン中央駅

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ドレスデンは大戦でその80%が破壊されたということで、歴史的建造物のほとんどは再建です。その再建に対する意欲には大いに敬意を表します。歴史地区までの道は元東ドイツとは思えない、今風の街並みです

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記念にこのような絵ハガキを買いました。

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ちなみにこれはベルリン、ブランデンブルグ門の絵ハガキです。

このように深刻めいて戦争をとらえるのではなく、といってその記憶を事実をしっかりと残すというヨーロッパのセンスは、戦争の事実を裏にしまって、刹那の平和にいりびたる日本より、ずっと大人の、正当な行動でしょう。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

まずはザクセン州立歌劇場(ゼンパーオペラ)によって、内部鑑賞案内の情報を得ました。これはまた後で述べます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

歌劇場のすぐ横はツヴィンガー宮殿といって、ザクセン王フリードリッヒ・アウグス1世の宮殿です。美術館や博物館として使用されています。今日は残念ながら美術館は休み。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm 広い中庭

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

さすがに、破壊されなかった石像か、おそらく部分修復物でしょうが、どれもこれも芸術性の高さが見てとれます。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

これは破壊されなかった、わずかな生き残り建造物なのでしょう。このすすけた建造物と新しい建物の落差がなんとも元東ドイツを物語っています。

一番の見どころ、ザクセン王の居城、ドレスデン城にある緑の丸天井という宝物館で、ものすごい宝物であふれていました。

また明日

ベルリン・フリー旅行 その11

ベルリン・フリー旅行 その11 歴史と復興のモザイク・ドレスデン2

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現在のザクセン州は小さな州ですが、もともとはドイツからポーランドにわたる大きな国だったようです。このあたりは後述するシュタールホッフのマイセン陶器でできた大壁画にその歴史(1123年から1904年の歴代の君主が行列している絵)がつづられているように、100年近く繁栄したのです。ということで、緑の丸天井の宝物は戦争で失われた残りであるのに、とてつもなく豪勢なものです。しかしながら、ここの写真撮影は厳禁であり、ネット掲載写真もドレスデン城の持ち物ということで転載禁止というケチこの上ない状態になっています。金持ちはケチであるという良い例でしょう。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

外観(左)はあまりお城っぽくないので、油断していると、中身はすごいものです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

修復したドレスデン城の中庭、この対面で切符を買います。入場は時間制になっており、厳密な二重扉を通って緑の丸天井へはいるのです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ドレスデン城のショップで日本食器が売られていました。なにせ日本陶器はマイセンのお手本ですからね。ザクセンはマイセンを統合していたことがあるし、銀山を持っていたなどを背景に、工芸品に優れていたので、緑の丸天井を見たあとで、工芸品気分になって、このショップで当方としては珍しく高いガラスのコップを買いました。このあたりの工芸技術の伝統を感じると思ったのです。高いといっても値段はわずか3000円程度ですから、緑の丸天井に飾られていた工芸品とは雲泥の相違です。このブログの最後に登場させます。


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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

近くのアルトマルク広場の市場へ。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

さらにこの近くの、ゲンゼディープという地球の歩き方推薦の気軽なお店で、地球の歩き方推薦のドレスデン風ローストビーフ・ザウアーブラーテンとドレスデン風チーズケーキ・アイアーシュッケを注文。なぜか御客は我々だけ、ウエイトレスが我々の注文にクスッと笑ったのは、日本人はみなここにきて、みな同じ注文をするので笑ったのだろうと推測したのです。まともなドイツ料理を食べたのはここが最初で最後でしたが、この選択は間違っていません。とても美味しかった。いくら笑われようが推薦します。夜もここで食べようと思ったくらいです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

聖十字架教会のシンプルな内部。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

聖十字架教会も被災して、この写真のように、新旧の建材がモザイク模様になっています。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

アルトマルク広場にもどります。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

この近所にあるこの場所は、古い被災建造物跡に新しい建物を建てることに反対している看板が建っています。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

この建物は半分古い建物で半分新しい建物のハイブリット。ドレスデンらしい建物です。実は京都にも、町屋の連続が古くなり、一部壊して、新しく修復した新旧ハイブリット建物が結構あります。

ブラウエン教会に向かいます。ここは再建です。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm


また明日

ベルリン・フリー旅行 その12 

ベルリン・フリー旅行 その12 歴史と復興のモザイク・ドレスデン3

歴史地区、旧市街と新市街とはエルベ川で分けられています。歴地地区のエルベ川沿いに食後の散歩。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + coBORG

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Sony alpha7R + coBORG

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Sony alpha7S + coBORG

リバーサイド遊歩道にセントバーナードでしょうか、ものすごい犬をつれた人が散歩しています。

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Canon IXY

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Sony alpha7S + coBORG

観光にはこういう手もあります。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

シュタールホーフ(武芸競技場)の外壁には、マイセン磁器のタイルに描かれた長さ101mの君主の行列があります。戦災を奇跡的に免れたものです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

日本人がみな訪れるであろう、バームクーヘンの有名店、クロイツカムで、お土産を買うとともに、お茶をします。日本のバームクーヘンよりちょっと固めですが、間違いなく美味しいです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

さて、いよいよ3時になって、ゼンパーオペラの内部鑑賞ツアーが始まります。ワーグナーの<さまよえるオランダ人>や<タンホイザー>がここで初演されたというわけで、家内には見逃せないオペラ・ハウスです。ウエーバーが初代音楽監督であった。内部の豪華さ、美しさもさることながら、ここでは連日オペラ、コンサート、バレーが上演され、自前の売上40%、補助金60%で運営されていると言う、驚きの歌劇場です(40%で凄いということの方が驚きかもしれません)。いまや、オペラは世界中で補助金なして成立することは困難で、通常80%が補助金で運営されているのです。説明のお姉さんが、<みなさん、残念ながら本日のチケットは売り切れです>と自慢げにしゃべっていました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ワーグナー肖像とのツーショットで、また目的をはたして満足げな家内。

また明日

ベルリン・フリー旅行 その13

ベルリン・フリー旅行 その13 歴史と復興のモザイク・ドレスデン4

2015-6-5
今日は、ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオペラ)内部鑑賞ツアーの続きから。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

オペラ出し物の舞台セッティングが行われていました。ここの客席の背もたれ一つ一つから冷房の吹き出し口があるのです。冷房をガンとして取付けない、バイロイト歌劇場とは大違い。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ゼンパーオペラ前の広場

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

もう建造物を見るのは充分なので、エルベ川にかかるアウグストウス橋を渡って、旧市街から新市街の入口までいってみましょう。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

橋の真ん中で一休み

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

対岸から歴史地区を見ます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

橋の往復でとっても疲れ切って、橋のたもと、川を見渡せるレストランで早い夕食にします。家内はソーセージ、当方はサーモンでビールをいただきます。まずまずの味でした。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

裏からはいって、食事をして、表にでると、とっても立派な由緒ありそうなレストランでした。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ツヴィンガー城のお堀をすぎて、ドレスデン中央駅に戻ります。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

午後7時07分発、今度はベルリン中央駅が終点だから安心。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ここではドレスデンの表の表情を述べました。しかし、昨日ケーブルテレビを見ていたら、スパイドラマでやたらドレスデンが出てきました。このドラマがいつごろの物か知りませんが、そう古いものではありません。東と西の接点であり、東ドイツ時代の名残が多く残存している、今回の旅地域は、裏では本当にこのドラマのような東と西のせめぎ合いが依然として行われているような気がします。

ベルリン・フリー旅行 その14

ベルリン・フリー旅行 その14 最終日、お別れ前に訪ねた所とは?

最終日(2015-5-12)
最終日は午前中が使えます。ミュンヘンの最終日と同じように、中央公園を散策してから、一か所観光してベルリンを終了と考えました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ベルリン中央公園ティーアガルテンはどこへ行っても森とおもって、適当にZoo駅で降りて歩き始めました。カイザー・ウルヘルム記念教会に出会ったのですが、一向に森が見えてきません。この教会は旧建築と新建築が同じような大きさで並立しているのがわかりますか。工事中でしたが、新建築はとても斬新な建築物だそうです。このあたりは各国の大使館が集まっていて、折しもイスラエルの首相が訪問中ということで、厳重警備状態でした。道路を封鎖され、遠回りしているうちにどこを歩いているかわからなくなり、通りかかったインド人風の紳士に道を聞くと、公園の森の入口まで連れて行ってくれました。大使館に関連する方のようでした。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7R + coBORG

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Canon IXY

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Sony alpha7R + coBORG

森ですが、出足が遅れているうえに、森の中で迷って、のんびり歩くというよりは、時計をにらみながら歩くことになりました。適当に切り上げて、タクシーで最終目的地、ユダヤ博物館に向かいます。<毒を食らわば皿までも>ということで、ユダヤ人への理解に最終時間を当てました。

この博物館はモダンな建築で、建築自体を目的で訪れる人もいます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ホロコースト(大量虐殺)への道と亡命への道の2つの選択肢を示す強い傾斜のある廊下。
確かに亡命という道を選択した人も少なくなかったのでしょう。その決断の持つ意味を、そんなことを考えたこともない当方に、確かにこの廊下は迫ってきます。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

右の道のどんずまりの部屋は真っ暗で、一部の明り取りがあるのみで、行き止まりの空間です。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

左廊下に続く道の先は、屋外にユダヤ人の混沌と不安を表わすコンクリートの柱の隊列があり、その先にはユダヤ人の歴史を展示する迷路のような部屋が続いています。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ユダヤ教では富と豊穣を表わすイチジクの木に七夕みたいに願い事を書いた札を下げるのです。我々も下げてきました。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

おそらく、西暦300年くらいに、ローマ軍の進軍にともなって、シュケナズ地域(ドイツ、北フランス、東ドイツにまたがる地域)にユダヤ人が進出したのだろうと思われています。ニンニクは中世時代のライン川沿いの3つの都市に存在していたユダヤ人集団の団結を表わしています。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

ここで分かったことは、ユダヤ人排斥運動というのはユダヤ人がこのドイツ地区に住みついたころからずっと存在しており、たとえば、キリスト教の十字軍によるユダヤ人虐殺があります。これはキリスト教人の消えることないユダヤ人排斥の根源を表わしています。しかし1847年一時はプロイセンにおいて、 ドイツ人と対等な待遇を得ます。その後、排斥の再発と権利の獲得の波をいったりきたりしたのですが、さらにその後、ユダヤ人排斥運動がだんだんエスカレートして、ヒットラーはそれを利用して、大衆を誘導していったのです。結局ユダヤ人抹殺運動により、ヨーロッパ全土で約600万人のユダヤ人が虐殺されました。
当方はサイエンスの分野で活動して、ユダヤ人の能力がいかに優れているかよく知っています。ボストン・MITに留学した先もユダヤ人の教授でしたし、ワシントンDC・NIHに留学した時もユダヤ人の教授であり、アパートの周りのユダヤ系の子供たちがいかに頭がいいかを実感しています。音楽の世界も、ビジネスの世界もユダヤ人が世界中をおおっているのです。それがなぜ迫害されるのか? 自国を追われた民族は通常、周囲と同化して吸収・消滅してゆくのです、日本でも台湾でもアメリカ大陸でもどこでもそうです。ところがユダヤ人はあまりに優秀で、団結力があり、自分たちの宗教や民族性を固辞する故に、消滅するどころか拡大し、しかも優秀である故に恐れられ、迫害されることになります。ユダヤ人の中でも、ヨーロッパの近代国家に中に浸透して行くことを望む集団とむしろ古典的なユダヤ人の国をパレスチナに再建するシオニズム運動に分かれ、結局シオニズム運動よりは、世界中の社会の上層部に浸透し行くのがユダヤの流れであり、いつのまにかユダヤ人は世界を動かす大きな力となっています。 
また脱線です。朝鮮半島を追われた百済人、新羅人、高句麗人は日本の上層部に浸透して、同化しているようで、実は日本を動かす力の一部になっているのではないかという当方の考えはあたっているのでしょうか? おそらく我々のDNAの一部としてですが。それらのDNAの多い少ないで、どうしても戦いの好きな人と、どうしても融和が好きな人が出来上がってゆくのです。この旅の出発の時から、飛行機の中でも、安倍内閣の方向に対する自分の考えを固めようとしています。固めておかねばならないと思っています。これは後で、書いてみましょう。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

米国人ダニエル・リベスキンド設計の超モダンな建物とプロイセン時代の役所建物が並列・連結しているのがわかりますでしょうか。この連結に過去から現在・未来にわたる流れの意味を持たせているのです。

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

お昼はベーグルサンドとキャロットケーキ一個づつ。キャロットケーキの上にマジパン・ニンジン飾りがかわいい。  外の庭に藤のトンネルがあるのがわかりますか?

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm

なんと、ここも厳重警備状態、博物館前の車線が完全に止められています。イスラエル大使が来るのでしょう。


あとは、1時に来た、送迎ハイヤーにのって、空港へ、フランクフルト乗り換えで、羽田へ無事到着。不思議なことに行きより帰りの機内食の方がましだった。行きは日本で積んで、帰りはベルリンで積むはずなのに。

羽田から、品川について、駅ビルで昼飯をゲット、日本のデパ地下をみると、なんと日本は素晴らしい国なのだろう。<日本の素晴らしさを実感するために海外旅行するのではないだろうか>とすら思ったのです。

明日は旅行後記です。

ベルリン・フリー旅行 その15

ベルリン・フリー旅行 その15 後記1

ベルリン・フリー旅行とは何だったのだろうか? 特に当方の強い要望で始まった旅でもないので、ウワーという感激が伝わらなかったでしょうから、読む方の大半には面白くもない旅行記になってしまいました。 だいたいほとんどがダークツアーですし。でも、間違いなく記憶に残る、面白い旅でした。

さて、今回の旅の戦利品。

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ベルリンの壁グッズ

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アンペルマンお弁当箱 カメラ機材をいれる箱として使うつもりです。

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ドレスデン城ショップで買ったガラスコップ。左が3000円くらい、右が500円くらい。

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サンスーシ宮殿で買った小さなカップ

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ユダヤ人博物館で家内が買った、ノアの箱船切り紙細工。

あとはバームクーヘンを幾つか。これで全部とは、ドイツにとってとんでもなく役立たずの観光客ですね。

カメラ機材について、今回の機材はSony alpha7R + Sony/Zeiss 16-35mm とSony alpha7S + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VMでした。途中で交換しています。あとcoBORGも持って行きました。

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Sony alpha7R + フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VM

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Sony alpha7S + Sony/Zeiss 16-35mm (Vario-Tessar T* FE 16-35mm F4 ZA OSS SEL1635Z)

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Sony alpha7S + coBORG(実質330mm)
(最近この組み合わせを多用しています。ISO10,000当たりを使っています.)

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Panasonic Lumix GH4 + Olympus M.Zuiko 14-42mm

(この写真は上の機材を撮った、組み合わせ。最近Olympus Air とOlympus M.Zuiko 14-42mmのキットを購入。キットではOlympus M.Zuiko 14-42mmは単独購入の1/2ぐらいの価格。この豆レンズ、とっても良く撮れるし、寄れるし、Olympusレンズには脱帽ですよ。Olympus Airに関しては後程レポートします。)

最近、自然教育園でも、いつのまにかSony alpha7Sを使う頻度が増加しています。暗くても写せる、超広角でも周辺減光が無い、この2つのメリットから使い易い為にこうなったのです。暗い所ではSony alpha7Sしか使えない場面がでてくる、しかし、受光面の画素数が全然違うので、画質はSony alpha7S <1240万画素(総画素) 標準:ISO100~102400 拡張:ISO50~80、128000~409600>よりSony alpha7R<3680万画素(総画素)標準:ISO100~25600拡張:ISO50、51200>の方が間違いなくいいのです。Sony alpha7Sの使い方はまだまだ試行錯誤です。

最近の海外旅行の写真でいいものが無い反省から、フルサイズ広角領域を弱点と考えてSony/Zeiss 16-35mmを用意しました。その結果はどうだったのでしょうか? 旅行ではSony/Zeiss 16-35mmは使い易く、Sony alpha7Sと組み合わせれば、ほとんどのケースをカバーしてしまいます。しかし、残念ながら、心に残る絵は皆無。なぜだ?

低画素数のSony alpha7SにSony/Zeiss 16-35mmズームをつけた装備ではブログ上の見た目にはコンデジCanon IXYとなんら変わりないことになってしまいます。<なんてこったCanon IXY一台でよかったということか?>

今回の旅は、いい景色といえる所が無かった、展示写真をさらに写すという場面がとても多かった。なんだかんだで、絵を作るというより、情報を伝える写真になってしまったのか?  だいたい、ポルトガルからベルリンに変更したから、撮影の目的を見失って、ヒットラー、ベルリンの壁、ユダヤ人など、やったこともないのに報道カメラマンみたいなことをやろうと思ったのが間違いか。いや、それしかなかった。腕が悪かっただけだ。

もう一つ考えられることとして、当方はズームを使うといい写真が撮れない。これは毎度のことで、最終的にはズームを売りとばす結果に終わるのです。ズームは単焦点より画質が落ちるというけれど、仮にそうだとしてもそれが原因ではないと思う。ズームのような便利なものを持つと、いつのまにか<報道写真撮り>になってしまうのだろうか? ズームはどうしても無個性であり、心に残る写真があるとすると、それは単焦点の個性がたまたま作り出してきたというのだろうか?

フォクトレンダーVintage line 50mm F1.5 Aspherical VMはMFでの標準写角撮影として、大人の写真を期待したのだが、実際は大人の写真を撮る余裕が無かった。フリー旅は旅の計画を実行することにエネルギーの80%以上を使い、残りの20%で、やっとこ撮影している状態なのです。残りのエネルギーはわずかなのに、それでも色々な試みをやることはやっているのです。超低アングルで花を入れて建物を撮ったり、超広角のパースペクションを生かす撮り方はいつもですが、標準レンズ・街角スナップを試みたり。結局、思ったようにいかなかったのです。なんか、アイデアがワンパターンなんだよね。

どんなところでもいい写真がとれるのが、写真家だとか言って、ベルリン旅に同意したのだから、どんな言い訳も、自分として納得できません。ほんと、これから海外旅写真をいったいどう撮ったらいいのでしょう???

  また原点にもどって、Sony alpha7Rと単焦点レンズだけで勝負。これで撮れない写真は撮らない。(それで。結局、ポケットにCanon IXYをいれてゆくのかな?)

そうそう、白金自然写真クラブの先輩がペンタックス645Zを使って、感激していました。持てるうちに、使った方がいいというアドバイスです。残り少ない人生をポケット・Canon IXYに向かおうとするのか、真反対のペンタックス645Zに向かおうとするのか、645Zは最低レンズ一本と三脚を持つとして、5kgか。マクロレンズ一本持ちですら装備全体は6kgを超し、用意するお金は100万円。

ベルリン・フリー旅行 その15 (最終回)

ベルリン・フリー旅行 その15 (最終回) 後記2

以下の問題はベルリンに行く飛行機の中から、そしてベルリンを旅しながら、考えざるを得なかったのです。こんなことブログに書くのはめったにないことで、恥ずかしいし、とってもいやのですが、これがベルリン旅行記の集大成なので、書かないとこれまた心残りになってしまう。

憲法9条改正/安全保障関連法案、集団的自衛権、日本の国防に関する、戦争に関するスタンスに転機が近付いています。

1、最近思うこと、<起承転結>ということばです。当方根っからの研究者ですから、<目的、方法、結果、考察>のレポートを書くことを40年以上やっているわけで、生き方の全てがこの<起承転結>で出来上がっています。一線から大幅に足を引き抜いたこと、年取ったこと、そして現代のSNS時代のことから、<起承転結>の生き方は捨てた方が生きやすいのでは、とまで追い詰められています。世界中を覆っているSNS、たとえばFace BookやTwitterはいってみれば、これまで主婦の間で交わされてきた井戸端会議が世界規模で行われている、<起承転結>の無い会話です。この<起承転結>の無い会話で日常が動いていると思えるのです。ずっと家で仕事をするようになると、家内との会話が増えます。<あなたはなんで、会話に起承転結を求めるのですか?私たちの会話には起承転結はないのです。 あってはいけないのです>というのです。

2、国会の与党さんと野党さんとのやりとりには<起承転結>がないのです。テレビのコメンテーターの発言も<起承転結>がないのです。ほっといたら、当方はこういうたぐいの番組は見ないのですが、なぜか家内はこの手の番組が好きで、<朝までテレビ>などという番組の大ファンです。この番組のコメンテーターも<起承転結>がありません。政治家はマジに<起承転結>をいったらまずいから言わないのだという考え方もあり、確かにそうでしょう。でも、どっかで誰かが真面目に<起承転結>を考えないといかんのです。それが何本かの路線(違う考え方)があって、それは違う、こちらの方が正しいとか真剣に論戦しないとこまるのです。一本の<起承転結>を誰かが作って、あとはうやむやに論戦とはいえない時間つぶしをしているようなのです。この誰かが作った一本の<起承転結>がちゃんとしているか? それすらちゃんとしているとは思えないのです。


3、
1)憲法はアメリカが作ったから気に入らない、改正しなければ日本がない
→ これは感情論で目的がない。井戸端会議のバカ議論だ。

2)現状では、アメリカを支援出来ない、これでは同盟国として申し訳ない。とにかく何とかアメリカさんが最低満足する線を決めて、体裁をつくろう。
→ これは、これまでの現場のフラストレーションを解消することが目的で、国家の目的とその解決手段というまじめな<起承転結>となっていないのだ。高次の目的が無いから、幾つかの建設的案が生まれない。現場フラストレーションを解消の話をああだこうだ聞いたって、国民が解るわけない。丁寧な説明とか、説明不足とか何度叫んだって、意味ない。

3)世界の戦争は抑止力によって抑えられている。これを高め、こぼれ出るテロを封じ込めれば世界は平和になる。
→ 世界平和を達成するということは、まっとうな目的である。その解決法が<抑止力>一本しか示されていないが、それでいいのか? 戦争はしたくないとか、戦争にまきこまえるから怖いというのは感情論で、それは井戸端会議の範疇だ。<抑止力>に具体的対案は無いのか? なければしょうがない。あとは実害をどれだけ抑制できるかという順番になる。

4)アメリカの作った世界平和戦略以外の対案を考えもせずに、一方で、アメリカの言いなりにはならないという<起承転結>がバラバラな方がいっぱいいらっしゃる。
→ アメリカさんのやり方だから否定する必要は無い。いいとことは取り入れて、しかしその上で、日本独自のやり方を作ってきたのが日本である。そこには必死に考えてきた人たちがいるのである。 考えなければならない。
エライ人は上から目線であることに、これが下から見ると滑稽であることに一向に気がつかない。さらに、上から目線の人は、もっと上に盲従する性癖があり、そのことに一向に気が付かない。 目線が上でも下でもいいから、結果的に上手くゆくように誘導できることと、上から目線であることを下から悟られないように出来るエライ人以外は必要ない。安倍内閣は<上から目線の権化の集団>にきまっているのだが、それを下から悟られないようにする努力が急速に減少している。しっかりしてくれ。それを悟られたら、政権は消滅するのだ。

5)自民党に対抗するに、共産党は与党が存在しないと生きて行けない(真っ向から反対しないと成立しない)党であるから、対立するようで結局、同じ船に乗っている。民主党は<起承転結>なし、井戸端会議の集団にすぎない。何でもいいから格差をなくして平等な世界を作りましょうという大義で<起承転結>をつけようとしたが、すでに失敗が明らかになったのである。あとは上げ足をとることにより、自民党に食べさせてもらっているに過ぎない。大阪都市構想は賛成反対が分かれたが、良し悪しは別として<起承転結>はあった。

6)世界平和への日本貢献がお金しかできなかった。これははずかしい。
→本当にそうだろうか? 積極的平和主義のやり方は安倍さんの言うやり方(実体はよく解らないが)しかないのか? これまでの日本の平和主義がいかんと世界中がいっているのだろうか(アメリカはいかんといっているにちがいないが)? 世界は<日本が唯一の世界の希望>と思っているのではないか? もし、世界中が日本の戦争しないことを非難しているなら、しょうがない、戦争するしかない。
アメリカに守ってもらうには、アメリカの言うことを聞くしかないというのは、なにか、悪がきボスににらまれるのが怖いから、川に飛び込ませて、仲間を殺してしまった悪がき集団のシタッパとどこが違うのか?

4、いろいろ文句をいったてまえ、当方の<起承転結>を述べなければなりません。当方はこういう分野には詳しくない、40年間研究生活をしてきた人間です。しかし、なんとか<起承転結>をやってみるしかない。

1)国防に関して、日本だけで日本を守るのは不可能であり、得ではない。日米同盟を中心に置いて、<抑止力>とやらを頼りに、そうならごたごた言わずに徹底してやりましょう。これで、人が死んだり、戦争に巻き込まれたりするかもしれないが、覚悟を決めましょう。 そうならないように最大限の努力をしましょう。

2)専守防衛に徹する。これを逸脱する可能性のあるグレーゾーンはカットである。それが<唯一の世界の希望である日本>の積極的平和主義である。よって憲法9条は変えない。文言や、整合性の不備を直すことは結構であるが。
せっかく人が作ってくれた理想の憲法をなぜ変えるのか。アメリカさんが文句をいっても、お前たちが作った憲法でしょうがと言っていられる間は、その言い訳を最大限に利用しましょう。かっこをつけないで、のらりくらりとやりすごしましょう。もう限界だ、どうしてもだめだというならしょうがない、憲法解釈の変更でやりすごしましょう。

3)世界平和の推進に対する貢献に関しては、アメリカ路線を唯一の方法と考えない。
といって国連や国際司法裁判所に頼ることは意味ないとは言わないが、結局<抑止力>の上に乗っている組織であるから、アメリカ路線と変わりない。
<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>これが現在の現実路線であるが、考えてみればこの方向で<滅亡>以外の選択肢があるように思えない。その方向しかないなら<滅亡>もしょうがないと思っている。
<人は戦争しない>→<人の貧困と災害を解消するには>→<日本は何が出来るか>という議論が積極的平和主義のなかで全く伝わってこないということはおかしい。
百歩譲って、アメリカさんや世間がうるさいから、ぎりぎりのところで、戦争のお手伝いする態度を見せようというなら、しょうがない、やるしかない。でもこの逆向きの方向もちゃんとやっているし、もっと積極的にやるのだと言ってほしい。<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>路線にしかないというのはどうしても嫌なのだ。意地でもそれ以外に選択肢はあるといいたいのだ。

当方のアイデアは
i) 国際災害救助隊を結成する。日本が音頭をとって、世界規模で作るか、日本独自で作って世界中に派遣する。これは以前にも提案した。おそらく後者から始める方が現実的である。日本では現在戦争で死ぬより災害で死ぬ人の方が圧倒的に多い。世界規模でも災害で死ぬ人は増え続けるであろう。現在の自衛隊や警察のバラバラ派遣ではなくて、現在の派遣人数の10倍以上の規模で、それ専門の国際災害救助隊を結成し、世界に派遣するのである。現在やっている国際災害救助活動は、世界に大きなインパクトを与えていないだ。やっている人は大変であるのだが、現実にはインパクトが足りないのだ。

以前書いたから(2014-9-06 たまには違うことも書きましょう)話をすっ飛ばすが、公海の機雷排除は国際災害救助隊の活動範囲に入るのかという議論を展開したいのである。現在の自衛隊の世界規模での活動の容認を議論するより、もともと他国侵略はありえない、国際災害救助隊がどこまでリスクをおって活動できるかという議論の方がましと思うのである。国際災害救助隊のほうが自衛隊より隊員のリスクが少ないと言うことは無い。リスクをとらないで世界に貢献することは無理だ。しかし、そのリスクの意義が違う。
作家あがりの元政治家、今コメンテーターが同じことを言っていた。当方のあまり好みで無い人物であるのが残念であるが、同じ考えのヒトもいるのである。

ついでに、災害増加の一つの大きな原因である温暖化にも真面目に対応するべきだ。

ii) 核エネルギーの今より10~100倍安全な利用法の開発に資源投資する。現状では原発は無理だから、代替エネルギーへ転換する。しかし、核エネルギー技術開発はもっと積極的に行うべし。単に核エネルギーに反対しても上述の<逆向きの流れ>は起きない。ベネフィット/リスクを考えるなら、現状で原発は無理だ。一発の大地震で日本は壊滅してしまう。一発の大地震は近々起きるに違いないのだ。 しかし、ベネフィット/リスクこの比率を上げる努力をしないで核エネルギーを完全否定するのはバカである。核エネルギーでお湯沸かして、電気をつくる、核の捨て場のアイデアは無し、などという原始的技術は笑っちゃうよ。人間はそんなバカなわけはない。
力なくして、世界を救済できるわけはない。技術開発は力だ。テクノロジーの発展が人の生活を阻害するとしたら、それは使い方が間違っているからだ。

この2つは、世界貢献とともに、日本技術の発展と日本経済・貿易の発展、国際発言力の向上を伴うもとがとれる話なのだ。今日のニュースで、災害対応ロボット世界大会で、日本は韓国に惨敗したそうだ。日本はグローバル・ビジネスチャンスを真面目に考えていないのでは。

<起承転結>になっていますか?
目的を自国防衛と世界平和貢献の2つに分断するのです。両方をこちゃごちゃに混ぜない。
それぞれに対する手段を日米同盟と国際救助隊とするのです。双方相反しないのだから、実現可能です。

もう一ついいわすれました。
歴史認識、戦争責任の問題です。これはベルリン旅行で随分と勉強しました。
これはドイツに見ならうべきところがあります。
歴史を、事実を教育する。これが戦争責任として最もやるべきことです。当方は戦後すぐの人間で、戦争に関してもっとも知らされていない世代の人間です。当時、戦争を語ることはタブーだったのです。これはまったくいけません。ちゃんと教育して知らしめないと。いまの若い人はあまりに戦争歴史を知らな過ぎる、これは異常だ。
戦争の歴史だけではありません。古代日本と大陸の関係を、中国、韓国がいかに日本に影響を与えてきたかを、知りうる限りのことは知らしめなければならないし、さらに研究をすすめなければなりません。 日本は大陸からの影響を大きく受けながら、独自の、もしかするとそのルーツより優れた文化を作ったことを、当方は京都での生活からやっとその流れを知ったのです。大陸に対する敬意とそれに並んで日本文化と日本人の優秀性に自信を持つことが出来たのです。人生の終わりになってやっとです。今日は長くなりすぎたので、この京都での人生の転換点に関してはまた後で述べましょう。

歴史を知る。大陸に対する敬意を持つ。日本文化を知りそれに自信を持つ。この3つがないと、中国や韓国との関係はスムースに進まないでしょう。
プロフィール

山海旅人

Author:山海旅人
山海旅人
<南方から黒潮に乗って流れ着いた人の子孫と思われる>
趣味:おいしい魚をたべておいしいお酒を飲むこと。お魚の料理もいたします。海が近付くと元気になると人にいわれます。

座右の銘:<芸といふものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの> 
実写とデフォルメの間に真実があるという意味です。

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